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魔列車

チュチュンと雀の囀りを横目に金髪の学ランの少年が意気揚々と軽いステップさえ踏みながら無限学園の校門をくぐる。その正面にある下駄箱の前の広場にはタンクトップを着ているジャージ姿の竹刀を持つアフロヘアの男が周囲に睨みをきかせていた。陽に焼けた色黒の肌にジャージの股間がモッコりしている藻湖田という体育教師が生徒達を舐めるように見つめ校則違反者を探していた。

 校則戦争――。

 その異名を持つこの校門入口における戦争は新設校として誕生してからの初日から一年以上繰り広げられている毎週の伝統行事でもあった。その週のどこかで藻湖田が突如校門付近に現れ、学園の規則を破るものを矯正するというイベントで、電閃は毎週このイベントを辛くもクリアしてきている。

 シュウゥ……という一陣の風が流れ金髪の少年とアフロの体育教師は衆人環視の中、対峙していた。

「黒主よ。今日という今日は貴様の金髪を黒く染めてやる」

「その台詞聞き飽きたぜ。一年かけても俺を倒せねーんだからお前もいい加減クビか左遷だろ。校長も仕事しねーのな」

「フン、ここの校長も職員も特別なんだよ。貴様のような落ちこぼれと違ってな」

「さして落ちこぼれてはいねーよ? 成績だって常に上位三十には入ってるし、お前以外の教師からの評判も悪くない」

「その中途半端さでは世界には勝てんぞ!」

「そーかよ! 交わる電線、黒主電閃行くぜっ!」

「全身もっこり! 藻湖田もこ太郎参る!」

 スパァ! という藻湖田の竹刀の突きが容赦無く電閃の首筋に迫る。それを左に回避し、横薙ぎのニノ太刀を右腕で受け止めた。

「真剣なら右腕は飛んでいたな」

「かなり痛てーけど、真剣じゃねぇし。――足元がお留守だぜ!」

 円を描くように回し蹴りが藻湖田の膝を捉えた。同時に止まっていた竹刀が鼻筋をかすめる。互いに距離を取った瞬間、一気に間合いをつめて接戦になる。電閃の喧嘩スタイルはゲーム内と同じで、基本は相手の動きの先の先を読んでからのカウンター。豪腕で素早い藻湖田の斬撃を回避し、時に受けつつカウンターをくらわす。いつもと違い、冷静に敵の急所を狙うかの如く戦うスタイルに藻湖田は電閃の変化を感じた。

「スピードが増した? それに瞳が戦士のようになったな」

「スピードは増してるかもな。気構えが先週とは違ぇーかんな!」

 まるでインブレ内のライトニングカウンターのように藻湖田の竹刀を拳でヘシ折った。その一撃に周囲の生徒達の歓声と拍手が巻き起こる。折れた竹刀を見据える藻湖田は、

「貴様、性格がちょっと明るくなったな? まさかドラッグでもやってるんじゃないだろうな? ん?」

「アホかモコモコ野郎! 俺はそんなに弱い人間じゃねーよ!」

 言うと、たまたま校門を通りかかった見知らぬ紫色の髪を左右でお団子にしている少女に声をかけた。

「悪いな姉ちゃん」

「はい? ――!」

 バッ! とスカートをめくり藻湖田を足止めする――が、

「っとお!?」

 強烈な少女の肘が電閃を襲う。

 それをまともにくらったままの勢いで電閃はその場から逃走した。

 そして、騒がしい下駄箱前の広場からは人が消える。

 紫色の髪の毛先がピョンと跳ねるツインテールの少女は赤く腫れた左手を見て呟く。

「生身でもカウンターに強いのね。ライト……」

 その頃、体育館の裏手で上半身裸になり腹部に受けた肘打ちの痛みに耐える電閃は脂汗を流し呻き声を上げていた。

「野郎……半身になるのが一瞬遅かったらアバラが数本逝ってたぞ。それに間違って出したライトニングカウンターを片手で受け止めやがった……何者だあの女……」

 溜息をつく電閃は一時間目の授業の事など忘れ、傷の治療の為に保健室に向かった。




「なんじゃこりゃ……」

 その日の昼時――。

 インブレへのヒューマンログインの精神的な疲れが出たのか熱が出た電閃は昼休みまで保健室で寝ていた。そして、昼休みの鐘が鳴ると同時に保健室から出て教室に戻るとクラス中がザワザワとしていて誰かを取り囲んで話をしていた。そこには、茶髪の病的に色白の美少女がクラスメイトに囲まれて談笑している。その少女に電閃はすごく見覚えがあった。何と、今朝の電車で一緒だった京乃ユキが転校してきたのである。

(よくわからん……今日のこの日は夢じゃねーのか? 第一、ヒューマンログインあたりからおかしいと思ってたんだよ)

 ぐい~っと頬を伸ばしたり、つねったりするが夢から目覚める事もなくただ現実だけが続いて行く。群集に囲まれる茶髪のロングの少女の話に聞き耳を立てていると、小学校時代から病気がちだったけど元気になったから登校したんだとの声が聞こえた。ユキの存在は同じ小学校の出身の生徒もいたが、誰もユキの存在を覚えている者はいなかった。

 そして、少し遅れて2―Aクラスは食堂に向かい昼食になる。

 教室の入口で呆然と立ち尽くす電閃はクラスメイトに囲まれ食堂に向かうユキと目が合い、その流れのまま電閃も食堂へ行き安くて早く出てくる牛丼を平らげた。

 ユキの周りからクラスメイト達が消えると、ユキは電閃に話しかける。

「驚いた?」

「まーな。つか、言っとけよ。お前は肝心な事を言わない所があるぞ」

「それは否定しないけど、ログアウトした時に走って逃げたのは貴方でしょ?」

「……」

 言葉に詰まる電閃はコップの水を飲み干し食器を持ち立ち上がる。

 食器類を厨房の洗い場に渡し食堂を二人は出る。

「他のクラスにも転校生がいたみたいよ。紫の髪の美少女みたい」

「……一体、今日は何の日だ? まーた熱が出るぞ」

 急に色々な事が起きた午前中を振り返り額を抑える。

 死を伴うインブレを経験した電閃は他の生徒と同じような気分で日常を送れなくなっていた。些細な音や、背後に立つ人間にも反応してしまい手を出しそうになってしまう。実際に戦争を経験した人間が戦地から帰還した時には、どうやって日常生活に戻るのかをネットで調べなきゃと思う。

 今日という一日を張らなくていい神経をすり減らした結果、一つの現実が見えた。そして、教室に戻って来た電閃の感覚に電撃が走る。

(俺達はこれだけの学園。これだけのクラスメイトといるのに、ずっと誰もが一人だ)

 ふと、今まで何も感じていなかった教室内の異常さに気付いた。

 誰も一日を通して人と多く会話をせず、携帯を見ている時間の方が多いまま一日が終わる。今日のように特別な事が無い限りクラスメイト全員が一同に輪になる事はありえない事だった。休み時間になれば常にどの生徒の片手にも携帯があり、まるで携帯そのものに操られているようにも見える。

(何だ……この不快感は?)

 胃の中を逆流する不快感に耐えながら電閃は自分の席に座る。

 生まれて始めて感じた感覚をもてあましたまま放課後になり、電閃はユキと下校した。





 その帰り道、無限駅でユキは病院に行くからここでサヨナラねと告げた。

 特に体調が悪そうな感じが無かった為に電閃はユキの額に手を当て、

「病院? 調子悪いのか? 熱いというよりも冷たいけど……」

「一応、病み上がりの身だから定期的に検診に行ってるのよ」

「……鬼瓦病院で検診か。そういえば、俺が骨折して入院した時にいた女の子はどこに転院したんだろ? 骨折が完治してお見舞い行こうとしたらいきなりいなくなったからな」

 ふと、ユキに鬼瓦病院に行くと言われ三年前の事を思い出す。

 何の病気かはわからないが、長期に渡って入院している女の子がいた。色白で少し額が広く、それを隠してるのを無理矢理出させて電閃がからかっていた少女。ユメという名前だけは覚えているがその少女とはいつも個室で遊んでいたにも関わらず細かい事が思い出せない。一つ、そのユメが存在した証がいつも首にぶら下げている稲妻形のペンダントだった。

 動けないユメに自分は足が学園で一番早いんだと自慢をすると、今でも胸にしてるこの稲妻ペンダントを寄越した。そして、インブレのオンリージョブであるライトニングをもらった。〈動けば閃光・発すれば稲妻〉と呼ばれ、電閃は自分だけのアダ名がついた思いがしてすごく嬉しかった思い出がある。

 そのまま夕日に染められ茶色が神々しく輝くユキの細い背中を見送る。

 ガッ! と拳を叩く電閃は、

「ま、身体でも鍛えるか。ダメージが現実まで引き継がれるなら、現実で得た力もゲーム内で使えるはず。筋力と持久力を上げて、インブレなんてとっととクリアしてやるぜ」

 胸元の稲妻のペンダントをシャツの中に隠し、電閃は自宅までジョギングを開始した。






 ユキは電閃にライトニングのアバターを渡したユメの入院していた鬼瓦病院に行く。

 エレベーターに乗り最上階の医院長室を目指す。

 そして、医院長室の本棚の間に指を入れると本棚が反転し隠し扉を開く。そこのエレベーターが一気に地下の特別病棟に向かう。

 そこにはユキにそっくりな色白の黒髪の長い全裸の少女が紫色の培養液の中で瞳を閉じて胸の前で両手をクロスしながら立っていた。

 明らかに意思が無いにも関わらずその身体は両手、両足が繋がれているわけでもないのに溶液の影響なのか小ぶりな乳房を両手で隠したまま立ち尽くしていた。

 そこに、艶やかな黒髪が決まる藍色の着物を着た中年の男が姿を現す。

「久しぶりだなユキ」

「お久しぶりです、お父様」

 その二人は培養カプセルに入る裸の少女を見つめる。どう見てもユキと瓜二つの少女にユキは目を逸らした。

「計画は恐ろしいほどに順調に動き出したようだな。私はゲーム会社の風雲児から全世界を司る神になる。我が娘は神の子として永久に地球の女神として君臨してもらうよ」

「そうですね。この女は地球を照らし出す女神として意識も無いまま君臨してくれないと困ります」

 氷の女王のような冷たい視線でユキは言う。

(この女はもういらない。私は私の人生を生きる。私はもう京乃ユキなんだから)

 その頃、汗だくで自宅に到着した電閃は玄関で大の字になり倒れながら十キロも走った事に後悔していた。





 一週間後。いつものように冷凍ピザをレンジでチンさせておきながら歯を磨き、眠気まなこをこすりながら洗顔をして自慢の金髪を整えてからレンジで温まっているピザを食べる。そして稲妻のペンダントを首にかけて学ランに着替えガッ! と拳を叩き気合を入れて暑い日差しに目を細め鬼瓦駅へ向かう――所まではいつもと一緒だった。

「あれ? ユメがいない……」

 肝心のユメが今日に限っていないのである。車両を見渡しても存在せず、仕方なく電閃は窓側に寄りかかりスマホを出してメールが無いかチェックする。

「マチかよ? 電波が無い?」

 電波が一本も立っていない為に軽くスマホを動かすが変化は無い。いつもならこんな事がないので携帯会社の通信障害か? と思い溜息をつくと、後ろにいた女性が突然倒れた。それを支える電閃は更に倒れてくる中年の男をつかんで地面に寝かせた。同時に、車内の異質さを確認する。

「人が……全員気絶してる」

 そう、この鬼瓦線の十番車両の全てだけではなく先頭の一番車両までの全ての乗客が意識を失っていた。倒れた人間の頬を叩くと生気はあるが、起き上がる事は無い。

 すると、けたたましい避難警報のようなアラート音が車両に鳴り響き全てを察する。

「ボス……ステージの音か。こんな現実世界の電車なのによ……」

 目の前には一人の陰気な雰囲気を誇張してかもちだす死神少女がいた。

 そのゴスロリ服を身に纏う少女は紫色の毛先が跳ねたツインテール。

 テンプレ学園ステージで再開したインブレテスター時代の相棒であるサクヤだった。

 サクヤは身丈ほどある死神の鎌・デスサイズを肩に乗せながら薄い唇を突き出し言う。

 サクヤがこの姿になれたという事は、この電車そのものがインブレに変化したという事――。

「魔列車へようこそライト。いや、黒主電閃」

「江田……咲夜。そのオンリーアバターはデスガール。お前は一年前まで俺のインブレでの相棒をしていたデスガールだった……。俺に何も言わずいきなり引退したと思ったら今度はヒューマンログインまで覚えて俺に牙を剥く……一体何を企んでやがる?」

 目の前のサクヤは困惑する電閃を嘲笑い焦らすように答えない。

 いつもの電車がこうも変わってしまっている事に驚愕し立ち尽くす以外に行動が出来ない。乗客達は電閃以外の全員が倒れ、意識を失っている。サクヤはデスサイズをスーッと乗客達に向けながら電閃の動きを見る。

「関係ない乗客に手を出したら俺はお前を何であろうが殺す……」

「関係が無い? この時間、この車両、この魔列車に乗り合わせた時点で関係が無いなんて事はないの。貴方は殺せるのかしら? この魔列車のボスであるかつての相棒を?」

「……っ!」

 その言葉に電閃は黙る。殺さないでこの戦いに勝つつもりではいるが、湧き上がる闘争本能に注がれる油にいつ憎しみの炎が灯るかはわからない。激情を押しつける電閃に喜びの笑みを見せたサクヤは、今の鬼瓦線の状況を説明する。

「この魔列車は仮想と現実を合わせてるからこの内部は仮想だけど、この電車そのものは鬼瓦市を回るように一周しているのよ。勿論、外は大パニックでしょうね。そして、この鬼瓦市を電車が一周するには丁度一時間かかる。一時間以内にボスである私を倒さなきゃ、この電車は脱線して上空を舞い国会議事堂に直撃するようプログラムされている。前代未聞でしょう? 電車が空を飛ぶなんて」

「……そんなのお前を倒せばいいだけの話だ」

「やれるの? 今回は相棒のユキもいないし、時間が経つにつれてこの列車は脱線する可能性が高くなる。タイムオーバーになるのが楽しみだわ。今日はソーシャルゲームが国の中枢機構を破壊し尽くす断罪の日……数多の廃課金の死の大鎌が無為なる家畜に死を与える最高の日よ!」

 クスクスクスと小動物のような小さな笑いが列車内に反響し、電閃の耳に刺さる。

 この電車がインブレである以上、このたまたま乗り合わせた乗客が自分のせいで巻き込まれた以上、この戦いはかつての相棒がどうなろうと勝たなくてはならない。

 ガタンゴトン……ガタンゴトン……という振動が電閃の覚悟を促すように問いかける。

 息を呑み自分自身の覚悟を決めると、それを待っていたようにサクヤは口を開く。

「今の時速は三十キロ。一分に一キロスピードが上がるから一時間もすれば時速百キロになり、止まる事のないこの電車は脱線して大惨事になるでしょうね。マザーへのランケーブルの一つであるこの電車は世界を変革させる為の一歩なのよ」

「インブレのマザーコンピューターへのランケーブルがこの電車だったか……そっちから来てくれんなら探す手間が省けて楽だ」

「ログアウトして現実世界に戻りたければ戻ってもいいのよ? その変わりこいつ等は全て死ぬわ。貴方が勝手に電車を動かし、貴方がこいつ等を殺した事になるのよ」

「そうかよ」

 すると、意識を失う乗客の身体が魔列車による電気ショックで魂が抜けて勝手にインブレにインストールされてしまい、仮想実体が生まれた。

 この電車内は廃課金で破綻した者の生き霊が蠢く世界。

 真の魔列車と化す電車は外部から手を出せず、一人で戦うしかない。

 現実世界では止まらない列車に鬼瓦線の関係者は困惑し、報道などでも暴走列車として中継されていた。

「このゴースト達を殺したら本人も死ぬわ。さぁ、どうやってこの魔列車を抜けるのかしらねぇ? 地獄の一丁目に一番近い先頭車両で待ってるわよ。時間まではね……」

 言うと、サクヤは消える。

 周囲にワラワラと現れるゴースト達を見据える電閃は、

「動けば閃光・発すれば稲妻。行くぜライトッ!」

 まばゆい黄色い閃光と共にオンリーアバターへと変身をした電閃はラントングのライトになり魔列車の攻略を始めた。魔列車の国会議事堂直撃までの残る時間は55分である――。



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