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のんびりした時間

 何故図書館に利用権が必要なのかアスルに聞くと、少し考えてから説明してくれた。


「図書館には貴重な資料が沢山ある、それでなくてもすべて紙で出来た高価な物だ、身分を明かして初めて入館出来る」

「身分を明かすだけならギルドで発行して貰える身分証とかでもいいんじゃないの?」

「……聞け」

「はい…」


 アスルは話を途中で切られるのが嫌なようで、今にも舌打ちしそうな顔で睨んできた。

 なので口は固く閉じ、アスルの話の続きを聞く。


「図書館は城と隣接していて、それもあって図書館に入れる者が、利用権を持つ者に限定される。詳しい話はアイスさんに聞いてもらうしかないが、その利用権は発行に手間がかかるし、あと入館料は結構するんじゃないか?」


 アスルに話に区切りが付いたのを確認してから口を開いた。


「何で城と隣接してるの? 別箇にしたらいいのに」

「それを俺に聞くな、分かるわけないだろう」

「まあそっかー」


 気の抜けた返事を返したあと、テーブルに何も無いのに気が付いた。


「あ、何か飲む? 今のところ水しか出せないけど」

「なら聞くな」


 せっかくたずねて来てくれたのに何も出さないのはいかがなものか、水しか出せないのであまり変わらないかもしれないが。

 戸棚からポットを出した時に、カルデノが外から戻ってきた。

 寸胴鍋に入った水を軽々と持ち、お風呂場で水を入れる音がし、リビングに戻ってきた。


「ありがとうカルデノ」

「いや、それより風呂には直ぐに入るのか?」

「うん、用意が出来たらね」

「なんだ、風呂に入るんだったのか。邪魔したな」


 アスルは椅子から立ち上がった。


「え? 別にまだ入るわけじゃないし」

「いや、用件も伝えたし、行くとする」

「そっかー、アスルも忙しいだろうしね」


 少ない知り合いの内のひとりなので、もう少しくらい話をしたかったが、相手の都合もあるので引き止めたりは出来ない。


「今日は休みだがな」

「だろうね」


 そこで私は、ふと話に出てきた時計を思い出し、どこで売っているのかを聞いてみた。


「ねえアスル、時計ってどこに売ってるの?」

「時計屋に決まってるだろう」

「そうじゃなくて、お店の場所だよ」

「ああ、地図はあるか?」

「うん」


 一度部屋に戻って、小さなテーブルの下に放置していた地図を手にリビングに戻った。


「はいこれ」


 地図を受け取ったアスルはそれをテーブルに広げ、私とカルデノもテーブルを囲ってそれを見る。


「あー、と。この辺だな」


 アスルが指差した場所はまだ行った事のない場所だった。

 家は大体南の外寄りの場所に位置しているが、アスルが指で指す先は北も北、ぐるりと王都を半周する勢いで離れた場所だった。


「…時計屋は、他に無いの?」

「俺はここしか知らない」


 あまり街を歩かない私が言ったところで、だから何なのかとなるが、今まで時計屋らしき店は見たことがない。アスルもこの一軒しか知らないと言うし、時計屋は数が圧倒的に少ないのだろうか。


「行ったことないし、遠いし、迷ったりしないかな」


 ほとんど独り言だったのだが、アスルがそれを聞いて何か思いついたように、地図を見ていた顔を上げた。


「なら俺が案内するか?」

「えっ」


 全く思ってもいない申し出がありがたく、勢いよく頷く。


「ちょっといいか」


 ずっと黙っていたカルデノがアスルを見る。アスルは少し身構えた。


「なんだ?」

「時計は、いくらするんだ」

「値段か、様々だな。俺の持ってる時計で1700タミルだったかな」


 ポケットから銀色の懐中時計を出したアスルは、ぱちんと蓋を開いた。開いていると二枚貝のような形で、ポケットからチェーンが繋がったままだ。


「それ綺麗だね」


 懐中時計を覗き込む。

 蓋の表には植物のツタがふちを囲む細かい彫刻が施され、文字盤はシンプルで細い針が今も動いている。


「これは俺も気に入ってるんだ。もう壊したくないんだが」

「どうして? 頻繁に落としたりするの?」

「そうじゃない、討伐依頼から帰ってきたりすると、割れてたり、粉々になってたり、色々な」

「あー…」


 アスルの苦笑いの後、再度懐中時計を見た。傷や細かなへこみがあるが、それでもちゃんと動いている。


「それで、案内はいつする?」

「それはアスルが休みの日がいいと思う」

「そうだな」


 懐中時計をポケットにしまうと、明日にするか、と言う。


「明日? 仕事はいいの?」


 随分忙しそうなイメージがあったので、ただ気になったのだが、アスルは曖昧に笑い、頷いた。


「たまには連休もいいだろ」

「時計のために、わざわざありがとう」

「いやいいんだ、午前中に来るから、寝坊はするなよ」

「わかった」


 アスルが帰った後、カルデノとまだ途中だった水汲みを再開して早々、私のお腹がぐうっと鳴った。

 丁度井戸から汲んだ水の入った桶を持ち上げたカルデノが私を見る。


「…先に昼を食べないか」

「そうだね」




「いただきまーす」


 時間帯のおかげで活気に溢れる食堂の奥の席に座る私達は、テーブルに並べられた芋や肉を食べ始めた。

 フォークで口に運んだ芋はうすい塩味で、ホクホクしていて少し舌で転がして冷ます。


「カエデ」

「うん?」


 咀嚼した芋を飲み込み、どうしたのかと聞く。


「あのエルフとは仲がいいのか?」

「エルフ? ああ、アスルね。どうかな」


 記憶を掘り返してみると、あまり会ったりおしゃべりしたような記憶が、ない。

 リクフォニアでポーションを作る協力をして、馬車での移動中も挨拶や簡単な話をしただけ。王都に来てからはポーションを作ってくれと訪ねてきて、今回もアイスさんの伝言を伝えに来てはくれた、が。


「うん、仲がいいとか以前にそこまで親しくない、かも」

「そうなのか?」

「かなー」


 ほどよく焦げ目のついた肉を口に含む。

 カルデノも話をやめて食べだした。

 ふたりで食べようと言って一皿頼んだ肉がほとんどカルデノに食べられたのが少し納得いかなかったが、お腹も膨れて満足したので、夜と、明日の朝の分の食べ物も買っていく。


「果物は買ったし、ロップの串焼き買って行きたいね、あれ美味しいよね」

「それはいいな、なら何か入れ物はないか」


 カルデノはキョロキョロと辺りの店を見回し、何か見つけたようで私の手を引いて歩き始めた。


「これはどうだ?」


 梅干でも漬けられてるのが似合うような、すこし太めのビンがカルデノの手に掴まれた。


「うーん」


 店は大きな扉が開いていて、外からでも中がよく見えるようになっている。中を覗くと、様々な形をしたビンや陶器、食器などが並んでいて、カルデノがささっと中に入ったので、私も後に続いて入る。


「これはどうだ?」


 次に見せてきたのは小さなバケツほどもある壷、しかし当然却下。一体一回で何本買う気なのか。


「やっぱりさっき外にあったやつにしよう、いいサイズないし」

「うん」


 会計をすませてビンを抱えるカルデノの尻尾は揺れていて、足取りもいつもより軽やかに見える。





 さきにお風呂に入った私は、髪の水気を手ぬぐいで拭きながらリビングから二階にいるカルデノに声をかけた。


「カルデノ私あがったよー」

「わかった」


 二階から下りてきたカルデノは、着替えを持ってお風呂に向かいながらも戸棚に視線を向けた。戸棚には串焼きが入っているので、早く食べたいのだろう。


「全部食べたりしないから安心して」

「わかってる」


 お風呂場の扉が閉まったのを確認して、一度自分の部屋に戻る。

 クローゼットの奥から、今はほとんど触っていないリュックサックを出した。

 リュックサックを持ってベッドに座り、中を覗く。

 スマホも音楽プレーヤーもバッテリーが切れたのか、電源ボタンを押しても画面に光はともらない。ペットボトルに入ったお茶は一旦見なかった事にし、あのレシピ本を出す。

 このレシピ本も長いこと見ていない。ページを開けばポーションや毒消しのレシピが並び、さらにページを進めると、少し見ない間にレシピは増えていたようで、その中のひとつに「魔力ポーション」というのがあった。


「へえー、こんなのあるんだ」


 試験管のような形をした入れ物の中を紫色の液体が満たしている絵、横には「マンドラゴラの花」「アモネネの蜜」と書いてある。

 マンドラゴラに関しては、鳴き声を聞くとショック死するとか、その程度の曖昧な知識ならばあるが、はたしてこの世界でもそうなのだろうか、だとしたら死を覚悟せよ、と。

 いや無いな。

 その他はと言えば、解熱剤やハゲに嬉しい育毛剤と反対に脱毛剤、睡眠薬など増えていたが、脱毛剤は、いるかな。

 他の「武器」や「防具」の項目は相変わらず増えていなくて、何故「薬」の項目だけこうも増えていくのか、ベッドにうつ伏せになり、「石」の項目を覗く。


「あ、増えてる」


 炎晶石、雷晶石の下に、氷晶石という名前の白い見た目の石が増えている。名前から察するに氷の魔法が入った石であるのは間違いないだろう。

 それにしても、後から出てきた項目は増えるのに、何故はじめからある「武器」や「防具」の項目は増えないのだろう。武器が増えた所で作るか分からないが、謎である。

 布の服なら、材料は布だけ、それならその内作ってみてどんな物になるのかくらいは試してみよう。

 レシピ本を閉じて仰向けになると、いつから居たのか上にいた妖精と目が合い、びくりと肩がはねた。


「びっくりした…」


 妖精は悪びれる様子もなく、ベッドの横に置いたままのココルカバンを指差した。


「カバンがどうかした?」


 懸命にボタンをはずそうとしているので、開けてあげると、カバンの中に入って何をするかと思えば、妖精の水が入った水筒を指差した。


「あ、これね、森の泉の、ラティさんって妖精に貰ったんだよ」


 水筒を出してベッドに置くと、それの周りをうろうろする。


「飲みたいの?」


 勢いよく首を振る。違うようだ。


「そのラティさんね…」


 と、そこで妖精はビシッと私を指差した。


「え?」


 かと思えば今度は自分を指差し、口が何かを言いたげに形を変える。


「わかんないよー」


 あ、ま、え…?


「あまえ?」


 またもブンブンと横に振られる首。髪の毛がふわふわと広がってゆっくり落ちる。

 読唇術とかは使えない。何か確実に言葉を読み取るすべは無いか。

 そうだ、文章で伝えてもらったら確実ではないか、さっそくリュックサックからノートとシャープペンを出し、ノートはベッドに、シャープペンを妖精に渡した。


「これに言いたいこと書いて、そしたら分かりやすいし!」


 ナイスなアイデアだと思った、思ったのだが、妖精は困ったように笑うだけ。

 自分の身長と変わらない大きさのペンなど渡されても書けないだろうか、それとも他に理由がある?


「もしかして、字が書けない?」


 こくんと頷いたことで、妖精に渡したペンは意味を成さないと分かり、返してもらった。


「じゃあ、今から文章になるまで何回も五十音言っていくから、欲しい音で手を上げてくれる?」


 妖精は嬉しそうに頷いた。




「名前、くれ?」


 ノートにメモしながらの作業が終わると、名前くれ、という文章が出来上がった。

 間違いないかと確認したが、間違いないらしい。


「君の名前を、わたしが考えてくれってこと?」


 妖精はまた頷く。


「って言われても、名前かー」


 クッキーが好きだったみたいだから、クッキーは? でもそれじゃあ合わない。もっと妖精らしい名前がいい、けれどすぐにはどう頭を捻っても出てこない。


「んー」


 あれこれ考えていると、カルデノがお風呂から出たようで、扉の開閉する音が聞こえ、慌ててベッドの上のものをリュックサックに詰め込んだ。


「また後で考えるから、少し待ってて」


 妖精は寂しそうに眉間に皺を寄せた。


「絶対だから、待ってて」


 こくん頷いた、妖精を部屋に残してリビングに出た。


「カルデノお風呂早かったね」

「そうか?」

「うん。じゃあ晩御飯食べよ」

「うん」


 戸棚から串焼きやパンを出してテーブルに並べると、カルデノが私の部屋を見ていたのに気が付く。


「どうかした?」

「ん、さっき部屋で話し声が聞こえたから、何かと思って」


 私はぎょっとした。


「聞こえたの?」

「ああ。それで、部屋に誰かいるのか?」

「うん、一応」


 私はカルデノの視線を感じながら部屋に入る。

 妖精は私のベッドに座っていて、ぱっと表情に花を咲かせた。


「ねえ、前に言ってたカルデノがいるんだけど、会ってみない?」


 が、表情は固まり、私は慌てた。


「本当にカルデノは何もしないよ! なんなら私に隠れててもいいし」


 大丈夫だよー、怖くないよー、そんなオーラを出しているつもりで手を招く。

 妖精は恐る恐る私の肩に飛んできて、私の髪の毛に包まった。


「そ。それでいい?」


 少しくすぐったいのを我慢して、リビングに戻ると、カルデノは椅子に座って串焼きを熱心に見つめていた。


「カルデノ、ほら見て」

「ん?」


 カルデノの視線は妖精に移り、そのまま逸らされない視線。


「……」


 おもむろに串焼きを手に取ったカルデノ、すっと妖精に差し出す。


「食べるか?」


 妖精はその串焼きに目を奪われ、髪の毛から出て身を乗り出す。私が椅子に座ると、妖精はテーブルに飛び降り、カルデノの持つ串焼きを指差す。


「食べたい?」


 目を輝かせて頷く妖精を微笑ましく思いながら、カルデノから串焼きを手渡してもらい、それを妖精の前に差し出した。

 思いっきり噛み付き、口の周りをたれで汚したまま嬉しそうに食べる。


「うまいか」


 ゆっくりした言葉で話しかけたカルデノ、妖精は少し怯えながらもうなずき、次にカルデノが出した物を不思議そうな顔で見る。


「ジャムだ」

 そう、カルデノが手にしているのはジャムがたっぷり塗られたパンだ。妖精は吸い寄せられるようにパンへ歩み寄り、パンに噛み付いた。

 聞かなくても分かる、表情が美味しいと語っている。


「いただきまーす」


 私もパンを手に取った。




ここまで読んで頂きありがとうございます。


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