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ビタースウィート・ビート

作者: 松永銀河

バレンタインもホワイトデーも過ぎましたが、チョコレートのお話です。

ビタースウィート・ビート


                        


 今日のお仕事は(って言っても、趣味の延長線上)簡単に人々を幸せにすることだった。

 たった百円で、人は幸福になれる。コンビニで二十四時間お手軽に、手に入る方法で。

 そう、板チョコを買えばいいのだ。


「O社の板チョコは、パッケージにも高級感があり、確かに美味しいのですが、手軽に買うには何故か気が向かない人が多いかもしれません。でも、カカオの香りは絶品です。やみつきになったらもう一筋かも?」

「I社の板チョコは、ミルクとカカオのバランスが良いと思います。ホットチョコレートにすると一番美味しいかもしれません。この間のアンケートでは、四十パーセントの人がI社のチョコレートが好きだと答えていました。人々に愛される味なのだと思います。失恋ソングのような優しい癒しの風味です!」

「R社の板チョコは、ユヰのイチオシです! 基本的に、R社の製品は当たりが多いですが、そのチョコレート製品の原点とも言える板チョコは、親しみやすくミルクの風味が落ち着きます。くちどけの感触がたまりません。甘味に包まれて、心がほわっとなりますね」

 と、まあブログに超主観的な板チョコの話を書きながら、さっき買ってきたR社の新製品をもぐもぐと、雑誌社の控え室で食べている。うん。今年の秋限定栗チョコもいけるな。栗が主張しすぎていないし、あくまでチョコとして秋の風味を楽しめる。

 チョコレヰトブログを始めたのは中三のときだった。本当に、趣味でチョコレートを食べた感想を書いていたのだが、そのアクセス数が本人の推測を遥かに上回る速度で伸び、一躍有名人に、とかいう夢みたいな話になったのだった。

 今日も、甘味を扱うグルメ雑誌の取材だった。チョコレート評論家なんて呼ばれているが、中学を卒業して、流れですぐにこのよくわらない職に就いてしまったユヰは、そんなに頭がいいわけじゃないから、美味しいものを美味しいと言っているだけだ。雑誌の取材は難しい。


「ユヰさんはチョコレートを食べるときに何かこだわっていることはありますか?」

「ええと、こだわりというほどでもないですが、近所のお店をチェックして、どんなチョコが置いてあるかを書き込んだ手帳がありまして、好きなチョコを好きな時に買って食べるようにしています」

「そうなんですか。それでは、最後に、ユヰさんにとってチョコレートとはなんですか?」

「ユヰが求めているのは、チョコレートに秘められた、あたたかい感情なんだと思います。優しい気持ちが包まれているから、食べた時に笑顔になれるんじゃないかって」


 チョコレート評論家なんて、なりたくてなったわけじゃないし(しかも評論なんかしてないし)そんな仕事辞めたってチョコレートは食べられる。でも、コンビニでお手軽には手に入らないものもある。それはユヰにとって命懸け。グルメ雑誌の取材が終わってから、走った。猛烈に走った。まだ間に合う。アンコールには間に合う。そう思いながら、大好きなバンドのもとへ、ひたすら走った。


 ライブハウスの入口に着いて、階段を降りていたら、

「それでは最後の曲です」

 という声が聞こえたので、ユヰは関係者パスを見せて慌てて中に入った。

 そこにはいつもの三人がいる。

 Before three略してビースリ。バンド名は語感でつけたらしい。ベースのキザシと目が合った。特に表情は変えないけれど、ユヰが来たことをボーカルのほたるとドラムのミコトに視線で伝える。すると、

「じゃあ、今日は最後にあれやります。『僕が君だったなら』聴いてください」

 ユヰの一番好きな曲だ。ビースリと初めて出会ったときの、あの曲だ。


   ▽▽


 チョコレヰトブログをつけ始めて、まもないときだった。

あれは、確か商店街でチョコレートを死ぬほど買いだめした帰り道だった。

 確か真冬日だって言ってた気がする。澄んだ空気が身を切るような痛みを、今も覚えている。

 路上には、ブルーシートを敷いて演奏しているバンドがいた。


 僕が君だったなら

 君になれたなら

 悲しい青の夕焼けも

 心を躍らせるの?

 君ならきっと

 寂しさに暮れてしまった

 目の前の僕を笑わせるのにね


 すごく寂しい曲だった。でも、綺麗だと思った。道は別方向だったのに、立ち止まって聴き入った。


 ぬくもりを探してる

 優しさを探してる

 強さを探してる

 自分の強さを……


気がつけば、演奏している路上の三人に近づいていた。

終わったところで、自然と拍手をして、声をかけていた。

「あの……、いい曲ですね」

 無造作にドラムを叩いていたミコトが、手を止め答えた。

「そうかな……、ありがとう」

 手先が震えていた。

「今日は寒くないですか?」

 ミコトは、少しうつむいて言った。

「もう慣れたんだ」


 雰囲気で、彼らが音楽の夢を諦めかけていることがなんとなくわかった。ただ、やめても行き場がないから続けているだけなのだろう。気持ちはわかった。ユヰだって、生きることなんてどうでもよかったけれど、どうすることもないから毎日を潰してるだけだったから。

「ええと、チョコレート食べませんか? これ、食べたら、もう一回さっきの曲やってください。そして、よかったらファンクラブの会員0号にしてください。毎日聴きに来ます!」

 勉強や社会については何もわからないユヰだけど、彼らの曲が良いってことぐらいはわかる。良いものは認められるべきだ。だから、ユヰが認めてあげたい。


「……チョコレート、食べていい?」

 おもむろにベースを置いたキザシが、手を差し出した。ハスキーで色気がある声だった。

「はい、どうぞ!」

 冬限定のチョコを渡した気がする。

 しなやかな手に、美しい顔立ち。長髪を束ねていても様になる、数少ない人だと思った。

「俺たちの演奏に、ちゃんと声援をくれた人は初めてだよ」

 ギターをケースに入れつつ、ほたるが言った。表情がないと不機嫌そうだけれど、笑みを浮かべると一気に可愛らしい顔になる。

「俺は甘いもの食べられないから、ファンクラブの0号認定だけでいいかな」

「はい、それだけでも嬉しいです!」

 チョコを渡す代わりに、握手を交わした。

「……ありがとう、俺、嬉しかった。チョコもらっていい?」

 と、ミコトが椅子から立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。

「ごめん、俺、誰かの優しさって久しぶりで……」

 ミコトは涙を抑えきれなかったらしい。ぽろぽろ目から雫が落ちる。

「とりあえず、食べましょう。ユヰ、これがいちばん好きなんです」

 と言って、R社の板チョコを差し出した。

 それからというもの、三年以上、ユヰはビースリのファンクラブ会員を続けている。


   ▽▽


 一曲しか聴いていないのにも関わらず、打ち上げに参加した。ユヰの仕事が忙しくなってからは、たまにこういうこともある。

「ユヰ、毎回来てくれてありがとうね」

 ほたるが唐揚げをほおばりながら言う。唐揚げを食べているときは不機嫌そうな顔が一気に幸せそうになるんだから不思議だ。

「忙しいんじゃないの? 大変そうだけどいいの?」

 ミコトはビールを飲み干して言う。

「うーん、でも、チョコレートは趣味だけど、ビースリは生きがいだし」

 ユヰは未成年なので烏龍茶だ。

「生の音はその場でしか味わえないしな」

 ミコトは明るく言う。あの日思いつめて涙を流していた人とは別人のようだ。

「ユヰはチョコレートで世界を変えたんだな」

 ぼーっとキザシが言う。

 

 世界を変える。そんな大それたことしたようには思ってないけど。でも、友達がいないユヰにとっては、ブログの読者の声はとても嬉しいものだ。変わったのは、ユヰの世界の方だと思う。それに、世界を変えてくれたのはビースリだ。こんなにも美しい音楽を、今まで知らなかった。

ユヰがファンクラブ0号になってから、路上だけでなく、ライブハウスでも演奏するようになったビースリは、めきめきと知名度を上げた。もともと才能があるのだから、人は日に日に集まった。でも、このバンドを支えたのはユヰだって言って、メンバー三人ともユヰを大切にしてくれて、大切なスタッフのように扱ってくれる。関係者パスで入れるようにしてくれたのは、ユヰの仕事が忙しくなって、ライブの途中から来るようになってからほたるが提案してくれたのだった。最初は断ったのだが、キザシが来て欲しいって言って聞かなかった。

 最近では、キザシのベースの技術の高さが.評価されている。ミコトのドラムも、かなり腕がよく、三年前よりうまくなっているのがわかる。ミコトは完全な努力型だ。ほたるのギターとボーカルは、癖があり、評価は二分される。でも、ユヰはやっぱりあの歌が好きだなと思う。


「じゃあ、今日はこれで解散な」

「うん、みんなお疲れ様!」

 一人暮らしだけど、ユヰは一応未成年なので、そんなに遅くならないようにメンバーは気を使ってくれる。

 でも……。


「今日も、いつものバーで」

 って、キザシからメールが来てる。一ヶ月に一回は、こういうメールが来る。

 決まって、だいたい、月の中頃だった。


   ▽▽


 バーに入ると、もうキザシはいた。

「ユヰ、悪いね」

 本当に悪いと思っていなかったら、呼び出さない気もするけど。

「今日はなんの相談?」

 一応聞いておく。

「実はさ……、またあのバンドに誘われてる」

 キザシは、前々からメンバーに内緒で多額の契約金を積まれてメジャーデビューに誘われているのだった。それは、ユヰしか知らない。

「ユヰは、俺がいないビースリでもいいか?」

「……」

 キザシのベースは、たまらなくかっこいい。もちろん、キザシじゃなきゃビースリじゃないと思う。でも、次には、こう言われるのだ。

「金がないと、ビースリを続けられない」

「じゃあ、ユヰはどうしたらいい?」

「二十万、欲しい」

「……少し待って。ユヰも、流石に二十万は考える」

「ユヰだけが頼りなんだ。金がなかったら、ビースリやめてバンド移るしかない」

 普通のバンドマンは売れるまでバイトするものだと思う。ほたるもミコトもバイトしながら、一生懸命やってる。

 でもキザシは、何をやっても仕事が長く続かないのだった。人に使われてる感じが嫌いらしい。

「俺、ビースリやめたら、ユヰにもう会えないんだよ」

「……どうして?」

「だって、あのバンドに入ったら、ユヰは他のバンドのファンになるわけでしょ? 邪魔なだけじゃん」

「それって、本心なの?」

「事実だからな、どうしようもないんだ。俺はビースリにいたい。でも、稼げない。売れるまでには時間がかかるのは当たり前だ」

「今、十万しか持ってないよ」

「そうだな。ひとまずは助かる。お願い、できるか」

 ユヰは無言で財布の中の十万を渡した。

「ありがとう」

 それだけ言うと、キザシは去っていった。

 これでキザシにお金を渡すのは六回目だった。


 こんなこと、望んでないけれど、ユヰはビースリがなくなったらもう生きていけない。三人でバンドをやっていてくれないと嫌だ。

 ユヰが黙っていれば、平和なのだ。別に仕事で稼いだお金なら余ってる。その一部分がなくなってもいいから、ビースリが続いていて欲しい。


   ▽▽


「風邪引いたっぽい。ユヰ、薬とか持ってない?」

 というほたるからのメールが来たのは、キザシに呼び出された翌日だった。心配になって、買い出しをして訪ねていった。

「大丈夫? 顔やつれてるよ?」

「ああ、結構熱あるな……」

 とがらがら声で言ったほたるはふらふらと台所に向かった。

「あ、ちょっと、寝てないとダメじゃない」

「お茶も何も出さないのも……」

「いいから、寝てて。何か作るから」

 強制的にほたるを布団に連れて行き、卵がゆを作った。ネギやしらすをトッピングし、食べやすいように冷ましてから持っていった。

「ボーカルなんだから、喉壊せないし大変だよ? 早く治してね?」

「あのさ、ユヰ」

「なに?」

「俺たち、ちゃんとしたほうがいいと思う」

「……そうだね」

 ユヰがこうやってほたるに呼ばれたのは、多分その話だろうと思ってはいた。

「俺、今はユヰを彼女として見れないんだ」

「うん、そう……」

 この答えも、わかっていた。確かに最初はほたるからアプローチをかけてきたけど、最近は全然それらしい話もしていなかった。

「ユヰは、ほたるがちゃんとビースリやってくれてたらいいんだ。だって、ユヰは何よりもビースリが好きだから」

「ごめんな……俺、ユヰのことをどう好きなのかって言われたら、やっぱりビースリのファンとして仲良くしたいからだから」

「いいのいいの。今は、ちゃんと風邪治しなよ?」

 うん、ユヰは別に傷ついてもいい。ほたるがちゃんと歌っていてくれれば。それがユヰの希望。

「俺の一方的な気持ちで振り回してごめん」

「そんなことないよ。ユヰは今まで通りほたるを応援するよ」

「……ユヰがそうやって俺を甘やかすから、俺がその気になりそうになる」

 ほたるの悲しそうな顔は、見たくない。

「じゃあ、ユヰ、仕事だから。ちゃんと治してライブするんだよ?」

「うん、ありがとう」


   ▽▽


「冬先取りチョコの季節です! 最近はおしゃれなパッケージのチョコが増えましたね! 今日はR社の新しいクッキーインチョコを食べました! うん、絶品です。冬らしくミルクのコクがたまらない逸品です。サクサクとしたクッキーとの相性も抜群! ユヰはひとつ食べてリピを決めました! 昨日も食べたんですが、また買ってしまったので写真をば~☆」

 またひとつ、チョコとの記念撮影をパシャリ。


 ユヰは友達なんていないから、携帯の写真フォルダはチョコばっかりだ。ビースリの写真もない。ライブハウスでは写真撮れないし、打ち上げのときも特別に呼んでもらっているので、写真は撮らない。毎回毎回、目に焼き付けているから、写真なんて要らない。そう、思っている。

 ユヰは別にスポンサーつけてもらってるわけじゃないし、ブログには本当に美味しいと思ったものを載せている。だから信頼されてるし、グルメ雑誌の取材ではハズレだと思ったものは容赦なく言う。自分が人気評論家だとは思っていないけど、それは徹底している。別に批難の声なんて平気。趣味が仕事になっただけだし。なのだけれど……。

「すみません、実は雑誌が休刊になりまして……、もし復刊したらまた特集組みますので、すみませんが今回は……」

今日みたいに、こんな電話がかかってくることも、たまにある。グルメ業界も厳しいらしい。

急に予定が空いたので、ブログのネタになるチョコを探そうと思って、街に繰り出した。

曇り空が、また、冬の到来を教えてくれる。人恋しい季節、らしいけど、ユヰは十八年間独りで冬を越した。生まれてすぐに施設に預けられてから、高校を出るまで、周りとうまく馴染めずに生きてきた。甘くてほろ苦いチョコレートだけは、裏切らずに幸せを運んでくれたたったひとつのものだった。だからこそ、チョコレートとは真剣に向き合っている。大切な、パートナーだ。こういうどことなく寂しい日は、コンビニでR社の板チョコを買う。最寄りの公園に入り、ベンチに座り、銀紙をはがして、思い切りかじる。

「やっぱお前が一番だよ……」

 ん、ちょっとしょっぱい? と思ったら、泣いていたらしい。涙の味か。うん、そんな日だってある。そんな日だって――。


ピリリリリリリ。


 電話か、仕事の依頼かな。冬は仕事増えるからなあ。

 と、思ったら、ミコトだった。そういや、朝、仕事終わったら夜会えないかってメール来てたっけ。返信忘れてたからなあ。

「もしもし」

「ユヰ、今もしかしてさ、××公園にいる?」

「え、なんでわかるの」

 顔を上げたら、走ってくるミコトが見えた。

「いや、ここだったか。いや、バス乗ってたら、向こうのバス停から、公園に入るとこまでは見えたんだけど、降りられなくて、反対側の入口のとこで降りて探した。人違いだったら困るし一応電話してみた」

「そっか」

 困ったな。ユヰ、泣いてるとこなんて見られたくなかったな……。でも、思いとは裏腹に涙はひっきりなしに溢れてくる。

「ごめん、なんでもないんだよ」

「俺、全部知ってるんだから。俺には、ちゃんと話してよ。ずっと話切り出そうか迷ってたけど、ユヰがこんなに悲しい思いしてるなんて、俺にはもう我慢できない」

「全部、って……?」

 一応聞いてみる。

「キザシに金渡してるだろ? それに、ほたるとうまくいってない」

「……うまくいってないんじゃなくて、さっき彼女として見れないって、はっきり言われた」

 ミコトはカバンからおもむろに眼鏡拭きを出した。

「とりあえず、これでよければ、顔拭きな」

「ありがとう」

 布きれをくっしゃくしゃにして顔を拭いた。

「洗って返すね」

「いいよそんなもん。もらっときな」

「……ユヰ、眼鏡ないもん」

 決まり悪そうにミコトは眼鏡の鼻のところを上げ下げしていた。

「ってか、眼鏡なとこ初めて見たよ?」

「ああ、コンタクト切らしてて」

「似合うよ」

 爽やかなショートの髪型に、黒縁眼鏡はよく似合う。

「まあ、ちょっと化粧でも直してきな。俺トイレ行きたい」

 と言われて化粧室で鏡を見たら、結構ひどい顔をしていた。ちょっと恥ずかしい。


「女の子は大変だな」

「結構待った?」

 ミコトは寒そうに背中を丸めている。

「いや、いいよ。それより、俺ハンバーガー食べたいから付き合って」

「うん」

 ミコトはやっと、笑ってくれた。


「俺、ダブチのLセットにするわ」

「ユヰもチーズ食べよ」

「コーラでいいか?」

「うん、でもいいの? お代」

「俺が誘ったんだから気にするな」

「ありがとう。じゃあ席に座ってる」

 ミコトは、なんで知ってるんだろう、キザシのこと、ほたるのこと。

「おまたせ」

「ありがと。あのさ、なんで知ってるの? その……」

「それは……、うん。あの二人が話したわけじゃないからな」

「そう、なんだ」

 沈黙が流れる。なんとなく目を伏せる。ミコトの視線が痛い。目を合わせるのが怖い。

「キザシに最近ついてる、あの金髪の子、知ってるよな? あいつが全部喋った。俺さ、正直なところ、キザシもほんっとろくでもないと思うし、あの子もどうかと思うけど、ほたるも許せないな」

「なんで?」

「それは、俺から聞きたいか? もうすぐ全部わかると思うけど」

「そうなんだ、でも、教えて欲しい」


 ミコトは話してくれた。

 キザシについてる女の子は、夜の仕事をしていて、もともとほたる狙いだったらしい。それで、まずはキザシに声をかけて、キザシが本気になったあたりで、ほたるに密かにアプローチをかけて、落としにかかったと。そしたら、キザシはその子をつなぎとめるために貢いでいるらしい(ユヰのお金で)。でも、ほたるも完全に落ちてしまっていて、妙な三角関係になっている。二人の異変に気づいたミコトが、女の子を呼び出して全部聞き出したらしい、とのことだった。

「きっと、ユヰ、その子に散々に言われてるね」

「そんなやつに何言われても気にすることない。だって、ユヰはずっと、俺たちのことちゃんと見ててくれたじゃないか。こんな大切なファンのこと放っておいて、いいように使って、あいつら、最低だよ」

「でも、そういうことなら、二人にとってユヰはどうでもいいんだね」

「ユヰ。こうなったら、俺はバンド辞めるしかないと思ってる。というか、ユヰ、俺さ……」

 ミコトはふうっと息を吐いて吸った。

「ユヰと、バンドやりたい」

「……へ?」

 あまりに唐突な申し出に、驚いて声が裏返った。

「ユヰ、俺のために歌ってくれないか」

「え、どういうこと?」

「俺にとって何より大切なのは、ユヰだ。バンドやることも大事だけど、ユヰがそばにいてくれないと、ダメだ。俺さ、実はほたるよりギター弾けるんだ。ユヰに教えることぐらいできる。ユヰはいい声してるから、歌えると思うし――」

「ま、待ってよ! そんな、いきなり言われても……、ユヰ、音楽なんて何もできないよ!」

「なら、はっきり言おう。俺はユヰが好きだ。ほたるなんかよりずっと前から、真剣に。だから、絶対離したくない。何があっても。バンド辞めても、ずっと一緒にいたい。だけど、俺音楽しかできないんだ。俺がもし本物なら、ユヰのことミュージシャンにもできると思う」

「でも、ユヰ、一応仕事あるしさ」

「その副業でもいい。もしやる気になったら、俺についてきて欲しい」

「ミコト、わかってると思うけど、ユヰはビースリが好きなんだよ? 三人のことを今まで応援してきたんだよ? ひとりになんて絞れないよ……」

「なら、俺だけでも見てもらえるように、頑張る。これが、その証だ」

 カバンから出てきたのは、ラッピングされたチョコレートだった。


「ユヰ、ハッピーバースデー」


 そうだ。今日、ユヰ誕生日だった。誰も覚えてくれなかった誕生日を、ミコトは覚えてくれていたのだ。

「ユヰはプロだ。プロの舌にかなうものかはわからない。でも、ユヰのために、何かするなら、やっぱりチョコレートだと思った。だから、受け取って欲しい」

 黙って、両手で受け取ったそれは、ずしんと重い。

「はあ……、今日渡すつもりではあったんだけど、気持ちまで言うつもりじゃなかったんだけどな。突然で、ごめん。でも、もうユヰが泣いてるのなんか見たくない。俺が、幸せにしたい」

 真摯なミコトの申し出に、素直に心打たれた。

「ありがとう。じゃあ、ユヰが好きな場所で、これ食べていい?」

「それ、もしかして」

「うん、あの場所だよ」


 初めてユヰとミコトが出会った場所。あの商店街。あの路地のあの場所はだいぶ整備されていて、今はもうベンチができていた。

「じゃあ、開けるね」

 これは。シンプルなトリュフだった。食べたことのない不思議な味。でも、美味しい。ほろ苦さのあと、甘味が優しく広がる。

「ユヰ、手作りチョコなんて初めて食べたよ」

「どうかな?」

「すっごく美味しい!」

「やった!」

 ミコトは思いっきりガッツポーズをしたあと、恥ずかしかったのか照れ笑いしている。

「チョコレートは、甘いだけじゃない。ほろ苦いでしょう。それが、余計優しい気分にさせる。ビースリの曲は、その逆みたいな感じで、落ち着いてるけどしっとり優しいの。だから、チョコとは違う良さを感じていたんだ。これは、落ち着いててほっこりする味がする」

「まあ、バンドの曲は俺が作ってたから、そういう味が出たのかな」

「そうかもね」

 夕焼けが青い。世界がこのまま、澄んだ美しい青のまま終わればいいと思う。こんな幸せな気持ちのまま。ずっと、ここにいたいな。

「ミコト、ギター、教えてくれる?」

「わかった」

 二人で、暗くなってもずっと、商店街のアーケードの隙間から、青い夕焼けを見ていた。


   ▽▽


 ビースリは、ほどなく解散した。解散ライブには、やっぱり怖くて行けなかった。キザシとほたるには会っていないけれど、風の噂で、金髪の女の子はほかのバンドのギターと付き合ったと聞いた。ミコトも、二人には解散以来会っていないらしい。


 それから一ヶ月。今日は、ミコトと楽器店に行くため待ち合わせをしている。場所は、あの商店街だ。ミコト、ちょっと遅いぞ。

「ユヰ、ごめんな、待ったよな」

「遅いよお。ん? なんでギター二本持ってるの?」

「あ、ユヰにもし気に入ってもらえたら、片方やろうと思って。ちょっと、見てみて」

 ギター二本も背負ってたら流石に遅刻するか。そう思いながら、ギターケースを開ける。

「青いギターだ」

 それは、夕暮れのような青。形は普通のギター、なのかな。

「ユヰ、なんとなくこれ好きかなって思って。もし気に入ったんなら、これ持って調節したり弦買ったりして使おう」

「うん、これ好き!」

「おい、あっさりだな」

「だって好きだもん」

「そうか。じゃあ決まりな。弦とかピック買いに行こう」

 これが、ユヰのパートナーだ。肩に背負うと、ちょっと重い。でも、この重さにもきっと慣れるのだろう。


 楽器店に行って、教則本とピックと弦を買い、公園で試奏してみた。なかなか難しい。

「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド……、こうか! 覚えた!」

 格闘しているユヰをちらりと見て微笑み、ミコトは隣で自分のギターを弾き始めた。本当に、ほたるより上手かもしれない。なめらかで温かい音色が、冬の寒さから守ってくれるようだった。ずっと聴いていたくなる。眼鏡の奥の瞳は、きらりと輝く。

「ちょっと、ユヰさん? 手が止まってますよ?」

 いつの間にか聴き入っていたようだ。というか、見とれていたというか。

「あ、ごめん。でも、本当に、ギター上手いんだね」

「ユヰも上手いよ。直感でもの言ったけど、本当に才能あった」

「本当? やった!」

「ユヰは素直だなあ」

 ミコトは、そう言いながら、差し伸べた手を、慌てて引っ込めた。

「え、今何しようとした?」

「あ、ごめん……、可愛いから撫でたくなった」

 真っ赤っかになって顔を背けたミコト、の手をいきなり掴んでみた。

「うわ、なななにするんだ」

「可愛いから掴んでみた」

「だだだって、俺たちまだ手とか、手とか……」

 ミコトは軽いパニックになっている。

「あら、あの日の男らしいミコトくんはどこいったのかな?」

 そんなミコトの可愛らしいところも、好きだけどね。

「ほら、ギター弾くんだぞう!」

「はーい」

 こんな日々も悪くないなと思う。初めての、ユヰを大切にしてくれる人。そんな人と一緒にいて、自分を好きになっていくのも悪くないと思う。

「ユヰ」

「これ、練習してこいな」

 と、手書きの譜面を渡された。タブ譜まで丁寧に書いてある。

「ビタースウィート・ビート?」

「ユヰをイメージして作った」

「これ、二人で弾いて歌うようになってるの?」

「よくわかったね。そう。俺たちに合う、曲だと思うよ」

「ミコトのパート聴きたい」

「オーケー」


 甘いだけが人生じゃない

 ほろ苦いだけが人生じゃない

 ビタースウィート・ビート

 波打つ鼓動は君を想うとき

 青い夕焼けの日のように

 優しく波打つんだ


「もろユヰっぽい歌じゃん、メロディーはミコトっぽいけど」

「だろ? 俺たち二人で再出発するための歌だよ」

「あ、そうだ。再出発といえば」

 今日にふさわしいものを、用意してきたのだった。


「今日はなんと! 自分でチョコレートを作ってみました! そう、今日はバレンタインですね。ユヰには今まで縁のなかったものでしたが、大切な人のために、生まれて初めての手作りです。どうだ! ハート型! もろそれっぽいでしょう。味は彼に食べてもらったところ、死ぬほど美味しいそうです! 死なれたら困るんですがね(笑)レシピは内緒! それでは、記念にパシャリ~☆」


 ミコトは恥ずかしがって写ってくれなかったので、代わりにミコトの眼鏡をかけて(結構度が強いので目をつぶってしまった)チョコを手に写真を撮り、ブログに投稿した。

これからも、この手作りのチョコレートみたいに、ビターでスウィートな二人でいられたらな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーがこのサイトでみつけた小説の中で、一番面白かったです。楽しいひと時を、ありがとうございました!
2014/07/21 22:27 退会済み
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