妖精の友人
「アリスさん?」
「うむ、ワシの友だ」
妖精は少し誇らしげに笑う。
「じゃあ、あなたには名前があるってことですよね?」
「そうだ、そちらが名乗るのなら教えてやらんことも無いぞ」
「あ、私はカエデです」
自分の名を名乗り、ギトに目をやると、ギトも慌てて名乗る。
「カエデとギトか、ワシはラティ、と言う」
「ラティさんですね」
「うむ」
さっそく名前を呼ばれたラティさんは満足気だ。
「アリスは不思議な奴だった、ワシに名前が無いとわかると名を授け、沢山の面白い話も聞かせてくれた」
「面白い話?」
「なんと、あいつは自分の生まれ故郷が、この世界ではないと言っておった」
私はそれを聞いて目を見開いた。
もしかしたら私と同じように地球からやってきた人かもしれない、そう思うと気持ちが高ぶった。
「なんだったか、勉強を受けるのが義務であるとか、アニメとやらがどうのとか」
私はますます期待に胸を膨らませ、ラティさんの話す内容と私が思う地球の知識を当てはめていった。
「あの、カエデさん」
「え?」
熱心に話を聞いていた私の肩を、ギトが申し訳なさそうに叩いてきた。
「あの、興味惹かれるのは分かるんですけど、もう戻りませんか?」
「え、あ、うん…」
まだ沢山話を聞きたい。アリスという人が、帰る手段を探していたのか、もしくは知っていたのか、どうやって来たのか、私のように何か作ることが出来たのか。
名残惜しくラティさんの顔を見る、するとラティさんはピンと来たように人差し指を立てた。
「ワシの話では曖昧な部分も多々あっただろう、詳しく知りたいのなら本人に聞いてみてはどうだ?」
「え、いやだって、亡くなってるんですよね?」
「いかにも奴は死んでおるが、話くらいしてくれるだろう」
意味がわからない、まさかあの死霊にでも聞けと言うのだろうか。
「しょっちゅうその辺をうろついておるからな、呼び止めればいいではないか」
そのまさかだった。
「は、話せるんですか?」
「当たり前だろう、アリスは生前もおしゃべりであったしな」
死霊になって言葉を話せなくなる、なんてことはないらしい。
「お前らもう帰るのだろう? 水をいれる物はあるか?」
「はい」
ココルカバンから水筒を出し、口を開けて差し出した。
「どれ、しっかり持っておれよ」
ラティさんが水筒の口にちょんと指を付くと、水筒が一気に重たくなり、慌てて抱えなおした。
「これが妖精の水ですか?」
「うむ」
「ありがとうございます」
頭を下げてお礼を言うと、ラティさんは少し口をとがらせ、こちらをジーっと見てくる。
「本当に行くのか?せっかくアリス以外の人と話すことが出来たのに」
「つ、ツンデレ…?」
「そのツンデレとは一体なんだ? アリスも時たまそうやって言って笑っておったが」
「え…」
どうやらツンデレは聞いたことがあるらしいが、どういった意味か知らない、と言う事はアリスさんは口に出しても意味を教えることは無かったようだ。
それなら、と私も黙っておくことにした。
「悪い意味じゃないですよ、私も意味は詳しく知らなくて」
ラティさんの目は怪しいと語っていたが、問い詰められることもなくやり過ごす事ができた。
「まあいい、いつまでもここに居ても何も無い、もう戻す」
「あ、はい」
ラティさんは腕を組み私をジッと見たまま、一文字に結んだ口をわずかに震わせた。
もしかしたら、寂しいのだろうか。そう思って何か言葉をかけようと口を開きかけた時、上の水面から手の形をした水が出てきて胸倉を掴み、上に引っ張り上げられた。
泉の底に来たとき同様に息が苦しかったが、どんどん上に引っ張られ、放り投げるように泉から出された。
「カエデ、大丈夫か?」
地面に伏せてむせる私の背中を、カルデノは心配そうにさすってくれた。
「ありがと」
顔を上げて横を見ると、同じようにむせながら心配されるギト。
「ギト、よかった、本当に無事でよかった」
シサがそう言ってギトを抱きしめると、ギトの目に少しだけ涙が浮かんだ。
「カエデ、下で何があったんだ?」
「妖精がいたの、それで…」
「そうだよ!」
カルデノの問いに答えようとしたのだが、それをギトに遮られ、ギトに目を向ける。
「妖精がいたんだ! すごいよね!」
興奮気味に妖精はどんな風であっただの矢継ぎ早に話すが、途中で発せられる言葉が失速した。
「妖精はいたけど、でも病気を治せる泉の水は、ただの噂だったみたい」
シサとギトはお互い顔を見合わせ、そして笑った。
「そうか、まあ望み薄だったしな」
「そうだよ、今はギトが生きてて本当によかった」
そうやって言葉を掛け合う3人から、カルデノの手を引いて少し離れた。
「カエデ、どうした?」
「あのさ、またここに来たいんだけど道覚えてる?」
「いや、詳しくは覚えていないが、帰りはできる限り記憶しておこう」
「うん、私も頑張るよ」
さっさと帰って休もうという話になり、すぐに森を出ることになった。
帰りにはあのアリスさんと思わしき死霊を見ることも無く、無事に森の外に出ることが出来た。
もう日が暮れていて、あたりはオレンジ色に染まっていた。服はまだ湿っていて肌に張り付く気持ち悪さがある。
「今日は疲れたなー」
シサが呟く。
「そうだね、結局あのモンスターはスライムだったのかな」
シギの言うように、結局あれはなんだったのだろうかと気になるが、もともとモンスターに疎い私には分かるわけも無く、そしてラティさんも、スライムのような奴、とは言っていたが、断言はしていなかった。
「まさか新種だったりしてなー」
「まさかー」
「あ」
私はふと思い出し、立ち止まった。
それをどうしたのかと同じく立ち止まる皆の前で、ココルカバンを開け、中から妖精の水が入った水筒を取り出した。
「妖精の水貰ったんだけど、分けない?」
シギとシサはぎょっと目を見開いた。
「妖精に貰ったのか?」
「うん、あのモンスター倒してくれたお礼にって」
「へえー、そりゃすごいな。けどいいんだ」
シサが言うと、シギもギトもそれに頷いた。
「俺らが欲しかったのは噂の水だったからな」
ほんの少しだけ残念そうな表情だ、本当にいいのかと再度確認したが答えは変わらなかった。それでいいのならと、水筒をしまった。
シサ達の父親がどんな病気なのか気になったが、それを聞いていいほど親しい仲でもなく、言葉を飲み込んだ。
「今日はありがとう」
シギのお礼に、私はカルデノを見た。私はなんの役にも立たなかったので、これはカルデノに対するお礼だと思ったからだ。
「結局カルデノに助けられてばっかりだったね」
「いや、あれを倒せなかったらお前らを置いて逃げるつもりだったし、礼はいらない」
「ああ、けど結果良ければ、だよ」
「…そうだな」
王都に戻った私達は、門の前でいくつか言葉を交わした。
「俺達は故郷に帰るからもう会う事は無いかもしれないけど、また会ったら挨拶くらいはしてね」
「え、王都に住んでるんじゃないの?」
「違う違う、今は宿を借りてるだけだから」
「そうなんだ…」
私はココルカバンからもう一度妖精の水が入った水筒を出してシギに突き出す。
「これ、やっぱり少しでも持っていって」
「いや、本当にいいんだ」
「貰ってよ」
ぐいっと押し付けると、シギは困ったように眉尻を下げた。
「もしかしたら、少しでも役に立つかもしれないでしょ」
シギは少し笑った。
「ありがとう、じゃあ分けよう」
シギ達の持っていた水筒に半分ほど分け、これで終わりかと私が少し寂しく思うと、ギトに名前を呼ばれた。
「ギト?」
ギトは私の正面に立ち、手を握ってきてた。これは握手だ、しかし何故今?
「カエデさん、また会いましょうね!」
ギトの笑顔に、私も釣られて笑顔になった。
「うん、またね」
「はじめまして、私はアリス、あなたは?」
「え、あ、カエデです」
何故か突然森の中にいた、あの薄暗い森だ。カルデノはいないしここに一人で来た記憶も無い。
「カエデって言うのね」
アリスさんは長い金髪に大きな青い目をしていて、まるで人形のように綺麗な見た目をしている。
着ている服は真っ青なドレスだし、あの死霊のアリスさんとはとても思えない。
「あ、私が死んでるなんて信じられないって顔ね」
「えっ、まあはい…」
「私も死んだときは信じられなかったわ、なんで死んだか気になる?」
気になるといえば気になるが、だからと言って他人の死因を意気込んで聞きたいほどの好奇心もない。
私はなんの返事も出来ず悩む。
「まあ聞いてよ、私ね」
アリスさんは一度口を閉じ、勿体ぶるようにこちらをじっと見つめる。
「あのね…」
その口がゆっくりと動き、ごくりと唾を飲んだ。
その瞬間、体を大きく揺さぶられてハッと目が覚めた。
「なにが…!」
反射的に上半身をはじく様に起こすと、変な目でこちらを見るカルデノと目が合った。
「…あれ?」
きょろりと辺りを見回すと、私は普通に部屋で寝ていたようだ。
「おはようカエデ、今のは新しい挨拶か?」
「いやいや違うよ、なんか夢見てて」
だから変な目で見ないで。
昨日は慣れない森なんて長く歩いたものだから、疲れて直ぐに寝てしまったのだ。
泉に落ちたにもかかわらず、お風呂にも入らないで寝たものだから何だか気持ち悪くて、ベッドから出た。
体中が、とくに足が痛い。昨日のせいで筋肉痛にでもなってしまったか。
「お風呂入りたい」
呟いてみた。
「ああ、今水を汲んでくる」
「ありがとう!」
カルデノなら進んでやってくれるという期待は的中し、カルデノが部屋を出て直ぐに、私は着替えを用意してリビングに移動した。
カルデノはテーブルにパンを広げ、その中からひとつ選んで食べながら寸胴鍋を手に玄関の戸を開けた。
しかしカルデノは外への一歩を踏み出さない。
「どうしたの?」
カルデノの斜め後ろから玄関を覗くと、アスルがなんとも言えず険しい表情でカルデノを睨みながら立っていた。
「あれ、アスル」
「ああカエデいたか、この女に殺されたのかと思っ…」
「このエルフは知り合いか?」
カルデノがアスルの言葉を遮った事により、アスルの表情はさらに険しいものになった。
「う、うん。アスルって言うの、知り合いだから何もしないでね」
「分かった」
しかしカルデノとアスルは睨み合ったまま動かない、先に痺れを切らしたのはアスルで、低い声で一言、どけ。とカルデノに言った。
しかしカルデノはなおも無言のまま動かない。
「カルデノ、あの、水汲んできてくれる?」
「…ああ」
ようやくカルデノが外に出て、アスルはため息をつきながら入ってきた。
「なんだあの態度は、奴隷なんじゃないのか…」
「あれ、カルデノの事知ってるの?」
「ああ、アイスさんから聞いてる。しかしでかいな」
「そうだね、アスルの方が小さかったかもしれないしね」
「俺はあんなに身長はいらない」
またため息をつき椅子に座ったので、私もアスルの向かいに座る。
「で、今日はどうかしたの? ポーション?」
「まさかだろ、この間作ってもらったのがまだある」
「そっか」
では何故来たのだろうかと、他に理由を探すも思い当たらず。
「アイスさんから伝言と、奴隷もどんな奴を買ったのか気になったしな」
「そっか、けどこんな朝早くに来なくてもいいじゃん」
アスルはそれを聞いて少し笑ったようだ。
「お前な、もう11時だぞ」
「えっ、うそ」
「本当だ、まあこの家には時計がないから仕方ないか」
「買おうかなって、思ってはいるんだけどね」
曖昧に笑ってごまかす。時間が分からないのは不便だ、そう思いつつ今まで無いまま過ごしてきたせいか、買おう買おうと口ばかりになっていた。
窓を開けようと立ち上がった。
「ここは木陰が多くて夏は涼しそうだな」
「そうかも、けどここの夏ってどれくらい暑いの?」
窓を開けると、カルデノが水を汲んでいる音が少しばかり聞こえた。
「どれくらいと言われても、俺の感じる暑さとカエデの感じる暑さが同じわけではないから何ともなあ」
それは確かに、しかし夏であっても快適に過ごせるくらいで留まってはくれないだろうか。
「あ、そうだアイスさんなんて?」
「一週間後に家に来てくれたら利用権を渡す、と言っていたぞ」
「一週間後? アイスさん忙しいの?」
「さあ、四六時中一緒に仕事しているわけじゃないから詳しくは知らんが、あの人はいつも忙しそうだな」
「いつも…」
アイスさんは私が思っている以上に忙しいらしい、それでも王都に来た時や家を買うときなど、沢山お世話になった。あれは私のために無理して時間を割いてくれていたと分かってはいたが、それほどとは思っていなかった。
「所で利用権って、なんの利用権だ?」
「図書館のだよ、私勉強しないとまずいなーって思って」
「なるほど」
「それでねアスル」
「なんだ?」
私はアスルの向かいの椅子に座りなおした。
「図書館って、なんで利用権が必要なの?」
「は?」
ここまで読んで頂きありがとうございます。
子供の頃の山遊びが思い出されます。
今歩いたら腰痛がひどいでしょう。




