一幕~開かれる世界~
「今週のイベントはテンプレ学園だったな」
そこは学園を中心とした街のステージだった。そこの風景はやけに電閃が通う学園に似ていた。スマホ画面でないゲーム内だからこんな事もあるだろうと思い周囲を見渡し、改めて自分がインフィニティ・ブレインというゲーム内の世界に来たんだというのを実感する。頭の上には電閃のゲームネームであるライトの名前が浮かんで消えた。この名前は閃光のように早いライトニングというオンリアバターをインブレのリリース前にとある少女にもらった事で一躍ライトニングの存在は広がり、電閃はライトというゲームネームにした。そして黄色い学ランの衣装の着心地を確認し、黒い革靴で地面を踏みしめる。
(この感覚がVRMMOのプレーヤーの感覚……現実の世界とあまり変わらない感じとしか言えねーな)
すると、隣にいる長い茶髪をポニーテールにまとめているユキは魔法使いと戦士のスキルを持つマジシャンズバトラーというオンリーアバターに変身していた。服装はセーラー服を基調とした戦士らしい軽装に、マジシャンのとんがり帽子をかぶった出で立ちである。
「目的はあくまで課金者のマネーを集めたマネーキャッスル。もちろんボスはいるけど、貴方なら問題なく倒せるはずよ」
「そうだな……まずは身体の感覚を慣らさないとな。緑のバーがHPに赤がスキルゲージ。この辺は頭の上に表示されるけど、感覚的に自分のゲージ状況もわかるみたいだな」
頭上にある緑のゲージが自分の体力を現すHPゲージ。
その下にある赤いゲージがスキルゲージだった。
ゲージは両方とも100の数字を表示している。
基礎的な事は全てスマホと同じなので知識はあるが、問題は戦闘中は敵が目の前にいる中でもメニューウィンドウを開かねばならず、ゲームをしている時ならば平然と出来るが自分がゲーム内にいると敵のプレッシャーに襲われる為に慣れるまでには時間がかかりそうだ。細かい説明をユキから学びながら身体を動かす。
「なるほどなー」
パパッとメニューウィンドウをタッチしてゲーム内部の感覚を掴んでいく。
「最近はCM効果で入ったバトラーも多い。ここで叩いて現実に戻すわよ」
「あたぼーよ。音速で戻してやるぜ」
過去のネットゲームの法律は子供の課金の場合でも大人と同じく百万以上の場合のみの返金になり完全な事故都合になっていた。ゲームシステムが完備されている以上、ユーザーに過失を認めるのがその時の法律だった。その中で数多の人間がゲーム会社相手に裁判沙汰にも発展し、社会問題化するネットゲームを日本古来よりある京乃グループという会社が一筋の刀で問題を両断した。
未成年課金法――。
子供の課金に関しては十万を超えた場合は返金という法律を提案し、可決させたのである。今のゲーム関連の不祥事による法律は五年前にインブレを開発した京乃グループが推進派となり改正されてはいるが、未だ完全とはいえない。
しかし、今までは上限が無かった為にこの法律により子供による廃課金の大多数が消えた為、京乃グループはどのゲーム会社もしなかった自分の身を切るような行動に日本中から感謝されインブレはゲーム界でここ数年は首位を独走していた。
今現在――法律である程度の保護をされた子供はゲームキャラに憑依され親のクレジット番号を盗み、親の名義で百万近くまでの課金を迫られていた。
自分を電閃ではなくゲームキャラのライトニングのライトと認識し大きく息を吐く。
「……大体はいいかな。後はザコと戦って慣らしてからボスと戦えばいいだろ」
黄色い学ランの第一ボタンを外し、両手の拳をガッ! と叩く。
「よっしゃ! 行くか!」
「開始の合図ね……」
突如、空間全体にけたたましい避難警報のようなアラートが鳴る。聞き覚えがある音を体感していると、京星のいる広場に数十人のゲームキャラが現れる。同じアバターの集団の中に明らかに毛色が違うライトと同じ課金者の証であるオンリーアバター混じってる。殺気立つ集団を見てライトは呟く。
「インブレのフィーバータイムの時間だ……」
その言葉の通り、ボス戦が始まるフィーバータイムが始まった。レアアイテムが得られるポイントを争奪しようとプレーヤーは一斉に攻めかかってくる。ゲーム内のボスやキャラクターがいつもこんな多勢に無勢な状況の中を戦っていたとなると、いくら人間に作られた存在とはいえ尊敬の念を抱かざるを得ない。
腰を落としアゴを引くユメは拳を構えた。それにつられて左手の黄色いグローブをグッと引き、自慢の金髪を整えるライトは言う。
「無課金と課金者が混じってるな。この人数相手に戦うしかないのか?」
「貴方はフィーバータイムはいつもどうしてたの?」
「全力で戦うだけさ!」
いつもゲームをやっているのと逆パターンだと自分に言い聞かせてライトは走る。目的はこのプレーヤーを倒す事じゃなく、マネーキャッスルを見つけ出し占拠する事。いつもは指のタッチでコマンドを入力しているが、今は自分の身体で動くので頭の中でコマンドを入力して大群を倒しながら無双していく。
ライトのライトニングのオンリーアバターは素手の近接戦闘スタイルである。
剣や盾を持たない事でスピードスキルがマックスになっている。どんな状況でも対応するにはこのスタイルがいいとライトは動きながら思う。武器や防具に頼らずに思考のスピードと先読みで勝つ。防具をつけてると防具に頼ってしまい回避が疎かになる。武器を持っているときに強敵を相手にすると両手に意識が行き過ぎて柔軟な思考が鈍り、ただ武器を振り回すだけになる。そう思って三人を倒すが、怒涛に攻めかかってくる相手に自分の身体で対抗するインブレ内では上手くいかない。
(チィ! こいつ等何か動きがおかしくないか?)
十人を倒した所でオンリーアバター以外からもダメージを受けた。
小さな嵐を描くような旋風脚をかまし周囲の敵を一掃する。
「……? ちょっと待て! あいついきなり強くなったし!」
魔法スキルとバトルスキルを組み合わせ的確に敵を倒すユキは、
「課金よ課金。アンタだってしてたでしょ課金」
「マジかよ……これじゃあキリがない」
「知っての通り最近CM効果で入ってきた連中がいるし、その連中は先にいる人間を超える為に課金してくるでしょ」
「そういやそうだったな!」
その時、今まで当たり前にしていた課金という行為に始めて不快感を抱いた
「――うおおおおおっ!」
すでに三十以上倒しているが、次々に現れるプレーヤーに辟易し出していた。目の前の戦士を倒し、背中合わせになるユメに泣き言を言う。
「おいユキ。きりがないぞ!?」
「私達に向かってきてるわけじゃないから突破口を開いて駆け抜けるしかないわよ!」
そう言いつつ、ユキは横目でライトの動きを注視し相棒の力量を測る。
(一見、相手の攻を受け流して反撃に出るスタイルから防御主体かと思いきや、閃光のような足で一気に間合いを詰めて倒す。緩急が自在に使えるバランスのいいスタイルであるわね。接近戦においては負けなしといわれたインブレの日本ランキング一位だけの事はあるようだけど、タッチパネルを叩くのと自分の感覚からの反応にまだ慣れていない。接近戦が得意でも、複数相手だとダメなのね……)
すると、その金髪の相棒はインブレランク一位のプライドを発動させたのか、自分自身で一つの答えを出した。同時に、三十を越える敵が目前に迫って絶体絶命である。
「あーだこーだ考えて頭が交わった電線みてーにこんがらがっていたけど、用は単純な事だったんだ。この身体を……タッチパネルだと思えばいい! ――ライトニングカウンター!」
スキルゲージを十ポイント使い、電光石火の黄色い閃光のカウンターが無数の敵を一掃する。シュウゥゥ……とライトの拳と周囲の空間に煙が上がる。
どうだ? と言わんばかりにユキを見据えるライトは乱れた髪形を整えていると、冷たい針のような少女の声が突如耳を刺す。
「相変わらずの必殺カウンターね」
「!? お前!」
振り返ると、そこには死神のデスサイズを持ったゴスロリ服を着た紫の髪のツインテールの毛先がピョンと跳ねる少女がいた。そのゴスロリ少女を見たまま言葉が出ないライトは呆然と立ち尽くしたままユキに肩をつかまれハッ! とする。
「……あいつは俺のインブレテスター時代の相棒のサクヤだ」
「相棒? テスター時代の……」
へぇ……と言った顔のユキはその紫の髪のゴスロリ死神少女を見据える。
身の丈ほどあるような死神のデスサイズは黒く鋭く獲物の血を求めるように鈍い輝きを放っていた。妖艶な薄い口元に過去のテスター時代に競い合っていた光景を思い出すライトは動こうとするユキを手で遮り、
「ここは俺だけでやる」
「でも、彼女は私達と同じヒューマンログインの使用者よ」
「やっぱそうか……だからこそ俺が一人で戦う。これは宿命だ」
「無理よ。彼女はこの戦い方に慣れてる」
「――ボスまでにこのやり方に馴染まなきゃ勝てないだろ!」
自分の不安や焦燥を爆発させるように鬼気とした顔で言った。
一切の言葉を挟ませない二人の戦いは幕を開けた。
死神のオンリーアバター・デスガールを身に纏いサクヤは黒い鎌を振るう。
それに拳で対抗するライトは相手の懐に入る間合いを取ろうと左右にステップを踏み野生に満ちた目を動かし続ける。攻撃と防御の一進一退の攻防を見つめるユキは、二人の会話に聞き入る。
「引退したんじゃなかったのか? それに何故ヒューマンログインが出来るんだ!?」
「まさか貴方だけが特別だと思った? 相変わらず甘いわねぇ」
「そんな事は……」
「いえ、貴方は思っていたはずよ。たとえ今の相棒の女に言われたとしても貴方は自分は特別だと勘違いする。親の金と課金で砂上の楼閣とも知らずランキング一位を保ってる人間なんて、底が浅いのよ」
ブオオオッ! とデスサイズから放たれる闇のオーラが直撃し吹き飛ぶ。
受身をとって倒れ、すぐさま起き上がり構えるライトは思う。
(強い……自分の身体で戦うとこんなにも相手の強さを感じるのか。タッチタイプじゃない身体の使い方に死を感じながら慣らす踏み台にしてやんぜサクヤ!)
今の言葉はライトの心の壁をするりと突破し、その中のか弱い自分の核を粉々にした。
それを許せない気持ちを爆発させて音速で動き確実にサクヤの反応を上回る。
数度の打撃を与えるがどれも決め手にならない。
しかし、それはあえてそうしていた。
自分は攻めてると相手に思わせ必殺スキルを発動させた後にカウンターで相手を倒す。勝利から絶望に変わる相手の感情が振り切れる光景を楽しんでから倒すのがライトにとっての快感でもあった。紫のツインテールを揺らすサクヤは、
「カウンターじゃ勝てないわよ。勝ち方がワンパターンなのよ貴方は」
「ならそろそろ試してみるか? お得意の一撃をかまして来いよ」
挑発に乗るライトは更にサクヤに挑発する。
フフッと紫に染まる薄い唇を笑わせ、デスサイズに闇のオーラを込めた。
「ダークインパクト!」
ズボウンッ! と地面を大きく抉った闇のオーラは石畳の小石を周囲に撒き散らす。
あまりにもの爆発にユキは腕で小石を防ぎ、細目で砂煙が上がる空間を見据える。
その攻撃を紙一重でかわしたライトの右拳が黄色く発光し――。
「ライトニングカウンター!」
シュパアッ! 黄色い閃光が弾け、ライトは地面に転がっていた。
無傷のサクヤは冷徹な瞳を地面にひれ伏す敗北者に向ける。
腹部から血を流すライトは深々と切られている自分の傷を抑え、すぐさまユキは回復スキルで傷口を治療する。デスサイズを肩に担ぎ茶色い髪の美少女であるユキをじっ……と見つめるサクヤは、
「せいぜい体良く使われない事ね。強い欲望を持った人間というのは自分の周りの全てを利用し、採取し、ボロ雑巾のように使い果たして忘れ去るような存在だから」
ギリッ……と強い憎しみや恨みがこもる粘っこい視線をユキに向けて消えた。
そして、全快させたユキは今の戦いの最後の一撃について話す。
「見てた限りだと、カウンターを仕掛けた瞬間には何もしてなかった……いや、何もする必要が無かったとも言えるわね」
「?」
ライトニングカウンターは敵の強力な攻撃の後の硬直を狙うカウンタースキル。
その技の特性を見抜いているサクヤは攻撃後の硬直を意図的に作るフリをし、カウンターに備えてデスサイズをライトの腹部に刺さるように構えていた。デスサイズのリーチと相手の懐まで飛び込み繰り出す拳ではどう考えても拳の方が短く、サクヤは何もしなくても相手が勝手に自爆してくれるのを待っていたのである。
(……俺のかつての相棒は俺の癖や弱点を誰よりも知ってる。くそっ……俺のライトニングカウンターは今までどれだけの敵を倒したと思ってやがる。このアバターは遠距離が出来ない分、ゲージがほぼ無い時の切り札だってあるんだ……)
「戦えるの?」
どう見ても心にヒビが入るライトにユキは冷静に諭すように言う。
ライトがバトルでここまで負けたのなんてテスター時代の頃ぐらいであった。
明らかに顔が青い少年に対しユキは更に追求する。
「ログアウトしたければすればいい。その顔じゃボスには勝てないし足手まといになる」
(……)
ライトは様々なものを受け入れ、受け流す力がある。それはライトニングのオンリーアバターで学んだ力であったが、反対の意味では諦めともいえた。今のライトは風が吹いていれば飛んでいく紙飛行機でありその風を利用して更に大きく飛んで行ける紙飛行機だが、一度風が止めば自力で飛ぶ事の出来ない紙切れでしかない。
(俺はインブレの一位のライト。今の戦いは公式の戦いじゃない……次の戦いで堂々と勝てば俺が最強なのに変わりはねーよ)
ガッ! と右拳を左の手の平に叩きつけるライトは折れた心を立て直し、
「やるぜ。サクヤも課金問題に関わってるんなら止めねーとならんからな。インブレで最強なのは俺でしかねーんだよ」
血が出る口元を抑え、焦燥するライトは頼りなげな背中で歩いて行く。
その背中を微笑むユキは追った。




