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沼があらわれた

アイスさんに頼まれたハイポーションを届けてから、特に外出らしい外出もしていなかったのだが、アイスさんから家を訪ねてくる事もなく3日後、シギ達と約束していた日になった。



「カルデノ準備できたー?」


カルデノが支度を整える二階に向かって問いかけた。


「ああ、カエデこそ出来たのか?」


腰には大きなナイフ、ばっちり準備の出来たカルデノが階段を降りてきた。


「大丈夫、前に森に行った時と同じ準備したし晶石も作ったし、これも」


腕に通した身代わりのブレスレットを見せた。


「そうか、ならいいだろう」


家には時計がないので正確な時間は分からないが、それでも太陽の位置を見る限りだともうギルドに向かわなければ、今度はこちらが遅刻してしまうだろう。


「カエデ、泉に行くのだから、水筒を買って行ったらどうだ?」

「水筒?飲み水の入れ物と別に?」

「ああ、一応持ち帰ってみてもいいんじゃないか?」

「そうだね、じゃあ行くとき買おうか」


荷物を纏めて持ち、家を出た。

ここでの水筒とは、私の知っている金属やプラスチック製のボトルではなく、動物の皮や胃袋で作られた大変便利なものだ。

中にはココルカバンのように拡張石を使って容量を増やして使っている人がいるとかいないとか。

そんな話はどうでもいい、約束の時間に遅れない内に水筒を買ってギルドに行かなければ。





「おせえよ」


シサは私の頭を上からぐいぐい押さえつけてきた。


「水筒買ってたら遅くなったんだよ、お互い様でしょ」


ギルドの入り口近くで立って待っていた3人に開口一番で謝ったのにこの仕打ちだ。

ギルドの大きな掛け時計を見ると、12時を10分過ぎていた。


「ほらシサ、前回は俺達だって随分待たせたんだし文句言えないよ」


シギが助けに入ってくれたことで私の頭を押さえつける行為は終わった。


「…そうだったな、すまなかった」


本当に申し訳なさそうに眉尻を下げて謝るシサだが、まさか自分の遅刻を棚に上げているとは思わなかった。

それでも悪気はなかったのだろうからこちらも許してしまう。


「あ、そうだ借りてた袋返すね」


借りていた袋を返し、さっそく森に向かう事にした。

王都から外に出て森に向かう間、カルデノに助けられることになった前回、どれほど奥まで進んだのかを聞いてみた。


「結構進んだぞ、どれくらいって明確にはわからないが、あんなでかいイノシシに追いかけられるくらいはな」


シサはあのイノシシの事を思い出したのか、わき腹をさすった。

確か助けた時、シサはわき腹を怪我していたのだった。


「けどギトが魔法使えるから、何とかあそこまで逃げられたんだ」

「へえ」


ギトは少し誇らしげだ。


「兄ちゃん2人とも剣士だから、僕は絶対魔法使いになるって決めてたんです」

「そうそう、ギトは幸いにも魔法の才能があったから、本当に助かるよ」


シギがギトの頭をぽんと叩いた、この兄弟は仲がいいようで羨ましい。


「ギトって才能あるんだ、どんな魔法が使えるの?」

「えーと、イノシシを運ぶ時にも使った、物を浮かせる魔法、敵の視覚を奪う魔法、これは一瞬しか使えないんですけどね」


聞いてみれば、ギトは嬉しそうに自分の使える魔法を指折り数える。


「それから氷魔法です、今はこれだけですけど、でもこれからどんどん増やしていくつもりなんです」

「そっか、ギトはまだ14歳だったっけ? それならきっともっと沢山覚えられるね」

「はい」

「あ、歳っていえばさ」


私は隣りを歩くカルデノに目をやった。


「カルデノって何歳なの?」

「忘れた」


即答だった、まるで私がこう聞くのを分かっていたかのように間髪いれずに返され驚く。


「奴隷になった時は16だったと思うが、いちいち数えてない」

「そっか」


どうしてか言葉に少しばかりトゲを感じ、その話はもう止めることにした。


「けど泉までもう少しってとこだと思ったんだけどな」


シサは大げさにため息をついて見せ、シギはそれに苦笑いする。


「そんなのただの勘でしょ、実際どうだか」

「けど、なあ…」


次には本当に落胆の息を漏らし、森のある方を見た。


「あれ以上奥に行くってのは、怖いよな」


妙な言い方だ、さっきまでの陽気さがまったくない。

それに、眉間に皺を寄せて口を閉ざしたシギとギトも、イノシシが怖かっただけではなかったようだ。


「奥に、何かあったの?」


恐る恐る聞いてみた。


「いや、ただ単に雰囲気と言うか、気持ちの問題かな。実際出てきたのはあのイノシシだけだったし」

「イノシシだけだと?」


今、少し引っかかりを覚えたらしいカルデノがシギを睨むように見た。


「相当奥まで行ったんだろう、それなのに、本当にあのイノシシしか出てこなかったのか?」


シギ達3人は、それをまさに目から鱗というのだろうか、ハッと何かに気が付いたように目を見合わせた。


「え、どういうこと?」


私だけが何も理解できず、オロオロと疑問の行き先を彷徨わせる。


「森は奥に行くほど生息する生物は凶暴だ、数だって一匹や二匹なんてあり得ない」


カルデノは私と特に目を合わせるわけでも無いが、説明をしてくれる。


「それなのに今の話じゃ、行って逃げ帰って来るまでイノシシ以外何も見てない」


本来居るはずの生物が居ない。

そこで私も、やっとそれが異常な事なのだと理解した。


「カエデ一人なら私が守りながら森の奥に行けるとは思う、お前らが窮地に陥ったとしても私は知らないからな」

「それは、重々承知しているよ」


カルデノの言葉を受けたシギ。

まだ森についてすらいないのに、私達の間には緊張が走っていた。





森に入ってどれくらい経ったか、私は息を切らしながらカルデノの隣りを歩いていた。

木の密度は高くはない、しかし一本一本の木が太く高くて、枝が何重にも重なって薄暗く、草が少ない代わりに地面には岩が顔を出し、それに躓き地面に手を付いた。


「大丈夫か?」


カルデノに手を貸してもらい立ち上がった。


「ごめん、ありがとう」


私達の前を歩く3人も少なからず息を切らせていて、シサが突然立ち止まった。


「確か、イノシシが出てきたのって、この辺りだったよな?」


言われて、シギもギトも立ち止まり、辺りをゆっくり見回す。


「そうだったね、やっぱりこの辺気持ち悪い…」


シギは眉間に皺を寄せた。

ふと、ギトが一点を見て動かなくなっているのに気が付き、どうしたのかとたずねる。


「カエデさん、ずっと向こうに何か見えませんか?」

「向こう?」


シギはスッと進行方向から見て右側を指差した。

いくら木々の密度が低いとは言え、暗くてよく分からない。

それでもおかしなものがあるかと目を凝らす。


「向こう、なんだか人がいるような…」

「おいギト、なんだよ怖いこと言うなよ」


シサは自分の腕を摩る。

ギトは嘘ではないと食い下がるが、それもいい加減な態度で流される。

ふたりがそんなやり取りをしている間、私はずっとギトが指差した方を見ていた。

そして、ギトが言う、人のようなものを見つけた。

暗く、そして遠いために細かなことはわからない、けれど何故か、それはこちらをじっと見て動かないように感じた。

単純な恐怖が足元から這い上がり、一歩下がった。


「カエデ、どうした?」


カルデノの体に軽くぶつかり、肩を支えられた。


「カルデノ、向こうに、何か…。見てる」


震える声でそう伝えると、言い合いをしていたふたりの声はピタリと止んだ。

そうして沈黙の中、カルデノが私の頭上からジッと目を凝らす。


「死霊だ、人じゃない」


カルデノの声は至って冷静で、危険なものではないのかと一瞬思ったが、そうではないらしい。


「こっちを見てる、さっさと進むぞ」

「あ、ああ、行くか」


シサはカルデノの言葉に従い歩き出した。

それに続きシギとギト、カルデノも私の背を押す。

しかし私はあの死霊と呼ばれた得体の知れないものから目を離せなかった。

先ほどまでただじっと立っていただけのそれが、ゆっくりとこちらを指差したのだ。


「ねえ、あれ、こっちを指差してる」


ギトも見ていたらしく、私が思ったことをそのまま口にしていた。

しかし違う、あれはこちらを指差しているのではない、若干のずれを感じた。


「向こう…?」


私は進行方向を少し左にずれたほうを見た。


「向こう? 何がだ」

「あれが、そっちを指差してるように見えて」

「死霊が一体何を伝えるんだ?」

「分からないよ、そんなの」


しばらく黙っていたシギが、突然口を開いた。


「なあ、指差してる方、行ってみない?」

「はあ?」


信じられないとでも言いたげにシギを睨むシサ、それに怯むことなく言葉を続ける。


「どうせただ歩いた所で泉に行き着くかも分からないんだし、死霊でも何でもいい、ヒントかも知れないよ」

「ヒントってなあお前…」


シサはカルデノに目をやった。


「カルデノはどう思う?」

「知らん」


つっけんどんな応答にムッとしたようだが、カルデノの言葉は終わっていなかった。


「しかし死霊も元は人だ、何か意味があって案内する可能性も否定できないだろう」

「そう、なのか?」


シサとシギは、改めて顔を付き合わせた。

そして無言でその方向に歩き出した。

今度こそ皆で歩き出し、もう一度死霊を見る。

変わらず指を指していて、しかし先ほどまでの恐怖は感じなくなっていた。





死霊の指差した方にひたすら歩き続けてややしばらくした頃、かすかに、水の音がした気がした。

カルデノも聞こえたようで、耳が周囲の音を探るように動いている。


「ねえ、今水の音したよね?」

「ああ、結構近いな」


近いとの発言に元気付けられ、私達はさらに足を進める。


「おい、あれ泉じゃないか!」


シサが嬉しさ混じりの声を張り上げ、走り出した。

走って向かった先は少し傾斜があり、シギもギトも滑り落ちるように降りて行く。

私はカルデノに手を貸してもらいつつおりて、そして初めて泉を目にした。


「なんか、思ってたのと違うね」


妖精の泉というほどなので綺麗で神聖な物を勝手に想像していたが、ここはどう見積もっても見た目は沼だ。

シギ達は沼を覗き込んでいて、自分も近づいてみようとすると、カルデノが腕を掴んで先へ進めない。


「カルデノ?」

「お前らその沼から離れろ」


沼を覗き込む三人に気迫ある声色でそう言った。

辺りはシンとしていて、森の中だというのに葉の摺れる音すらしない。


「お、おい、いきなりなん…」

「さっき水の音がしていたから泉がここだと分かったが、あれは何が水の音を立てた」


今は水面に揺らぎのひとつも無い。

さきほど言ったようにシンとしている、不気味なほどに。

シギ達は沼から目を離さず、ゆっくりと離れる。

ギトが不安を湛え、こちらを見た。

その瞬間ギトの足を何かが掬った。


「うわ!」


ギトが仰向けに倒れこんだ直後に沼から伸びてきた木の根のようなものが両の足首に巻きつき、ギトをグンと持ち上げた。


「ギト!」


シサとシギが腰の鞘から剣を抜いた。

カルデノは私を後ろにかばい、大振りのナイフを抜いた。


「なんだよ、これ!」


ギトが足に絡みつく物を解こうと、体を起こして懸命に手を動かしているが、びくともしない。

ギトが捕らえられて上ばかり気になっていたが、水面を見ておかしなことに気が付いた。

水面がまったく揺らいでいないのだ、沼から伸びた木の根のような物は未だにギトを吊るしてうねうねと動いているのにだ。


「カルデノ、あれ沼じゃない!」

「なに…」


カルデノが水面を見たかと思うと、沼は中心からぬーっと首を伸ばすように盛り上がり、中心に真っ赤な口を大きく開けた。

ギトは得体の知れないモンスターに手をかざし、何か魔法を使おうとしたのだろう、しかしその前に真っ赤な口に放り込まれてしまった。


「ギト!」


シギはギトの名前を呼ぶが返事が返ってくるはずもない。

カルデノが私を抱えて少し離れた大木の陰に降ろした。


「カエデ、ここから動くな」

「え、でもカルデ…」

「動くな、絶対だ」


カルデノは私の返事を聞かずモンスターの方へ走り出した。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


戦闘シーンや緊迫したシーンにセンスの欠片も見当たりません。


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