お家清掃
アイスさんの限りなく脅しに近い交渉のお陰で、家の支払いはお金に余裕が出来たらでいいと言われた。
ふたりはどんな関係なのだろう。
だがギルドで報酬の5500タミルを貰ったあと、アイスさんに連れられて呉服屋に訪れていた私はそれ所ではなかった。
服の一着一着が高くて目を疑っていたのだ。
「カエデちゃんこれもかわいいわよ、どう?」
「それはちょっと、なんかフリルが多すぎるかなーって……」
「そう?かわいいのに」
アイスさんの好意に甘え上下三着だけは決めたのだが、それは今着ているのと変わらないと、先ほどからアイスさん自ら私に服を選んでくれている。
しかしやたらフリルが多かったり、背中が大きく開いていたりで、全く着る気にはならない。
「あ、ねえこれはどう?」
次に見せてきたのは真っ白いワンピースだった。
スカートが何段にもなっていて肩紐も細いが、素直にかわいいと思った。
「それかわいいですね。綺麗です」
「じゃあこれにしましょう!」
アイスさんはとても楽しそうに会計を済ませ、次はどこに行くかと問いかけてきた。
「どこでもいいんですか?」
「もちろんよ、ほら掃除用具とか家具も、日用品も必要でしょ?」
「はい、ありがとうございます」
もちろんあの家が綺麗になるまで家具を入れるつもりはないのだが、どんなものがあるかだけは見ようと思う。
まずは色々なものが売っている、私の感覚で言えばスーパーのような所にきて、バケツやホウキ、ちりとりと言ったものを揃え、草刈するための鎌、スコップ。
大量の買い物があって焦った。
きっと必要なものを揃えるだけでそうとうなお金が飛ぶだろう。
「えーと、あとは何がいるのかな……」
買ったものを眺めていると、ぐうっとお腹がなった。
慌ててお腹を押さえたが何か意味がいるわけでもなく、隣りでアイスさんが笑った。
「そろそろお昼ご飯食べましょうか」
「はい、夢中で気がつかなかったみたいです」
翌日、私は買ったばかりの家にいた。
アイスさんの家からこの家までは徒歩で2時間以上かかったが、来る途中でパンも飲み物も十分に買ったので無駄に時間を使うこともないだろう。
昨日買ったものをその日のうちに運んでもらっていたので、意気込んで掃除を始めた。
まずは家まで歩けるように草を引っこ抜き、それはポーションを作るために必要なので寄せておく。
家より庭が広くて、まず家の中に手をかける。
家中のドアや窓を開け、溜まりに溜まったホコリを落とし外へ逃がす。壁や天井には虫の死骸があったりもした。
井戸から汲んだ汚い水を清め石で清水にしてバケツに溜め、デッキブラシでリビングの床からゴシゴシと入念にこする。
それから隣りの部屋、お風呂場、二階も粗方清掃した所でお腹が空いてきたので、まだ汚い階段を簡単に払い、そこに座って食べた。
食べている途中、開けっ放しだった玄関のドアから、小さくて羽の生えた何かが飛んで入ってきた。
なんだろうと思っているとそれは近づいてきて、階段の手すりに座った。
まさに妖精と呼ぶにふさわしい見た目をしている女の子で大きさは15センチほどだろうか、これが妖精でないなら何が妖精なのか聞きたい。
長い緑色の髪は風があるわけでもないのに揺らいでいて、じーっと見ていると、すっと手を出してきた。
「え?なに?」
妖精はパンを指差していたので、今食べていたパンを千切って差し出してみた。
それを嬉しそうに食べ始めたので、つい触りたくなって手を伸ばしてみた。
妖精はその手にびくりと驚き、さっと飛び上がった。
「あ、ごめん、ごめん何もしないよ」
少し考えれば分ることだった、自分よりはるかに大きな生物が突然手を伸ばしてきたら怖いに決まっている。
謝ると妖精はまたもとの場所に座りなおし、またパンを食べ始めた。
もしかしてパンが好きなのかと思い、別のパンも出してみた。
妖精は期待の眼差しを向けてくるので、少し大きめに千切った。だが妖精の手にはまだパンが残っていて、それを食べ終わったらこっちを上げるというと、大慌てで食べ終えた。
早く、くれくれと伸ばしてくる手に次のパンを渡したら早速かじりついた。
それを見てから私も食べかけのパンを口にする。
「そのパン美味しい? 砂糖を塗ったパンで、甘くて美味しいかと思うんだけど」
妖精はコクコクと頷いたので何となく私も頷いておいた。
3つ目のパンを食べ終えた所で水を飲み、ぐーっと体をのばした。
次はモップで拭き掃除かなと思っていたところで、妖精が目をこすっているのが目に入った。
「ねむいの?」
コクッと頷いて汚い階段に降りようとするものだから慌てて止めた。
「まってまって、そこ汚いから」
しかし敷くような布もない、仕方ないのでワンピースを脱いでTシャツになり、そのワンピースを丸めて置いてやった。
「そのホコリの上よりはましだと思うから」
ワンピースの上に寝そべった姿をみて、やっとモップの拭き掃除に取り掛かった。
二階以外の部屋を綺麗にして、腰を捻るとバキバキと音が鳴った。鳴らさないほうがいいと分かっていても鳴らしてしまう人は多いと思う。
外はもうすぐ夕暮れ時なので、そろそろアイスさんの家に帰らないと暗い中歩く事になってしまうので、使った雑巾やモップを洗っていると、ガラガラと馬車の走る音が聞こえてきたのでアイスさんかなと思い外を覗くと、案の定アイスさんの使っている馬車が止まっていた。
妖精がまだいたのでアイスさんにも見せようと思って、途中まで迎えにいった。
「ご苦労様カエデちゃん、綺麗になった?」
「はい、まあまあです。それよりアイスさん、妖精がいたんですよ」
「うそ、本当に?」
「はい、今私が貸してるワンピースの上で寝てるんです。」
草を抜いたので歩きやすくなった道を伝い、アイスさんを家の中に入れた。
「……あれ?」
入ってすぐの階段には、ワンピースこそあれど妖精の姿は無かった。
「いない、さっきまでいたのに」
「しょうがないわよ、滅多に姿を見せないし、人に気づくと逃げるから」
「でも、お昼に一緒にパンを食べてからずっといたんですよ。緑色の髪をしててすごく可愛かったんです」
アイスさんは驚いて口を開けていた。すぐに閉じられたがまた話しをするために開かれた。
「カエデちゃんって、なんだか邪気がないものね」
「邪気ですか」
「妖精は元から臆病で中々お目にかかれないのに、その上乱獲されて数が少ないのよ、だから人前に姿なんて現さないわ、けどその妖精はカエデちゃんを安全だって思ったんでしょうね」
私はお昼、つい手を伸ばしたときの事を思い出した。あれはただ怖かったんじゃなくて、捕らえられるかと思って逃げたんだと。
人を見れば捕まえられるかもしれないなんて、きっとパンを食べたのも初めてだったんじゃないだろうか。
もうなにも乗っていないワンピースを着て、アイスさんと一緒に戻った。
次の日ももちろん掃除だ。
また来るかもしれない妖精のために、すこし高かったがお菓子を一袋と、布切れを買ってあげた。
昨日は階段で寝ていた妖精に遠慮して二階の掃除がほとんど出来なかったので、今日は二階から始める。
モップで掃除を始めて、そう時間の経たないうちに昨日の妖精がすーっと視界をまたいだ。
「あ、また来た」
あのお菓子をあげようと、下におりた。
「ついてきて」
妖精は素直についてきたので、お菓子を渡した。
サクサクのクッキーの上に砂糖がまぶされた、5枚入り一袋12タミルもした物だ。暖炉の上に布を敷いて、そこで食べたらいいと言ってまた二階で掃除を再開した。
床の掃除が終わり、窓も壁も拭き終わったあとで、ようやっと下に降りて妖精の様子を見てみた。
食べかけのクッキーを横に置いて寝ていた。
階段を綺麗に拭き掃除したあと、すべての部屋をもう一度雑巾がけして掃除が終わった。
綺麗にした階段に気兼ねなく座って、硬いパンを食べ始めた。
硬いパンをかじったかすかな音で目が覚めたのか、妖精がひょいと体を起こした。
私の姿を見つけて、ぱっと笑顔になった。
クッキーと布を持って隣に着地すると、そこに布を敷きなおしてクッキーを食べ始めた。
「美味しい?」
妖精は何度も頷いていい食べっぷりを見せてくれる。
すごく可愛い。
「君名前とかあるの?」
首を横に振ったので、無いようだ。
「そっか、私カエデって言うんだ、掃除が終わったらこの家に住むの、よろしくね」
こちらこそと言いたげに、笑顔で食べかけのクッキーを半分くれた。
これはもともと私が買ってきたものなのだが、気持ちは大変嬉しい。
貰ったクッキーはとても美味しかった。
そういえば井戸の掃除があるんだったなと、鬱蒼と茂る草の中を歩き、家の裏の井戸を見た。
フタを開けて覗いてみるが、暗くてよく見えない。
滑車に吊るされたロープの先にバケツが付いているので、それを落として水を汲む。
「うわー」
水には小さな葉っぱやごみが浮いていて水も濁っている。
「どうやって掃除しようこれ」
ぽつりと呟くと、付いてきていた妖精も井戸を覗いた。
地道にごみを出すしかない、妖精には少しどいてもらわなければならない。
そう思った矢先、井戸からゴウッと風と共にゴミや水まで舞い上がり、ばしゃんと辺りに落ちた。
「え?」
しかし服を見ても私には水の一滴だって付いていなくて、目を白黒させる私に、妖精が得意そうに自分を指差していた。
「え、今の君がやったの?」
コクコクと頷く妖精。
「へえ、すごいね」
もう一度水を汲んでみると、ゴミはほとんど見当たらず、取り合えず濁った水を出して、中を綺麗にする。
いい加減日も暮れてから、もう帰らないといけない時間だと気づき、慌ててアイスさんの家に小走りで戻った。
玄関を開けたら目の前にアイスさんがいて、勢い余って大きな胸に飛び込むところだった。
「お帰りカエデちゃん、あまりに遅いから迎えに行こうかと思ったのよ?」
「ごめんなさい、区切りのいい所までと思ったら日が暮れてて」
「気をつけてね、夜は危ないから」
「はい」
しゅんとする私の肩を、アイスさんがポンと叩いた。
「どう?もうそっちで生活できそう?」
「そうですね、後はベッドとか家具を入れたら大丈夫そうです」
「そうなの、じゃあ明日家具を買って設置しましょう」
「はい」
晩御飯を食べて、アイスさんとお風呂に浸かってくつろいでいると、なんでこんなに親切にしてくれるのかと思って聞いてみた。
そしたらただ一言、かわいいからと返された。
「かわいいですか?」
「ええ、とっても。なんだか世の中をあまり知らない小さな子供みたい」
それにはなんとも返せなかった、実際この世界のことはまだほとんど知らないし、知ったあとでここでの常識を、私も常識と思える保証も無い。
「私、無知な自覚はあります」
「そうねえ、素直よね、だから好きなの」
「そうなんですか」
素直に照れてしまって、お湯の中で動かす自分の手を見つめた。
「でもあんまり素直すぎるといつか誰かにだまされるわよ」
冗談めかしてそんなことを言われて、ついつい笑った。
「気をつけますね」
「カエデちゃんこのベッドどこに置くの?」
「あ、奥の部屋のすみっこにお願いします!」
アイスさんのお陰で人の手を借りることが出来て、リビングにはテーブルセットと戸棚、奥の部屋にはベッドとクローゼットと小さなテーブル。
ちなみに奥の部屋には絨毯を敷いて、裸足でくつろげるようにした。
ベッドはアイスさんがプレゼントしてくれたが、その他の家具や日用品は自分で買ったので一気にお金が減った。
手伝ってくれた人たちにあらかじめ買ってあったパンを渡してお礼をした。
そのあとアイスさんだけが残って、心配そうに私を見ていた。
「本当に大丈夫?困ったらすぐにうちに来てね?」
「はい、頼りにしてます」
「それじゃあ私仕事があるから行くけど……」
「大丈夫ですって、地図も貰ったし、露店を開くのに最適な場所も教えてもらったし」
「そう、じゃあまたね」
「はい」
最後まで心配そうにしていたが、私だってリクフォニアに居たときはひとりで宿に泊まっていたのだ、きっと大丈夫。
一気に家らしくなった中を見回した。
「うん、大丈夫だよね」
明日はさっそく、作るだけ作って放置していたポーションを売りに行こうと思う。
お気に入り登録件数が1000件を越えていました、私の見間違えではないのでしょうか…?
まさか始めは100件行ったらいいなと思っていたのに、こんなに沢山の方が読んでくれていると考えると心臓が爆発しそうです。
1000人ってどれくらいでしょうか、学生時代の全校生徒の10倍、わかりません。
今は話しのストックがあるので毎日更新していますが、ストックが切れたら更新は遅くなるかと思います、それでも見放さずお付き合い頂けたらと思います。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
何かありましたらお知らせ下さると助かります。
素人の書いている話しなので、変なところがあるかと思いますが、大目に見てください。




