マザーコンピューターの少女
ガタンゴトン……ガタンゴトン……プシュウウ……。
無限駅に着いた鬼瓦線から人々がゴミのように吐き出されその一人である電閃も改札に向かって歩く。頭の中は昨日の魔列車の事で一杯であった。
(……俺は捨てアカのサクヤにすら完全に勝つ事も出来なかったのか)
俯く電閃は魔列車でサクヤに対し勝ちきれない事を知る。これはインブレだがテスターの時と同じで課金的な事は反映されないフリーマッチである。それで相手を倒せないという事は自分がサクヤより基礎的なゲームテクニックで劣っているという事。それで電閃は自分自身の今の強さを否応無く知った。
魔列車を押さえ込んでいた時に折れた右腕はログアウト前に何故か回復し、現実に戻ってからは怪我の一つも無かった。その事に仕組まれた何かを感じていると、明るい向日葵のような声が聞こえた。
「おっはー」
「? おはよう」
背後から長い茶色の色素の薄い髪を揺らすユキが現れ、昨日の魔列車事件の話になる。
あの後、ワープゲートを突き抜けたはずの魔列車は国会議事堂などにはワープせず、普段通りの運行をしている。鬼瓦線暴走のニュースは一時世間を賑わせだが、単なるシステムトラブルで電車に乗れない乗客は地下鉄や他路線。バスにタクシーなどを利用して目的地に向かった為に大きな混乱は無くすでに人々の心は毎日の忙しさに忙殺されてそんな事件も話題になってはいなかった。
「聞いた話だとユキが転校してきた日にいたもう一人の転校生はサクヤ。しかもクラスは隣だって言うじゃねーか……」
スッ……とライトは隣のクラスの窓側の席を緊張の面持ちで見るとそこにはサクヤはいなかった。そして、その日は何事も無く放課後になる。帰り支度をする電閃はユキと無限駅までの道のりで今後の事を話す。
「これだけの事件を揉み消せるのは京乃グループだけだ。おそらく鬼瓦鉄道の中にもかなりの工作員がいるはず」
「現実にここまでインストールしてるとなると、京乃は次のイベントで実際にインブレを現実と融合させてくるかもね」
「……だな。確実にサクヤは京乃の人間。もしかしたらインブレをインストールしてからじゃないと学園には登校しないかもな」
「現実にインブレがインストールされたら、もう学園に登校するどころの話じゃないでしょ? 一人の独裁者が世界を支配できる世界になるって事なんだから」
その言葉を聞き、一年後か半年後か一月後に世界中にインストールされるであろうインフィニティ・ブレインに対して嫌悪感を抱く。ユキに会うまでは親と会えない淋しさを紛らわすようにゲーム世界に没頭し、数多のプレーヤーに無双して快感を得ていた自分が大好きなインブレをこんな風に思うとは思わなかった。鬼瓦市全体を照らしているゆっくりと沈む夕陽を見上げ、電閃は言う。
「行くしかないな。京乃イマジン本社のメインコンピューターに。インブレのイベントを待つより、こっちから奇襲をかけた方が早いぜ」
そう考えた電閃はガッ! と拳を叩き気合を入れる。
「で、京乃の警備網を突破して内部のコンピューターにヒューマンログイン出来る算段はあるの?」
「やっぱ深夜のメンテナンス時間に侵入するしかないな。人間の警備や機械の警報に引っかかっても内部サーバーからヒューマンログインしちまえばこっちの勝ちだ」
深夜のメンテナンス時間に侵入する事にした電閃は内部に入るまでは駆け抜ける体力勝負だから来なくていいと告げ、その日はすぐに家に帰り仮眠を取った。
※
深夜――京乃イマジン本社ビル前。
日付はすでに翌日になり電閃とユキはギリギリ京乃イマジンのビルが見える場所のビルの陰からそのそびえ立つ白い巨塔を眺めていた。この作戦は現実世界での体力勝負からの内部サーバーからヒューマンログインする為、足手まといになるユキは来るなと電閃は言ったが、侵入前のサポートのセキュリティのハッキングなどなら出来るといいついてきたのである。スマホをパパッとタッチし京乃イマジンの施設セキュリティシステムを解除していくユキは、
「一応あんたが中に入ってからも外にいるわ。この近くにうちの会社の不動産物件があるからそこから監視しとく」
「金持ちなんだなユキは。京乃って苗字だけあって金のある家柄なんだな」
「父が京乃の子会社の社長なの。そんな事いいから早く行きなさい。ハッキングをかけて裏門の機械警備の扉は警報解除されてるから」
「センキュー。んじゃ、行ってくんぜ」
そこでユキと別れ裏門から京乃イマジン本社ビルに入った。
タタタッと電閃は敷地内に無数にある稲妻のエンブレムのあるオブジェを素通りし壁伝いにビル内部の敷地内を進んで行き、ビルの裏側にある非常口のが見える壁の横に立つ。少しその場所で待機し、内部巡回の警備員が警備業務を終えて通り過ぎるのを待った。そして、警備員の背後を背後霊のようについて行き非常口から内部に侵入する。警備室を通り過ぎてから警報が鳴るのを覚悟で一気に足音を立てながら駆けるが、ユキのセキュリティ解除が内部まで及んでいたのか監視カメラも警報システムも反応が無い。あえて侵入者に気取られぬようにそうシステムを組んでいる事も考え、電閃はテスター時代の知識を頼りにメインサーバールームへ向かう。
「……到着したな。辺りは依然として静かな室内のままだ。罠かもしれねーけど、ヒューマンログインさえすればこっちの勝ちよ……?」
サーバールームに入った瞬間、左の壁からぬうっと忍者のように現れた黒づくめの鉄仮面の男は、大きな拳を電閃に叩きつける。不意をつかれ右の壁に激突しながら鉄仮面の大男を見た。無言の鉄仮面は言葉よりもその殺意のこもる拳で電閃を攻め立てる。
(こいつ、最初から来るのがわかってた? にしてもこの鉄仮面の一撃は藻湖田並みの一撃じゃねーか……頭がクラクラすんぜ)
眉間にシワをよせる電閃は、週一で戦っていた体育教師の藻湖田を思い浮かべる。そして口の中が切れて溜まる血を吐き出し、鉄仮面にカウンターをアゴに叩き込んだ。
「うぐあああっ!」
と、カウンターが効かなかった為に電閃はまたもや殴られて身体がサーバールームのメインコンピューターにぶつかる。完全なカウンターだったはず……と思いながらタッチパネルがあるメインコンピューターに押し付けられる電閃は首を絞められ息が止まりそうになる。
無言の鉄仮面はそのまま締め殺そうとするが――。
「俺の……勝ちだ」
「!?」
という言葉と共に電閃はそのままヒューマンログインをしてインブレのメインサーバーに侵入する。ギリギリの所で完全な侵入を果たした電閃はライトとなり電子の世界を駆け抜けた。
※
ゲホッゲホッ! と締められた首を抑えながらせきをするライトは何とかメインサーバーに侵入出来た事で一安心する。突如現れた鉄仮面の襲撃に恐怖しながらもここまでたどり着けばもうこっちのものである。狭いログイン先の室内で痛んだ箇所を確認する。
「あの鉄仮面は京乃の警備員じゃねーな。明らかに俺に対して個人的な感情を感じる怒りを感じたからな。でも今はいい……さっさと情報を引き出すのと破壊行為をやらねーと」
危険な鉄仮面の出現にやばいと思いつつも、狭い室内を出て外に出る。すると、果てしない地下へ続く螺旋階段があり奈落の底へ向かう咎人のように自分を思う。
「……どうやらこの地下にインブレの秘密があるようだな。いきなりラスボスが現れる危険性もあるが、出たら出ただ。進むとしよう」
スッとライトは胸の稲妻のペンダントを握り締め螺旋階段を下り地下へと向かった。
一定間隔おきに灯される蝋燭の灯りを頼りに、闇の底のような地下へ続く荒い作りの階段を降りていく。
「蜘蛛の巣一つ無いか。ここはそれなりに人の出入りがあるようだ……って、電子の世界じゃ蜘蛛なんていねーか」
その階段を少し降りると踊り場があり、階段が二つに分かれていた。しゃがみ込んだライトはじーっと床を見ながら、
「どちらが、本命のルートだ……?」
すると、上の方で扉が開いたような物音がした。
「? やれやれ、急がなきゃならんぜ。あの鉄仮面じゃねーだろうな?」
誰かが通った足跡を探すのを止め、ライトは二つの階段のどちらかを選ぶ事になった。やはり床を凝視し、その汚れ具合を見た。
「階段が汚れている方は右だ。とりあえず右かな」
気を引き締め足音を立てずにスタタタと階段を駆け降りる。踊り場に出ると、下に続く階段はまた二手に別れていた。すでに階段に灯りは無く、目を凝らさなければ一寸先も見えない状況である。
「マチかよ。また二つの道だ。どっちかには罠がありそうだけど、どーだろ……微かに反応がある気がするが微妙だな。こういう場面は自分の勘を信じるしかないか……」
目を細め両方の階段の下層を見るやよいは渋い顔で言う。そうしている間に、上からの足音は次第に近づいて来る。
「やっぱ、右だ。俺のつむじは右回りだし。外れたらユキのせいにしよう」
灯りの無い階段をライトは壁に手をかけ周囲を警戒しつつゆっくりと降りて行く。
(……この階段はまだ一度もイベントで出てきてない造りだな。見知らぬ場所には必ず何か裏がある。サクヤが裏で暗躍しているとなると、本当に京乃来托が出て来そうだな……)
そんな事を考えながら、ライトはライトニングドーンをいつでも使えるように拳を前に向け慎重に降りる。すると、手に何かの糸のようなものが引っかかり、足首に鋭い痛みが走った。
「――っ! 何だ!?」
ライトの右足下に、妖怪のような黒い蜘蛛のような姿をした魔物が居た。その蜘蛛男の鋭く伸びた爪で足首を切り裂かれていた。
「このっ!」
スキルゲージを10消費してライトニングドーンをかますが、壁を素早く移動して階段の闇に紛れた。壁を破壊するライトは一瞬だけ真昼のように明るくなった空間にいる敵に向かって語りかける。
「闇に紛れても無駄だぜ。俺の音速からは逃げられない」
ファイティングポーズを取るライトは、空気が動く方向へ蹴りを繰り返した。ガッ! ガッ! と闇の中に鈍い音がし、蜘蛛男の腹部に数度直撃する。しかし、まだ蜘蛛男は倒れずに闇の中を動いていた。
(……鉄にぶつかる音がしたな。腹を鉄製の何かで守ってるのか。やれやれ……)
まずは手足を仕留めて動けなくしようとした時、微かな空気の流れが消えた。
「? 反応が消えた? だが確実に死んではいない。空気の流れの気配を消すとは」
ライトはデススパークを使い周囲に電撃を走らせる。電撃が完全に溜まっていない為、相手を仕留める事は出来ないが周囲を確認するには十分である。しかし、前後共に見える範囲内に蜘蛛男はいなかった――刹那。
「ぐっ――」
一瞬、ライトの感覚が上部に蜘蛛男が居ると反応を示したと同時にザクッ! と左肩を爪で切られた。カウンターで拳を出すが、足の一本をへし折っただけでまた蜘蛛男は闇に消えた。
(空気が動いた瞬間、奴の爪が伸縮する音がした。という事は爪を隠し殺気を絶てば、気配を完全に消せるという事か。灯りを点して一気にカタをつけた方がいいな……)
痛む左肩口を抑えつつ動こうとした瞬間、ライトの身体は何かに取りつかれ動けなかった。
「――くっ、蜘蛛の糸か!?」
いつの間にか張り巡らされた蜘蛛男の吐いた糸によって身体を拘束された。絶対的な闇がライトを支配し、蜘蛛男はわざとカサカサと音を立てて嗤うように動き回っている。
(大ピンチだぜ。デススパークも使いねーし。ピンチはチャンスが訪れる前の……)
そう考えていたライトの背後に蜘蛛男がぬうっと現れた。
首筋には鋭い爪が肉を求めて迫る。
キンッ! と鉄と鉄が干渉する音がした。振り返ったライトの口にはへし折った蜘蛛男の足がくわえられていて、その足は蜘蛛男の歪な口内に向けてフッと放たれた。グギイイィ! と喚きつつ、喉元を抑えながら蜘蛛男は素早く撤退する。ライトライトニングドーンの突進力で蜘蛛の糸を振り払い、自身の拘束を解く。
「……自分の足の味は不味いってか? ああっ、もううっとおしい蜘蛛の糸だ。俺もお前の足をくわえて匂いがわかった。気配を消しても、もう無駄だぜ」
歪な匂いのする方向に一瞬でライトは動き、果てしない拳の乱打を蜘蛛男の下半身の真下から繰り出し続ける。蜘蛛男の身体は砕け散り、じゅわ……とその身体は消滅した。
「腹と背中は鉄で防御しても、真下がガラ空きだったな」
そのままライトは一気に階段を駆け降りた。少しすると、何かの気配がした。何故か明かりが照らされており、カサカサと先程のような物音がする。
(……また蜘蛛男か? やれやれ……そこの踊り場でケリをつける)
ガッ! と拳を叩き、踊り場に飛び降りた瞬間――。
ワープポイントになる星型の地面が白く発光しライトは強制的にワープする。
カツン……カツン……という足音を立てて螺旋階段を下りてきた黒づくめの鉄仮面は呟く。
「俺の捨てアカでも勝てんか。やはり奴とはいつも通りガチで殴り合うのが一番だ」
そして、ワープ先にたどり着いたライトはやけに機械的な空間に戸惑いながら目の前の大きな水槽を見つめる。その緑の培養液に満たされる水槽の中には両手を胸の前でクロスさせた髪の長い全裸の少女が立ったまま浮かんでいる。黒く長い髪はかすかに揺れ、どこかで見たような色白の少女に戸惑う。
「何だここは……それにあの子は誰だ? ――!」
その瞬間、ライトの頭脳に異様な情報量のデータの断片が流れ込む。
これまでのインブレにおけるイベントが頭の中で弾けて行く。
三種の神器の戦い――竜王降臨――魔空間の夜――星の回廊――。
(これは今までのインブレの歴史――まだ続くのか――)
溢れる情報の多さにライトの頭脳は痛みを感じ始める。
時が止まったように立ち尽くす金髪の少年を水槽の少女は瞳を開き見つめていた。
空中庭園――テンプレ学園の戦い――魔列車――無限螺旋城――。
ハッ! と目覚めるライトは最後に脳裏を走る無限螺旋城を思い出し息が詰まる。
「無限螺旋城? そんなイベントは――!?」
突如、ビー! ビー! ビー! と警報が鳴り逃げる。
その瞬間、水槽の少女と目が合うが無視して駆けた。
ワープポイントならログアウト出来ると思い星型のマークに手を当ててメニューウィンドウを開いた。するとログアウトボタンがありすぐにタッチする。
(……)
ログアウトする最中、じっ……とライトは水槽の長い黒髪の美少女を見つめていた。
京乃ビルのメインコンピューターからログアウトしたライトはビル正面の稲妻が描かれた京乃のエンブレム前に出た。現実に戻ると全身に激痛が走り、インブレ内部で受けた傷が現実の身体に再現されていて耐え難い痛みで地面に倒れてしまう。その無様な姿のままログアウト先に警備員がいる事を考えるが、いなかった。
ログアウトを待ち受けていたようにユキはライトに脱出の手引きをして二人は京乃ビルから脱出する。警備員が動かなかったのはユキがハッキングで全ての警報をカットして改ざんしていたらしい。すでに時刻は深夜の三時を過ぎている為、そのまま二人は別れて自宅へ戻る。家につくなりシャワーを浴びてさっきまでの出来事を整理する。
「……」
謎の鉄化面に水槽にいた全裸の美少女。そして無限螺旋状というイベント――。
火照る身体に冷たいシャワーの冷水で全身の熱を冷まして行く。
静まり始める神経は冷たい水に反比例するように高まって行く。
(無限螺旋城……もしそれが本当に次のイベントなら、次のイベントは課金、無課金の差が無いフリーマッチになる。ここで一位を保てれば、俺は本物の王だ。俺が最強なのはここからも変わらない……)
そして、次の無限螺旋城からフリーマッチになる事でゲーマーとしての初心に帰りもう一度真のランキング一位を目指す事を誓うライトはガッ! と拳を叩き気合を入れた。
※
その日、キョーノのサイトで重大な発表があった。それはニュースのトップニュースでも取り上げられ、日本中が沸騰するような状況まで作り上げていた。
京乃来托を筆頭とする京乃グループは今は日本の中心企業の一つである。
昭和初期に京都のお菓子屋から始まった京乃家が、一度倒産しかけた時に子会社が始めたネットゲームが当たった。それ以降、京乃家はゲームの中のアイテムなどにも和菓子を出して若者に和菓子の良さを伝えグループ全体が潤った。
企業として再生した京乃家の子会社の成長はゲーム課金の法律にまで影響し、このイベントで更なるユーザーの獲得を目指していた。そしてそれはこの世界を支配するものだと知ってしまっている電閃は全身が包帯と湿布だらけの身体にまだ痛みを感じつつ、隣を歩くユキを横目に校門をくぐりスマホでイベント内容を確認する。
(あれ、一週間のうち一度は必ずあった校則戦争がねーな?)
前回の校則戦争以降、毎週行っていた藻湖田の校則戦争が無くなっていた。観念したかなと思う電閃はユキと共に下駄箱へ向かう。
「無限……螺旋城?」
「ん? どうしたの?」
スッとユキは白い顔を電閃の頬にくっつくぐらいまで近寄らせる。
女子中学生特有の柔らかい香りに意識を奪われそうにもなるが、スマホの画面上の内容に集中する。二人は、この無限螺旋城がインブレにとってのターニングポイントになると核心した。電閃が京乃イマジンに侵入して得た情報とサクヤの話を合わせていくと間違いなく京乃来托はここで何かを仕掛けて来るはずである。ガッ! と拳を叩く電閃は、
「やってやるぜ。俺は……全てを閃光のように駆け抜けてやる!」
一週間後に開かれるインブレ至上最大級のイベントである無限螺旋城に向けて二人は気持ちを引き締めた。無限学園の頭上の空に、かすかな暗雲が立ち込め始めていた。




