肉
往来する沢山の人が荷車に積まれたイノシシに釘付けになり、壊れそうになりながら働いてくれた荷車、その行程を経て大きなイノシシはギルドの裏の大きな入り口をくぐった。
シギがそのまま奥にある出入り口から中に入った。
中は広く、イノシシが入ってもまだ余裕があり、壁際には何に使うのか様々な道具や鉄の台などがある、目を動かして中を見回していたが、少しするとシギが戻ってきた。
「今イノシシの解体頼んで来たよ」
「おう、解体された後一体いくらになるんだろうな」
シサとシギが楽しそうに話しはじめた。
「いやー、たまげたな」
突然、そんな声が聞こえた。
「こんな大きなイノシシは中々見ない、よく運んでこられたな」
どうやら話していたのは筋骨隆々のおじさんだったようで、致命傷となった目の傷を見て関心したように息を漏らした。
「これをやったのは…」
おじさんの目がカルデノに留まった。
「お前だな」
満足げに笑うおじさんの後ろからすらりとした若い女性が大股で歩いてきた。
「イーガンさん!仕事を抜けられたら困ります!」
女性は高い位置に結った茶髪を揺らし、高い声を響かせた。
「まあまあ、今からこのイノシシの値踏みだ、少しくらい良いだろう」
「結果なら後から報告しますから」
「それじゃ楽しくない」
女性は青筋を立て、イーガンと呼んだおじさんの腕を掴んだかと思うと、その細身で引きずり出したのだ。
「うわ、ちょっと待てって!」
「いいえ待ちませんよ、さあ早く!」
奥の出入り口に引っ張られ姿が見えなくなると、それと入れ替わるように数人の男性が入ってきた。
「全くイーガンさんには困るな」
「あれでも頼りになるからなんとも…」
ぼそぼそと会話する内容が少し聞こえてしまった。
「じゃあ今から解体していきますけど、いいですか?」
一人が私達に知らせるように少し大きめの声を出した。
「ええお願いします、解体はどれくらいで終わりますか?」
「そうですねえ、30分、いや1時間…」
シギの問いに、なんとも曖昧な答えが帰って来た。
「とりあえず1時間後に来てください」
「分かりました」
シギはうなずいて、ご飯をご馳走するからついてきてくれと言うので、ありがたくご馳走になる事にした。
「さて、食べたい物どんどん頼んで」
時間は昼食時を過ぎていて、案内された飲食店は空いていた。
入り口に一番近い丸いテーブルに右回りでギト、シギ、シサ、私の順で隣りにはもちろんカルデノが座った。
私もカルデノもお腹が空いていたので遠慮なく頼むことにしたが、カルデノの食べる量は大丈夫だろうか。
店員が来て注文を聞いてきたので私は焼肉定食というのを頼み、シギ達3人はオムレツと野菜スープ、残るはカルデノだけだ。
「カルデノ、食べたいの決まらないの?」
「…カエデと同じ定食と卵スープと野菜炒め、それからロップの煮込み肉を2つ」
息が詰まった。
「承りましたー」
店員は注文を聞くとさっさと厨房に伝えてしまった。
「あの、本当にご馳走になっていいんですか?」
「構わないよ、こっちは命を救って貰ったんだから安い物さ」
シギは嫌な顔などちっともしていなくて、ただ本当に感謝しているんだろう。
「あの、カエデさんっておいくつですか?」
「え?」
ギトが恐る恐る、何故かカルデノの顔色を伺いながらそんなことを聞いてきた。
「17だけど」
「そ、え? 17?」
「うん、ギトは?」
「僕は14です、同じくらいかと思ってごめんないさい」
カルデノを見ながら謝ってきた、ひょっとしてカルデノが怖いのだろうか。
「17なら俺達と同じ歳だな、驚いた」
「え? 17なの?」
シサがまじまじと私の顔を見るが、驚いたのはこっちも同じだ、もっと年上だと思ったのにまさか同い年とは。
「あ、俺達が17歳に見えないって顔だね」
「あ、いや、大人っぽいなと思って」
「それいい言葉だね、友達には老けてるって言われたよ」
「それは結構…ひどいね」
同い年なら敬語でなくてもいいだろうと、普通に話し始めた。
「ところで、2人は双子なんだよね?」
「どう見たってそうだろ?」
あきれたとでも言いたそうな顔のシサ。
「この顔で双子じゃなかったら気持ち悪いじゃないか」
ごもっとも。
「所で、カルデノはカエデの奴隷なの?」
「…うん」
まだ奴隷と言う言葉を聞きなれず、カルデノが奴隷であるのは確かなのだが頷くのを少し躊躇してしまう。
「私一人暮らしだったんだけど、その時強盗に襲われて危ないからと思って」
「そう、大変だったんだね」
「んー、まあ」
しかしあの時は妖精が助けてくれたし、なんだかんだ運がいいのだろう。
それから、あのイノシシはいくらになるかとか、どのくらい奥まで行った事があるだとかを話しながらご飯を食べ、その後もう一度ギルドに向かった。
あの大きなイノシシはすっかり解体されて部位ごとに分けて置かれていて、血なまぐささが漂っていた。
床に水をかけて掃除している途中だった人がこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「さっきのイノシシすごかったですね、あんだけでかいときっと高いですよ。奥から中入って、中で各部位の値段確かめて下さい」
「わかりました」
シギを先頭に中に入ると、受付にメガネをかけたしわだらけのおじいさんがいた。
「すいません、さっきのイノシシの…」
「ああ、査定なら済んでおるよ」
シギの言葉を遮り、色々と書かれた紙を出してきた。
「毛皮で1万タミル、牙二本で4000タミル、肉は6000キロ近くあったんで1万2000タミル。どうじゃ?」
「じゃあ合計で2万6000タミル…」
兄弟3人とも目を輝かせている。
「これでよければサインをしなされ」
シギがハッとして私を見た。
「サインはカエデがしてよ、俺達の手柄じゃないし」
「あ、うん」
査定結果の紙の下が受領書になっていて、そこにサインした。
「ではこれがイノシシの売却金じゃ」
金貨2枚と銀貨6枚を出された。
「ありがとうございます」
銀貨を6枚取って、残りをシギに渡した。
「え、なんで?」
「倒したのはカルデノだからこれは貰うけど、3人だって苦労したでしょ、森の外まで運んだのは3人だし、荷車を用意したのだってそっちだし」
「けど、本当にいいのか?」
「いいよ、カルデノもいいよね?」
「ああ、骨折り損じゃあんまりだろう」
シギは鼻をつまんで俯いた。
「…ありがとう」
「おいシギ、泣くなよ」
「泣いてないよ」
鼻声でお礼を言われた意味が分からなかったが、泣きそうだったのなら説明がつく。
「ありがとうカエデ、4日、いや3日後の朝にはアオギリ草を沢山用意して待ってるよ」
「うん、わかった、泣かないでね」
「だから泣いてないよ」
そーっと顔を覗き込んでみたら少し睨まれた。
「泣いてるね、うん」
「……」
何も言わなくなってしまった、怒っただろうか。
シギは俯いたままこそこそと目をぬぐい、顔を上げて見せた。
「ほら泣いてないだろ?」
「……」
目が赤くなってるのは言わないで置こう。
3日後の午前中にはギルドでアオギリ草を渡すと約束して別れ、家に帰る途中で歩いていた。
「結局パン余ったね」
「そうだな、おごって貰ったし」
「ジャム買って行く?」
「…いいのか?」
カルデノの尻尾が揺れ始める。
「いいよ、今日のお金はカルデノが稼いだようなものだからね」
「じゃあ買いに行こう、前に買ったのだけじゃ全然足りなかった」
「うん分かった、私にも食べさせてね」
「うん」
カルデノははやる気持ちを落ち着けられず、だんだん早足になって行く。
「カルデノ、速いって!」
「すまん」
しかしパン屋が見えた瞬間ダッシュして、結局走るはめになった。
店に入ってカルデノは真っ先にジャムの置かれている棚を見た。
小さなビンが4種類ほど並ぶ中からどれを選ぶのかなと見守っていると、前に買ったジャムをまず三つ手に取った。
それから知らない味の物も三つ、結局すべて三つずつ欲しいらしい。
「じゃあ会計しちゃうよ」
「うん」
カウンターにジャムを置いた。
「ジャムが12個ですねー、お会計60タミルになります」
ひとつ5タミルとは、ジャムはやはり高い気がする。
「こんなにジャムを買うお客様は滅多に居ませんねー」
「なんとなくそうかなって思いました、ジャムはこの大きさの物しかないんですか?」
「はい、この量じゃないと高くて買う人が減ってしまいますから」
「そっか、ひとつ5タミルだと、パンが結構買える値段ですしね」
お金をカウンターに置いて、ジャムをココルカバンにしまう。
「お砂糖がもうちょっと安ければいいんですけどね」
「砂糖ですか」
「ええ」
調味料自体高いのならジャムの値段を抑えようにも無理な話だろう。
カルデノが早くジャムを食べたがるため世間話は切り上げて家に帰る。
「カエデ早く帰ろう」
「えー、歩いて帰ろうよ、私走りたくないよ」
言った途端、カルデノが私を抱えて走り出した。
「カエデは走らなくていい」
確かに楽だが、人攫いみたいな行動はしないで欲しい。
家に着く頃にはなんだか目が回るみたいにふらふらして、けれど中に入ってジャムとパンを用意した。
カバンを降ろしてテーブルに突っ伏す。
「今日大変だったね」
「そうか?」
「いや、カルデノにしたら何でもなかったかもしれないけどさー」
結局は自分で採ったアオギリ草の数はたかが知れているし、確実に手に入るのは3日後だがそれもどれくらいの量があるのか気になる。
「カエデ、ジャムのスプーンが無い」
「戸棚の中にない?」
戸棚をがたんばたんと開け閉めするカルデノ。
「あった」
「うん、じゃあ食べていいけど、晩御飯の分は残しておいてよ」
「わかった」
椅子に座ってジャムを手に取るカルデノ。
私は体を起こし、一度大きく深呼吸した。
「よし、じゃあお風呂の準備するね」
「手伝う」
私が立ち上がると、ジャムを開けようとする手を止めて立とうとする、それを私は止めた。
「いいよ食べてて、ゆっくりやるからさ。すぐ食べたいでしょ?」
カルデノは言葉に詰まった。
早く食べたくて帰って来たのだからお風呂の準備くらい私がするのに、カルデノはそれが嫌なのだろう。
けれど、誰かが動いてる時に自分だけのんびりとパンを食べていられない気持ちもわかる。
「じゃあ後でやってくれる?」
「ああ、任せてくれ」
「よし、なら私も少し食べようかな」
椅子に座りなおした、するとコンコンとドアがノックされた。
「はい」
せっかく座ったのにまた立ち上がり、ドアを開けた。
「こんばんはカエデちゃん」
「アイスさん!こんばんは、どうしたんですか?」
アイスさんがにこりと笑って玄関前に立っていた。
「ちょっとカエデちゃんに用事があってね、それより大きなイノシシを仕留めたって聞いて驚いたのよ」
「あ、倒してくれたのはカルデノですよ?」
「どっちだっていいわ、けどその子とは上手くやれてる?」
立ち話をさせるのは申し訳ないので、中に招き入れて椅子に座ってもらった。
カルデノは不機嫌そうに顔をゆがめる。
「あら、あなた私がキライかしら?」
「…別に」
「カルデノ、アイスさんは私がすごくお世話になった人なんだよ、そんな言い方失礼だよ」
ぷいっとそっぽ向かれてしまった。
私がお世話になったからと言ってカルデノまで世話になったわけじゃない、もしかしたら私の考えを押し付けて、なお更不機嫌になってしまったのだろうか。
「ご、ごめん、ちょっと勝手なこと言ったかも」
カルデノは目だけこちらに向けてきた。
「カエデが、謝らなくても…」
私とカルデノのやり取りをみて、アイスさんは小さく笑った。
「上手くやれてるみたいね、安心したわ」
「はい、カルデノすごく強いんですよ、今日のイノシシだって一撃で仕留めて」
「へえ、実物を見れなかったのが悔やまれるわね」
アイスさんは目を細めてカルデノを見た。
それにどんな感情が含まれているのか分からず、けれど少しだけ怖かった。
「あの、それで用事って?」
「ああ、そう用事ね」
まさか本気で忘れていたわけではないだろう。
「ドラゴンハンターに、アスルと同じ体質の子がひとり居るから、ポーションを、まあ出来ればハイポーションを作って欲しいのよ」
アスルの体質といえばあれだ、ポーションの類がほとんど効かない体質。
「アスルみたいに自分で頼みに来たらいいんだけど、あの子おしゃべりがあまり得意じゃないから代わりに私が来たのよ、カエデちゃんとお話しもしたかったし」
「そうだったんですか」
すこし照れて笑うと、アイスさんも笑い返してくれた。
カルデノはパンを食べながらもこちらの会話を伺っているようだ。
「じゃあ幾つ作ったらいいですか?」
「出来るだけ沢山お願い、報酬はいくらでも出すわ」
「そんな、アイスさんの頼みなのにお金は貰えませんよ」
「そう?なら報酬は何がいいかしら…」
アイスさんは少し考える。
「図書館」
カルデノが呟いた。
「図書館?図書館利用権ってこと?」
「ああ、カエデは色々勉強した方がいい」
「うっ」
馬車の乗り合い所での事が思い出される。
「うーん、カエデちゃんに勉強必要かしら」
「アイスさん、私勉強します…」
カルデノがそう言ったこともそうだが、私自身もあまり世間知らずなのはいけないだろうと思った。
カルデノに頼って色々教えてもらうことは出来るだろうが、それにも限界がある、そうなればきっと図書館での知識が役に立つだろう。
ハイポーションを出来るだけ作って欲しい、報酬は図書館の利用権。
頼まれたものはやるが、図書館に何故利用権が必要なのか、勉強しろと言われた直後には聞けなかった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
肉や毛皮の値段など知らないのでその場の思いつきです、細かい突っ込みは無しでお願いします。
お気に入り登録件数が9000を越えました、ありがとうございます。
それと話のストックがなくなったので更新が遅くなりますが、これからもよろしくお願いします。
 




