光と闇の相棒
紫に染め上げられる大理石が敷き詰められる神殿・死神の魔宮。
そのエリアに二人の男女がいた。
一人は金髪の黄色い長ランを着たヤンキー風の少年。
もう一人は紫のショートボブヘアにゴシックロリータファッションの死神の証であるデスサイズを肩に乗せた少女。
インフィニティ・ブレインテスター時代最強の二人にして、最強の相棒の二人。
ライト――黒主電閃。
サクヤ――江田咲夜。
無言のまま立ち尽くすライトはラストダンジョンという勇者が立ち向かうべき目的すら投げ捨てるように立ち止まっていた。これから始まる戦いは私怨でしかない。無駄に時間を使えばユキは世界を氷で沈め、氷の女王としてインブレを現実にインストールし君臨してしまうだろう。
『……』
大海の海をも呑み込むような激しい全身の闘気を充実させるその二人はそれでも戦わなくてはいけない。この二人の出会いと確執が起こったのはインブレ内部で起こった事。ならば、全ての決着は今この瞬間にしか存在しない。
全ての序曲が終わり、エンディングへと向かうような口ぶりでサクヤはゆっくりと円を描くように歩きながら話す。
「私はね。オンリージョブや金持ちに嫉妬してたのよ。ネットゲームは金が最後にはものを言うから」
「そうだな。確かにネットゲームは課金が全てを決める。だけど、一つのオンリーアバターを手に入れればやりようによってはランキング一万位は狙える。実力があるサクヤなら千位までは狙えるはずだ」
「実力があっても千位よ。一位様と同じ実力でも千位じゃやってられないわ」
歩きをやめないサクヤは過去の話しをする。それはサクヤがゲーマーとしての一歩を歩んだ話しだった。ライトは二人の溝が埋まらない事を否応無く感じさせられながら言葉を全身で受け止める。
「……たまたま街のゲーム大会で優勝した私は京乃来托にスカウトされ、インブレのテスターになった。その場所で私は周りと自分の差を知った。金持ちと貧乏の差をね」
「……」
「でも、それは初めは問題じゃなかった。周りの人間も貴方もキョーノイマジンの大人も私のゲームの実力を認めてくれたから。でも、私は焦っていた……テスターが終わって正式サービスが始まり課金が始まればどうやっても勝てない壁が存在するって事にね」
二人の瞳は合い、お互いの内面を曝け出すような深い感情を剥き出しにした目をぶつけ合う。
「だからインブレの正式サービスが始まってから俺と離れたのか? 裕福な俺とは対等でいられないからと思って……」
「そうよ。所詮、この世は金がものを言う。人が人として生きて行くには金、金、金なのよ」
「俺は格差の違いでサクヤを見捨てたりなんて――」
「戯れ言はよして! それは金持ちにしか言えない言葉、感覚が言わせるものよ! 貴方みたいなボンボンが毎日の食事にもありつけず、毎日のように借金取りが現れ、意味も無いのに怒鳴られ、蹴られ、ゴミ屑のように扱われていた人間の何が解るっていうのよ!?」
その烈火の怒りに電閃は黙る。
「人は金で動く。何でもする。人は金で人間の身体も魂さえも売り買いするの、、それは今までの歴史が証明してるわ」
ガスッ! とデスサイズを地面に突き刺し、ゆっくりと地獄の亡者が這い上がるような顔つきで言った。
「だから私はテスター時代に裕福なライトを潰そうとしていた。貴方の一番隣にいる相棒は見ての通りのただの死神だったのよ」
二人の間に重く、嫌な空気が流れ空間の音が止まったように何も聞こえない。
そして、狂気に満ちた顔の死神は高らかに笑う。
「デスブラストシャドウは完成したわ。この結界からは逃れられないわよ」
ババババババ! と完成した相手の能力を制限する結界は電気の煌きによって消え去った。
白い煙りが二人を包み、金髪の少年は言う。
「丁度、お前に教わったデススパークもビンビンに溜まってたんだ。ちょっとずつ地面に放射してお前の結界をいじってたのさ」
「……よく私が歩きながら話している時に結界を張っていると気づいたわね?」
「そりゃ、気付くだろ。何せ元相棒だからな」
「いい答えね。吐き気がする」
シュババババッ! と閃速の拳と音速に近い大鎌が誰をも侵入出来ない不可侵の空間を生み出す。ライト拳が閃速な以上、音速に近いだけのサクヤのデスサイズは武器を振りかぶるタイムラグもある為に決して有利では無い。
だが、ライトは振りかぶるタイムラグも無い拳をサクヤに当てる事が出来ない。決してライトは相手のスピードに合わせて手を脱いているわけでは無いが、デスサイズとのリーチの差と死の大鎌であるデスサイズの一撃を拳で叩く反動が大きく閃速を生かしきれていない。
閃速の最大限の特徴は止まって攻撃するよりも流れの中から攻撃するという事に向いている為にサクヤの先制攻撃は明らかにこういう状況を意図的に作り出しているのである。かつての相棒の怜悧さに舌を巻くライトは相手の反応を伺いながらこの流れからの脱却を図る。
「す、滑った……!」
スッと足がもつれ態勢が崩れるライトにデスサイズが死の鎌首をもたげて来る
「くっ……」
左肩に刺さる一撃からライトは危機管理チェッカーが働きライトニングカウンターを発動する条件が整う。そして、放った。光が弾けサクヤの薄い笑みが白く輝く。
「無駄よライト。私にはそのカウンターは効かない」
「絶対にカウンターで仕留めてやるよ。元相棒としてこれだけは譲れねーな」
「戦場に譲れないものは命だけ。自分の美を戦場に持ち込む輩は死罪に値しますわ!」
全てを失ったかつての過去を思い出し、全てに恵まれている元相棒へ自分の意思をぶつけた。金で解決する戦場に美などは無い。美があるのは人間が明日を生きようという意思だと強く思うサクヤはデスサイズを振り回す。その激情を超えようとライトも対抗心を燃やす。
「アンノウンデスサイズ」
突如、サクヤの持つデスサイズが三本に見える。それは実体としてライトに襲いかかった。両手と右足で防ぎ、足は刃が深々と刺さり意識が飛びそうになる。その瞬間、サクヤの悪魔の吐息が耳元でした。
「うぐああっ!?」
ガブリ……とサクヤはライトの首筋に噛み付いていた。膝蹴りを入れ振り払い吹出る首から流れる血を抑える。くちゃくちゃと噛みちぎった肉を食うサクヤの口元は赤い口紅を大げさに塗りたくったような顔をしていた。
「包帯、あげる」
「……あんがとよ」
冷や汗が流れるライトは渡された黒い包帯を首に巻いた。
すると、その包帯は一気にライトの首を締め上げて行く。黒い包帯の先端には蛇のような大蛇の顔が獲物を締め上げる興奮で笑っていた。必死にもがいて抵抗するライトは叫ぶ。
「卑怯だぞサクヤ! テメー、こんな事して勝って嬉しいのか!?」
「戦いは勝つか負けるか。そこに美学なんか持ち込むから戦場にまるで尊いものがあるように過去の英雄気取りは吠え、そして数多の若い命を散らした。それは罪でしかないのよ」
「お前がこんな決着を望んでるとは思わなかったぞ……」
無言のまま答えないサクヤはデスサイズを大きく振りかぶり最後の一撃に出る。
(一か八かだ――)
窒息により死に至る寸前のライトはそのままライトニングカウンターの構えに出る。光と闇のエネルギーが互いを求めるように接近していき――弾けた。
「勝ったな……」
「私がね」
勝ち誇る顔のライトのライトニングカウンターは後一歩の所で届かず、サクヤのデスサイズはライトの心臓を貫いていた。一気に急降下するライトのHPゲージはゼロに限り無く近くまで減る。ライトの首を締め付けていた黒蛇はシュウゥ……と姿を消した。
「残念ながら氷の女王は私が倒してこの世界も現実も頂くとしますわ。サヨウナラ、元相棒さん」
「お前にそんな欲望があったらヒューマンログイン出来る時点で来托のおっさんに反抗してただろうよ。てか、忘れてんのか? HPが減るだけで心臓に刺さってもこの内部じゃ問題ねぇんだぞ? そろそろ、反撃と行くぜ」
瞬間、ライトの危機管理チェッカーがメニュー画面のカウンターの文字を点灯させ、ライトニングカウンターが使用可能になる。同時にライトはライトニングドーンを放つつもりでいた。
必殺のカウンターを防がれた借りはここで返さずしていつ返す! という金髪の少年の意地が、二つのスキル技の融合を果たした。
ライトニングドーンとライトニングカウンターの二乗攻撃。
その威力は通常の三倍になる。
「ライトニングカウドーンズ!」
「――そんな! スキルとスキルを組み合わせる事なんて不可能――!」
呆気に取られるサクヤは回避も防御も出来ず、遠くの彼方までブッ飛んだ。
三分の二以上あったHPゲージは10を切った所で止まる。
土壇場で新技を編み出したライトはインフィニティ・ブレインの無限の脳という意味を改めて知る。固定観念を生み出すのも人間なら固定観念を破り新しいものを生み出すのも人間なのだと――。
倒れるサクヤの元に向かい、起き上がるサクヤの動きに注意しつつ話した。久しぶりにこうやってゆっくり話をしていると、インブレテスター時代を思い出して少し切なくなる。しかし、すれ違った思いの行方は容易に埋まらず、やがて二人の言葉に棘が混ざり始める。
「実力があって課金せずに千位ならゲーマーは確実にサクヤを称賛するぜ。そして、廃課金の俺は相当叩かれていづれイベントで強制バトルでもさせられるだろう。同じ条件でな」
「そんなのはただの妄想ですわ。現実はそんなに甘くない。高みに居るライトだからこそ言える言葉を吐くな!」
ズゴウンッ! と地面にライトニングドーンを叩き込み、
「被害者妄想はやめろ! 俺と決着をつけたいなら俺の声に耳を貸せ!」
「何ですと?」
「確かに俺は金持ちの廃課金のチートだよ。衣食住の全てに困った事が無いエリートの親から生まれたさ……でもな」
殺気が消えたライトにサクヤは戸惑う。感情が高ぶり瞳が潤んでいく少年にサクヤは過去の弱かったライトを思い出す。
「俺はお前の家族に憧れてた。狭い家ながらもいつも家族が一緒で笑ってられる家庭に憧れてたんだ。俺の家族は一年に一度しか海外から帰って来ない。ずっと他人の家政婦に家の事を任せて働く両親に対して俺はずっと生まれた意味を探していた……。怪我で入院した時に出会ったユキの本体のユメにインブレを紹介されて俺はそのままテスターに選ばれサクヤと出会った。お前と仲良くなる内に俺はお前から家族の在り方を教わった……許せなかった……羨ましかった……俺より金も学も無いお前の貧乏家族が笑顔で過ごしている事を許せなかった。劣等感を抱きながら相棒として成長した俺は無限中学に入る前に家政婦をクビにして髪を金髪にそめてライトニングのアバターと同じにした。だけど、無限中学にいるはずのサクヤはいなかった。そして、お前の家族がどういう状態だったのかも俺は聞かなかった。無限中学で会ってゲーマーとしても活躍していこうっていう約束を裏切られた気持ちと、これからは俺一人の評価でインブレが戦えるって浅はかな気持ちがあったんだ……すまねぇ」
頭を深々と下げ、両膝のズボンを思いっきり握り締め、目と鼻からはとてつもない液体の濁流が流れる。互いの今までの全てを知ったサクヤは急に天に向かって叫ぶ少年に驚愕する。
「――始めから諦めてる奴に、何かが出来るかよ! 諦めない大切さを教えたのはお前だろサクヤ!」
ガッ! と閃速で駆けるライトはサクヤの胸ぐらを思いっきり掴む。
「ツーマンセルのどんなダンジョンも、どんなピンチもお前は倒れる俺を引き上げて二人の力でクリアした。どんな時も……どんな時もお前が諦めないから今の俺があるんだ! 俺をこんなに成長させといて、俺より凄いお前が成長しないわけがあるかーーー!」
まるで敗者のように泣きじゃくりサクヤを殴ったライトは鼻水を啜り上げながらかつての相棒に訴えかける。その思いはサクヤの片目から流れる雫で伝わっていた。
そして、今の戦いを振り返る。
「……デスサイズで遠距離から永延と攻撃してたなら勝てたはずだ。勝負にこだわってたのはお前も一緒だなサクヤ」
「私も……まだまだ甘いですわね」
そのサクヤは倒れるが今はログアウトも出来ない為に消える事も出来ない。
現実でまた会おうと昔の相棒に握手をしたライトは先を急ぐ。
※
氷の城の最上階――。
氷と夢の聖域であるボスエリアに入り、もうすぐ氷の女王であるユキの待つ夢の祭壇ステージのある門まではもう少しである。疲労困憊、慢心相違だがライトの瞳は輝き身体からは更なる力が溢れていた。絶対に負けられない戦いがそこにはある。惚れた女の氷りついた心を溶かして自分に向かせなければならない。
「……」
唇を真一文字に結びただひたすらに一本道を進む金髪の少年を遮るものは無い。
はずだったが――ジュワァ……と白い床に染み出す黒い影が触手のように迫る。
「黒いシミ? いや――人間か?」
ズワァ……と水溜りから這い出してきたような黒い白衣を着た人間の集団はライトを敵と認識し襲いかかって来る。すかさず拳を出し倒すと、一人の大学生くらいの男の姿に変化した。それを見てライトはこのドクターキョーノを黒くしたような存在を見て思う。
「……インブレにヒューマンログインした奴に乗り移り動いてるのか? まさかドクターキョーノの孫娘を思う無意識か?」
その通り、この黒いドクターキョーノのシャドウであるドクターシャドウはインブレに現在ログインしている人間との融合を果たし、百万近いユーザーがこの氷の女王に進むエリア以外の空間を埋め尽くしていた。サクヤが消滅させたドクターキョーノの残留思念は夢から目覚めたように暴走を始めていたのである。
すでに現実にいるミーナの分身も力尽きてライトをサポート出来ずドクターシャドウになる新規ログインプレーヤーの増加を抑えられない。
「グオオオオオオオッ!」
黒い人間の魔獣のような咆哮は孫娘に敵を近づけてはならぬという意思が、氷の城を侵食するドクターキョーノそのものに成り果てていた。
「マチかよ……。無意識が暴走してたら手がつけらんねーぞ! 内部で俺が頑張ってもこのままじゃどーにもなんねぇ!」
外と内部の攻防はかなり不利な状況にある。ライトにミーナというたった二人でインブレに反抗を企てるのは無理があったのかどうかすら考える間も無く一人の勇者はひたすらHPを削られて行く。ドクターシャドウの群れはわらわらと増えていき、際限が無い。
「諦めるな!」
と自分に叫ぶ声も弱く、通らない。広域スキルの発動は発動後に隙が大きく、上手く交互に発動しなければ一気にやられる立場になる。疲弊する体力とスキルゲージがレッドに近づき、地面から迫っていたドクターシャドウに腹部を貫かれる――瞬時。
「闇夜の誘い」
その群れを一本のデスサイズが一掃した。漆黒のゴシックロリータ服に毛先が跳ねたツインテール。小さい身体に似合わぬ禍々しい大鎌を構えるその姿はまさしく死神――。
「サ、サクヤ……その身体で助けに来てくれたのか?」
無言のままコクリと頷く。その瞳には輝きがあり、プログラム制御されてはおらず自分の意思でここまで来たというのが伺えた。このサクヤも、インブレの未来が気になっているのだろうとは思った。
「先へ行きなさい。マクロ使いのドクターシャドウは私が片付けておくから」
「でも、あのじいさんは基本二回行動だぞ……それにこれからもっとログインしてくるからシャドウはもっと増える」
「適材適所ですわよ。ボスはもしかしたら三回行動かもしれない。ザコでこんだけ面倒なんだからライトニングのスピードじゃなきゃおそらく対抗出来ないでしょ。頼んだわよ大将」
「大将? 黒主も大将と呼ばれる存在になったか。早いものだ」
『――!?』
突如現れた大柄のタンクトップを着たアフロヘアの男に二人は驚く。
そこには校則をめぐって毎週のように戦ってきた無限学園の体育教師の藻湖田ことモコータがいた。そのモコータはサクヤと共にドクターシャドウの群れをなぎ倒した。
ニッと芸能人は歯が命と言わんばかりの白い歯を見せる色黒のマッチョにライトは、
「藻湖田先生……お前は校則を守らない俺を嫌ってたんじゃ……」
「校則を守らぬ者は嫌いだ。だが、校則しか守れない奴はもっと嫌いだ。だから俺はつまんない殻をあえてかけさせ、それを破る者こそが真の英雄・豪傑になれると信じて指導して来た。ここは先生が受け持つ。行ってこい黒主」
「……でも!」
「惚れた女一人助けられずしてどうする? 士道不覚悟で切腹させるぞ黒主!」
その決死の戦士になる藻湖田の覚悟にライトは頷き、
「じゃあ、任せたぜ。藻湖田先生、サクヤ。ちょっくら告白してくっわ」
バシッ! とサクヤと藻湖田の肩を叩き、閃速で一気にボスエリアに駆けた。
憤怒の仏像を解放し鬼の化身となる藻湖田はサクヤと共にインブレ全てのゲーマーと対峙する。
そして、ライトは氷の女王が待ち受けるボスステージに到達した。




