図書館1
「じゃあ図書館について少し説明するわね」
「はい」
残りの数日を楽しみにしながらポーションを売ってすごし、アイスさんに来てくれと言われた日の午前、カルデノと共にアイスさんの家をたずね、アイスさんの部屋で冷たい紅茶を飲みながら図書館についての説明を聞く。
ちなみにアリスさんは出かけていたのか森で会うことは出来なかった。
「といってもそこまで説明する事はないんだけど。まず利用権ね、これがないと入館できないわ」
向かい合わせに座る間にあるテーブルに、ギルドカードと同じくらいの大きさのカードを出された。
「これが利用権」
見た目は厚紙だが、手にとって見ると固く、紙とは違って重いのが分かった。そして私の名前と顔写真。アイスさんの名前が書かれていた。
「これ、どうしてアイスさんの名前が書かれてるんですか?」
「カエデちゃんを責任持って安全な人物であると言ってこのカードを発行したのが、私だって証明よ。カエデちゃんは大丈夫だと思うけど、図書館で面倒は起こさないでね」
「は、はい」
つまりそれは、図書館で面倒を起こしたら、保証人であるアイスさんに迷惑がかかるということだ。それだけは避けなければならない。
「それと、どうして顔写真が貼られてるんですか?私、一度だって撮られた覚えがないんですけど」
「あら、カエデちゃんと私が顔を合わせて話しをする機会は沢山あったじゃない、その時の記憶から引き出したのよ
「あ、そうだったんですね…」
ちょっと原理がわからない、しかし知ったかぶってスルーした、あとでカルデノに聞いてみよう。ちらっと隣りに座るカルデノを見てみると、紅茶はとっくの昔に飲み干したらしく、控えているメイドさんにおかわりを貰っていた。
「入館には毎回100タミルかかるわ、それから書物を丸々写すようなことしちゃダメよ」
「入館料高いですね、それに写すのもダメですか…」
少しメモして自分で分かりやすくまとめたりもダメなのだろうか、そう思って聞いてみたところ、図書館から出る時の検査に引っかからない程度ならいいらしい。
「図書館から本を盗んでいないか、売れるほど書き写していないか、その他怪しい諸々、検査員が良しと見なせば大丈夫よ」
良かったと喜ぶと、それを遮るように、それからね。と続く。
「図書館では他の人、特に身なりのいい人には近づかない方がいいわ」
「どうしてですか?」
「図書館には貴族が多いから、下手に絡まれるとやっかいだからよ」
触らぬ神に祟りなしと言う奴だろうか。私は頷いた。
それから少し気になる事があり、それについても聞いてみる。
「利用権、私の分しかないですけど、カルデノは図書館の外で待つことになるんですか?」
「それは大丈夫よ、奴隷は主人の持ち物に分類されるから。奴隷が何かしでかしたら主人の責任、ひいては私の責任だから、気をつけてね」
テーブルに身を乗り出して念を押すようにこちらを見るアイスさん。こくこくと何度も頷くと、満足そうに腰を戻した。
奴隷は持ち物とは、聞いていて気持ちのいいものではない。しかし下手に私の意識をアイスさんに言ったところできっと無駄なのは目に見えている。
隣に座るカルデノは今の発言を特に気にしている様子はないが、定かではない。
「それから、本を破損や紛失した場合には弁償よ。まあ本に限らず備品なんかもかしら」
アイスさんには何度も何度も注意するようにと言われ、私はそのたびに頷いていた。
「アイスさんには本当、色々お世話になりっぱなしで申し訳ないです」
「あら、いいのよ。あの大量のハイポーションに比べたら安いものだわ。そうねえカエデちゃんさえ良ければ私が全部買い取りたいくらい、本当に」
「あはは、それはさすがに…」
私が作るポーションすべて買い取ったところで消費できるものかと、冗談に少し身を引いた。
「あ、それと図書館は午前9時開館で、午後7時閉館だから、覚えておいて」
アイスさんの家を出てから、馬車を使わず歩きながらカルデノに日本の話をしていた。
「で、そのハンバーグって料理がすごく美味しくてね」
「うん」
カルデノは私から日本から突然来たと、その話を聞いた後、信じるだの信じられないだのは一切言わなかった。ただ、そうかと一言言っただけだった。
カルデノがそんな私をどう思っているのかは怖くて聞けなかったが、なんとなく話したプリンの話には食いついた。
作り方を知ってるのか、他にはどんな食べ物があるのか、カエデは作れないのかと。
私は答えた、作り方を知らないと。
カルデノが私の話を信じているか分からないが、それでもいつもと変わらない態度で接してくれている、頭のおかしい奴だと思われていないのならそれでいいかもしれない。
ペンと紙を10枚ほど束で買って帰り、テーブルでほんの少し試し書きをしてみた。
ペンは細い竹のような見た目で、まあ万年筆のようなものだろう。インクはお店で入れてもらったので紙のすみっこにスーっと線を引いてみる、書きづらいこともなく、これなら問題なく使えそうだ。
私の部屋から針と糸を持ってきて、A5サイズくらいの紙を半分に折る。そうしたら真ん中の折り目に沿って紙が破れないように少しずつ糸を縫いつける。そうすると使い慣れたノートのようになり、得意げにカルデノに見せた。
「ああ、本みたいだな、そういうのが使いたかったら最初からそれを買えばよかったのに」
「あ、売ってたんだね」
気が付かなかった。
時間はそろそろお昼、ご飯を食べてさっそく図書館に行ってみようと提案すると、カルデノはうなずいた。
馬車で約1時間ほど、街の中央のお城を囲むようにロータリーになった道に出た。
私達はそこで降り、街の中央に城を囲っているであろう、そびえる塀の門に向かう。
この王都を囲う塀のように高くはない。
門に2人、槍を持った門番がいる。
「こんにちは、今日はどういったご用向きですか?」
「こ、こんにちはっ」
太い槍を持ったたくましい男性は、目じりの皺が目立つ40歳ほどで、子供と接するように声をかけてくれたのだが少し声が上ずった。
「図書館に行きたくて…」
それ以外に何か言わなければならないことがあるのかと思ったが、男性はにこやかに頷いて、門を通してくれた。
「門を抜けた先の関所に行って下さい」
「はい、ありがとうございます」
塀が厚く、門は5メートルほどのトンネルになっている。塀の外、塀の内側と門は二重になっていて、門を通り過ぎると、すぐ横に小さな小屋があった。
ここが関所かなと思い正面の窓からこちらを見る兵士に声をかけた。
「すいません、ここが関所ですか?」
「はいそうです、宮廷敷地内にはどういったご用件でしょうか?」
まだ若い男性兵士は、いそいそと引き出しから一枚紙を出してきた。
「図書館に行くんです」
「そうでしたか、では利用権の提示をお願いします」
「はい」
ココルカバンからアイスさんに貰ったばかりの利用権を兵士に手渡す。
兵士はそれを紙に書き写し、すぐに返してくれた。
「それと荷物の確認をしますので、カバンをお借りします」
今度は袈裟懸けにしていたココルカバンを渡す。兵士はカバンの口を開けて中を確認し出したが、財布と紙とペンくらいしか入っていないのでそれも直ぐに済んだ。
それと中から出てきた女性兵士が私とカルデノの身体検査。
「ありがとうございました」
カバンを返してもらったあと、兵士は紙にペンを走らせる。
「そちらは奴隷ですか?」
「あ、はい」
頷き、また記載に戻る。そうしてからにこやかに送り出された。
「図書館はあの白い建物ですので、お間違えなく」
指差されたのは200メートルほど先にある、白い建物だった。この距離から見ても大きいと分かる佇まいで、さらにその奥にはまた塀。
カルデノと図書館を目指して歩きつつ、あの塀は何なのかと聞いてみた。
「あれは城を囲う塀だろう、上にはみ出て見えてる」
確かに塀の上に城といわれて納得するような大きな建物が顔を出していて、思わず声を漏らした。王都を囲う塀と、今潜ってきた塀、それにまた城を囲う塀、合計三重の塀が城を囲っている、そこまで必要なのだろうかと思いもしたが、まあ必要なのだろう。
「宮廷敷地内って言ってたものね、すごい広い…」
今歩いている広い道はカチッとした石畳、道以外にも綺麗にそろえられた生垣、花壇に咲く綺麗な花。そして見回り兵士も見かける。宮廷敷地内というだけでこれなら、一体お城を囲むあの塀の内側はどうなっているのだろう。
道はいくつか枝分かれしていて、その内の一本、図書館に続く道を曲がる。
だんだん近づく図書館はいっそう目に見える大きさが増し、窓の位置から2階建てなのはわかる、100メートルくらいの長さ、奥行き40メートルくらいの細長い外観。
40メートルくらいある壁の真ん中にある大きめの扉を引いて中に入ると、中央の吹き抜けの天井から差し込む光が建物の中央を照らし、壁ほぼ全面を埋める本棚を照らし、特別な空気を感じさせた。
見回すのは後にして先に入館料を払わなければならない。
キョロキョロとあたりを見回すと、右側に受付と思わしき場所があったのでそちらに歩み寄る。
「こんにちは」
挨拶すると、受付の女性も挨拶を返してくれた。そこでも利用権を見せ、それから入館料を払い、ほんの少しだけ注意事項を聞いた。
「要は図書館では静かに、飲み食いもするな」
二階に上がりながらカルデノに、常識だよねと話してみた。
「言わなければ騒ぐ奴でもいるんだろう」
「まあ、そうかもしれないけど」
一階は物語や絵本など、二階には史実系や文献と言った風に分かれていて、私達は二階に向かう。
人がちらほらいるのを目で確認しながら二階に上がりきった。
二階も高い天井で開放感があり、その壁ほぼ全面、それに中央の吹き抜けに向かって縦になるように並べられた本棚の列、通路となる吹き抜け近くには長テーブルや椅子などが並んでいる。
膨大な量の本を見ながら、「歴史」と書かれた札の下がる区画にたどり着いた。
「歴史かあ…」
「カエデはてっきり魔法や植物関連を見るかと思ったが」
「私もそうしようと思ってた」
そう言いつつ本棚を見ると、ドラゴン襲撃の記録という本が気になり、本棚から引き抜いた。書かれている字は全て手書きなのか、印刷のように揃った字ではなかった。
どうやら内容はトルネア暦1940年、巨大なドラゴンが王都セントリブルを襲った時の話らしい。カルデノも横から本を見ている。
「カルデノ、王都セントリブルってここ?」
耳打ちするように聞いてみると、ため息をつかれた。
「そんなことも知らなかったのか」
あ、泣きたい。
誰も彼もが王都としか言わない、セントリブルは初耳だったのだ。
「ちなみに今は1950年だ」
「何から何まですいません…」
そうするとこの本は10年前の事をつづっている。
そういえばまだリクフォニアにいたとき、薬屋のおじさんが話していたのはこの事だったのかもしれない。
読み進める内に、主要人物にアイスさんの名前が出てきたことに驚いた。
アイスさんは若いと勝手に思っていたが、勘違いか、もしくは別人?
読み進めると、当時ドラゴンハンターのリーダーを務めていたガルシュと言うエルフの男性は、このドラゴンとの戦いで亡くなったことが記載されていた。
「カルデノ、このガルシュって人知ってる?」
「ああ、有名だからな。これ、あいつじゃないのか?」
カルデノは文字の羅列の中の、「アイス」という文字を指でなぞった。
「でも10年前だよ?アイスさんまだ若いし」
「エルフや竜人族と同じ、鬼人族の見た目で年齢を計ろうなんて難しいだろう」
「そうなの?」
「後で種族の違いについての本でも探してみたらどうだ」
「うん」
ドラゴンは体長200メートルほどもあったそうで、息の根を止めるのに3日かかったのだそうだ。
普通ドラゴンを倒すのにどれくらいの時間がかかるのか分からないが、リクフォニアで見たドラゴンは私が気絶している間に倒された。それから見ると相当手ごわかっただろう。
ドラゴンを倒したのは東の森で、鱗や肉、骨も牙も爪も余すところは無かった。特に鱗は珍しい白色だったのでなおさら。
東の森はおそらくいつも行っている森だ。私は本を閉じた。
「なんで王都を襲ったんだろうね、このドラゴン」
「さあな、気でも触れたんじゃないか」
本を元の場所に戻す。
「どうしてそう思うの?」
「ドラゴンは長い時間を生きる、だからひとりでいたなら気が触れたっておかしくないだろう」
「そうかなあ、自分の寿命ならそうならないと思うけど。本当の本当にひとりなんてありえないだろうし」
「……かもな」
次は何の本を見ようかな、カルデノが言ったみたいに種族の違いについての本を探そうか、それとも植物の図鑑か、地理か、帰る方法が書いてある本がないかを探そうか。
とりあえず図書館の中を歩き回ることにした。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
長いうえに進まないので2話続けて投稿します。




