甘い匂い
今回カルデノ目線です
日が変わり、私は目を覚ました。
まだ薄暗いのでカエデを起こすのは早い。
カスミを耳で遊ばせている内にすっかり時間は経ち、カエデを起こしに下へ降りる。
あまりいいとは言えない寝相のカエデを起こし、リビングで待つ。
カエデが私を買うと決めた時には正直気が滅入った。こんな子供にこき使われるのは屈辱だと思ったからだ。
しかしいざ買われてみたらどうだ、家はこじんまりとしていて一人暮らし。親とは離れて生活していると言う。
だがそれにしては物のあり方を知らない、他人を信用し過ぎている、警戒心が薄い。
別の世界から来たのだと打ち明けられた時は正直カエデの頭を疑ったが、それを差し引けばいい子だとは思う。
だからその話を、信じるとは言えない、だが信じないとも言えない。そうかと、曖昧な返事になってしまった。
カエデが寝ぼけ眼を擦りながらリビングに出てきた。
朝食を食べたら森へ行き、アモネネの蜜の採取に向かうと言っていた、確かアモネネの蜜は甘味料だったはずなので、今から美味しい想像が止まらない。
朝食を食べ終え、カエデは森に着ていく服に着替え、ココルカバンも2つ持った、身代わりのブレスレットもしているようだし、私もなんの不備もないはずだ。
蜜を入れるビンも2つ買い、またカエデのゼーゼーとした荒い息を聞きながら森を進んでいた。
「大丈夫か?」
大丈夫ではないのは目に見えているが、それでも聞かずにはいられない。
カスミが横でふわふわ浮きながら応援しているが、そろそろ休憩したがるだろう。
「ちょっと、休む…。休ませて」
ほらな。
カエデが座って水を飲んでいる間、コウモリや大きなムカデなどを切りながら守っている内に元気を取り戻したようで、立ち上がった。
「よし、行こう」
カエデに何事もないよう注意しながら、また険しい森を進む。
「まずラティさんのいる泉行かなきゃいけないんだよね」
「そうだな。恐らくここからそう遠くもないと思うが」
耳に、ぱきぱきと小枝を折るような音が聞こえた。
「じゃあもうちょっとかな」
のんきにしているカエデを抱え、木の上に登った。
「えっ、なに!?」
「静かに」
辺りに警戒する私を見て、カエデは口を閉じた。
すると、森の奥から巨大な狼が姿を現した。
ゆっくり歩いて私達がいる木の下辺りで足を止め、すんすんと匂いを嗅ぎ、こちらをみた。
灰色の体毛に覆われた体は四足で立っていてもカエデより大きいだろう。普通と明らかに違うこの狼は、紛れも無くモンスターだ。
それにこちらを見て、一向に動こうとはしない。
「カルデノ、何あれでかい」
「しかもこちらが落ちるまで待つ気でいるな」
「こ、困るよ!」
私だって困る。
「カエデ、晶石はあるか?」
「うん」
不安そうな表情ながらココルカバンから2つ晶石を出し、手渡された。
2つとも雷晶石のようだ。
「ここから絶対動くな」
枝を蹴って狼とは離れた地点に着地すると、待ってましたとばかりに大きく口を開けて襲い掛かってきた。
右に避けながら雷晶石を開かれた口に投げ込むと、バシンッと弱い雷撃が見えた。
狼はびくっと体を一瞬硬直させ、その隙に首へナイフを刺し、切り下げる。
すぐに飛びのいたが、噴出した血が体に付着してしまった、狼の体は重たい音を立てて横に倒れ、ピクリとも動かない。どうやら無事に倒したようだ。
ナイフの付着物を近くの葉で拭い鞘におさめ、カエデを木から降ろす。
カエデは気にしていないようだが、カエデの服に血が移ってしまった。
「カルデノ、怪我してない?」
「大丈夫だ、それより服を汚してすまない」
「それはいいよ、気にしないで。それにしても大きい狼だね」
「ああ」
カエデは薄目でちらっとだけ狼を見て、すぐにそらした。
「素材として高く売れるだろうな」
「そうなの?」
「ああ、しかしこんなに大きいんじゃ持って帰れないしな。少しでも毛皮を取るか」
するとカエデは何か思いついたようだ。
「牙取れない?晶石を作るときの素材なんだけど」
「牙か」
開いたままの口を見れば、立派な牙。さてどう取ったらいいものか。
ナイフを抜き、塚頭で牙の付け根を思い切り殴ってみた。
「ぬあっ」
何かと思ってカエデを見ると、口を押さえていた。
牙は根元から折れて転がり落ち、もう一本も同じように折ってカエデに渡す。
「ありがとう」
カエデは二本の牙をカバンにそのまま入れた。毛皮はどうするかと聞いて見たが、カバンにも入りきるものではないので止めることにした。
「今度もっと口の大きいカバンとか買う?便利かも」
「そうだな、その内」
カスミがカエデの顔を小さな手で扇いでいる。
「じゃあ、行こうか」
それからややしばらく、以前に来た妖精の泉にたどり着いた。
「ついたー!」
ここが目的地なわけではないが、喜んでいるので何も言わないでおこう、その内思い出すだろう。
泉はまた沼のようなモンスターに覆われていることもなく、綺麗な水が見えた。
「ラティさんいるかな?」
カスミに楽しそうに話しかけるカエデ。カスミは泉の真上に飛んで、下を見下ろした。
「ラティさーん、いますかー?」
呼びかけになんの反応もない。
「いないのかな」
カエデも中腰になって泉を覗き込む、するとカスミが泉の中に向かって勢いよく飛び込んだ。
「カスミ!?」
慌てて落ちそうになったカエデの襟首を掴んで、泉から少し離した。
「カスミ大丈夫かな」
「行き会っても妖精同士だ、大丈夫だろう」
疲れているだろうカエデに大きな葉を千切って持ってきてやると、その上に座った。
「今何時だ?」
時計を見ると昼時にはまだ早いが、ここで早めに昼食をとることに決まった。
泉から小さな水しぶきが上がり、カスミがラティの手を引いて出てきた。
「あ、ラティさんいたんですね」
「いたんですねではないわ!なんだこのやかましい奴は、ワシは寝てたのだぞ!」
カスミはそんな言葉もお構いなしに無理やり手を繋いで輪になりクルクル回る。
「やめんかうっとうしい!」
手を振り払われてしゅんとしたカスミに、カエデがクッキーを差し出した。
「ほら、もうお昼ごはん食べるから一回落ち着こう」
「む、それはなんだ?」
ラティはカスミの手にあるクッキーを指差した。カスミは嬉しそうにクッキーを割り、ラティに渡した。
声は聞こえないがなにやら説明しているようで、一口食べるとラティの目の色が変わった。
「なんと、うまいな」
カエデはそのやり取りに安心したようで、私にもパンを差し出した。
そのパンを見て、カエデがパンをはじめてくれた時の事を思い出す。
カビは生えてない、固くない、それに沢山の種類、足りないと分かるとわざわざ出かけてまで食料を買いに行き、久々に満腹感を感じた食事だった。
前の主人とは違い命令もされた事がない、その証拠に契約された時付けられた首輪から何も感じたことが無い。
前の主人の時は命令される度に体に走る激痛に、どれほど耐えた事か。
「カルデノ、食べないの?」
「いや、食べる」
首輪からもたらされる痛みを思い出し、首輪を少し引っ張った。
すると本来外れないはずの首輪が少し緩んだ。なんの間違いだこれは。
確か首輪は契約のとき、購入証明書を書いた時に主人となる人物の魔力が首輪になじみ、効力を発揮する。つまりこの首輪は主人の奴隷である限り外れないし、例外があるとしたら、はずすのを許可した時だけ。
それなのに今にも外せそうなこの首輪はなんだ?
引っ張ると、さらに緩む。
「首輪がどうかした?」
カエデが首輪を触る私を不思議そうに見ていた。
「いや、なんでもない」
昼食を終え、ラティとの話もそこそこに数字の木を辿った。
7の木を過ぎた辺りから食人植物が増え始め、先ほど手の甲を小さな植物に噛まれたカエデはびくびくしながら歩いている。
カスミは私の頭の上でくつろいでいるが、耳を掴むのは正直やめて欲しい。
「カルデノカルデノカルデノ!」
突然立ち止まったカエデが何事か騒ぎ出した。
「足! これなに助けて!」
言われた通り足を見ると、左足に何かツタが巻きついてカエデを足止めしていた。
とりあえず地面から這っているそのツタをナイフで切断すると、まるで蛇のようにするすると逃げ帰ってゆく。
「大丈夫か?」
「な、なんとか…」
切り離されて足から離れたツタはピクリとも動かない。
カエデは私の横にぴたりとついて離れないまま、10の木にまでたどり着いた。
「もう10が書かれた木まで来たけど、別に普通じゃない?」
「見た目が普通なだけだ、気をつけろ」
確かに先ほどまでに比べると背の低い植物などが茂っているが、だからと言って普通の植物とは限らないのだ。
目に付いた、大きな花が咲いた花をカエデに見せた。
「綺麗な花だね」
「これも食人植物だ」
「これが?」
見た目は白い花だ、めしべの頂点には赤い小さな実が生っている変わった形だが、私はナイフを抜いてその赤い実を刃先で軽く突いた。
その瞬間開いていた花びらが一瞬にしてナイフを取り込もうと閉じた。
「うわっ」
カエデはそれを見て一歩下がった。
「そういうのもしかして沢山生えてる、かな」
「もしかしてじゃなくて、確実にな」
唾を飲み込んだのか、喉が動いた。
「とにかくアモネネを探そっか」
「ああ」
カエデは私の後ろで隠れるように移動していたのだが、どうしてか先ほどから何度も植物に驚いては転び、石に足をとられては転びを繰り返していた。
「大丈夫か?」
「全然大丈夫、うん」
頬に擦り傷、服もどろどろおまけに半べそ。それでも地面に目を凝らしてアモネネを探している。
「あ! これかも!」
「あったのか?」
カエデが見下ろす先にはアモネネが口を開けていた、高さは30センチほどで口の中にはたっぷりの蜜、そして親指の太さほどもある茎の途中に拳より一回り小さいくらいのコブがある。
「これ噛むんだよね、どうやって蜜を採ったら良いのかな」
「ここのコブもなんだろうな、どうせ噛むんだ、切り取ろう」
ナイフでコブより少し下から切り、唯一危険な口は手で開かないように押さえる。
「これ、切り口から滴ってるのって蜜かな」
薄い黄色のとろっとした液体が、カエデの言うとおり滴っている。
「もしかしたらコブから蜜が出てるのかな」
カエデはビンを出して、口を開けたので、その上でコブを切る。するとカエデが想像した通り大量の蜜がビンに流れ出し、甘い匂いが鼻をかすめる。
「うわぁ甘い香りだね」
蜜を落とし終わり、ビンの4分の1が満たされた。
順調に次、またその次とアモネネを見つけ、ビンひとつを一杯にした、二つ目のビンにも蜜を入れようと同じような場所をうろうろしていた、カエデもわずかながら楽しそうな表情だ。熱心に地面を見てアモネネを探しているので、私も探さなければと、同じように下を向く。
少しして突然、ずっと頭の上にいたカスミが離れた。
「カスミ?」
後ろを振り返ると、今の今まで後ろにいたはずのカエデが居ない。
「カエデ?」
呼びかけてみるが返事もない。
「カエデ!」
もう一度強く呼びかけたが、やはり返事は無い。
カスミは何かを見つけたのか、生い茂る植物を縫ってスイスイと飛び進む、それについて行くと、ひとつの植物の前に正座しているカエデがいた。
その植物は顔ほどもある大きな黄色い花で、その花を支える太い茎が地面に向かうほどさらに太くなっている、そしてその茎から生える無数の管がカエデの右腕に絡み付いて、服には血が滲んでいる。
すぐにナイフで管を切り離し、花を引っこ抜いて投げ捨てた。
「カエデ、カエデ?」
カエデはまっすぐ花を見ていた目をこちらを向けた。
「カルデノ、お母さんいた」
まったくもってありえない事を口にした。何か幻覚を見たか、幻覚作用のある毒でも体内に入ってしまったのかも知れない。
「……こんな所にいるわけないだろう」
「でも…」
カエデはもう一度花があった場所を見たが、首をかしげた。
「あれ? いない」
カエデは泣きそうな顔で立ち上がったが、腕を引いて座らせた。
「こんな所に、いるわけないだろう」
右腕に残る管を取り除き、袖を捲り上げた。袖の下にももぐりこんでいた管も取り除こうと引っ張ったが抜けない、先端が皮膚に刺さっているようだ。
慎重に一本ずつ抜くと途中でカエデが痛がり始めた。
「いたたた! なにこれ!」
カスミはそんなカエデの頬を小さな手で叩いた。
「えええ、我慢しろっていうの?」
「そうだな我慢しろ」
カスミの代わりに言い、痛がるのを申し訳なくは思いつつ管を抜いていった。
管を抜いた後の腕は皮膚に開いた沢山の穴から血が流れ、少量ずつではあるが滴っている。
「カエデ、ポーションを使え」
「うん、めっちゃ痛いし」
ココルカバンから出したポーションを腕にかけると、傷は塞がり、血もある程度流れ落ちた。
「わぁ、ポーションってすごいね」
どうやら初めて使ったらしかった。
すぐ近くにあったアモネネから蜜を採取し、食人植物の群生地帯からさっさと離れた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
前回のあとがきで、次は図書館だとかいいながら、まったく図書館じゃなかった。
 




