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夢遊病

 ガスッ! ガスッ! とライトは室内にある歪んだ時計の一つを破壊し、その奥へと進んで行く。しかし、どこへ進んでもどこへ進んでも同じ歪んだ時計に包まれた空間にしか出ない。ドクターキョーノが最後に生み出したこの永遠の時計迷宮の恐ろしさを痛感し出す。ユキに会いに行かなくてはならないのに、こんな場所で無駄な時間を使っている場合ではない。完全に氷と夢の聖域から隔絶した永遠の時計迷宮をそれでも脱出しなければならない。

「内観はどこまで行っても歪んだ時計が無数にあるピカソの絵のような独特な個性のある空間……出来る事はあるはずだ。人間が作り出した以上、永遠に続く空間は存在しない……」

 言いつつ、シュパーーーッ! とライト天井に向けてライトニングドーンを放つ。

 今いた室内の天井が突き破られ数多の扉がある新しい場所が広がった。

 歪んだ時計の室内の景色だけは変わらないが、この扉だけは新しい発見である。

(今度は扉か……でも違う場所には出た。セオリーを破る答えを正解させれば出口に近づくって事か?)

 その扉の全てを数えると、1から13までの扉がある。

 それ以外は何も無く、どれかの扉に入らなければいけないようだ。

 空間の床から壁の全てはゴムのように衝撃を吸収する特殊な素材で天井を突き破るという施設破壊の技はもう通用しない。

 ライトは直感で1の扉を選んだ。ノブにかけてあるカギを手にしたが、鍵穴は無かった。

 ゆっくりノブを回すと、異次元空間のような世界が広がっていた。

 試しに他の扉を開けるが、全て同じだった。

「とりあえず、1の扉に入るか。……せーのっ!」

 ガチャと扉を開け、1の扉の中に入った。

 すると、今度は1から12までの扉がある。

 振り返ると、今入ってきた扉は消えていた。

「精神的に潰すつもりか。イカレタじいさんを倒すまでここを出るつもりなんて無いから丁度いい」

 不安がよぎる自分の思考を諭すようにライトは堂々と言った。

 そしてまた、ライトは1の扉の中に入った。

 中に入りすぐに振り返ると、スウッと入って来た扉は消えた。

 表情を変える事なく顔を戻すと、今度は1から11までの扉があった。

「あと11回くぐれば、何かあるのかよじいさん? それにしても敵も何もないってどういう事だ? これも作戦のうちだろーな」

 未だ敵の一人も出てこない事を思いつつ、次も1の扉をくぐろうとライトが足を踏み出すと――。

 ガタガタガタガタッ! と突如、激しい揺れが起こった。

「何だ!? ドクターキョーノのお出まし? うおおっ!」

 斜め上に黒い死神のようなシルエットが映るのを見ると、異様な殺気を感じてデススパークを放つ。体内に溜まっていた電撃がスパークし、空間を満たした。

(……誰もいないだと?)

 バチバチ……とデススパークの残りの電気が発する周囲には電撃を浴びたはずの敵はいなかった。確実にダメージを受けて黒コゲになる人物がいるはずなのに、存在しないという事は自分の錯覚なのかそれとも――。

「私の教えた技で接近させないとはね。ライトニングは帯電のサブ属性があるなんて教えるんじゃなかったですわ」

 ハッ! とライトが天井を見上げると、逆さづりのように天井に二本足で張り付く黒いゴスロリ服を着た淡い紫色のレースのパンティーが丸出しの少女がいた。

 毛先の跳ねた紫色のツインテールのこの少女はかつての相棒であるデスガールのアバターを持つサクヤである。ヒューマンログインしてからのこの一月あまりの間、様々な煮え湯を飲まされてきた因縁深き相手でもあった。突如現れたサクヤは自分達のいる迷宮について話し出す。

「このエリアは無意味な空間。インブレのサーバーの墓場でしかないですわ。夢を諦めた者が永遠に存在する事を望んだ虚しい世界よ」

「……じゃあ、ドクターキョーノの行動は?」

「無意識の行動……夢遊病と同じ状態ね。それをどうにかするには、ドクターキョーノの身体の内部に侵入し、存在をデリートしなければならないわ」

「無意味な空間か。本当に心が折れそうな言葉だな。お前が来てくれて助かったぜサクヤ」

「ここで死なれたら私との決着はつけられないでしょう? 脱出の作戦を説明するわよ」

 サクヤがこの永遠の時計塔を脱出する作戦概要は、二人のアバターの属性である光と闇の相反する無限ともいえる力で空間に干渉し、この無意味な空間から脱出する作戦のようだ。サクヤのデスサイズに注ぎ込んだ闇のオーラをオーバーライトニングのライトニングセレブレーションで切り裂き、その穴から脱出する。

「……闇の純度百パーセントのデスサイズよ。取り扱い注意ですわよ」

「取り扱い注意? まるでサクヤみたいだな……ってあぶね!」

 鋭い剃刀のような手刀がライトの鼻先をかすり、受け取ったデスサイズでまじめに脱出作戦に専念した。闇の本質が具現化されたような禍々しい大鎌を持つライトはその手をライトニングのオーラで包み防ぎながら自身のオーラを高める。その姿を見つめるサクヤは思った。

(サーバー次元を断ち切るほど干渉できたなら一気にドクターは始末出来る)

 全ての準備は整いライトニングセレブレーションを発動させようとすると、またガタガタガタガタッ! という地震が起こる。

『……』

 身をかがめ揺れが収まるのを待つ二人に、更なる衝撃が走った。

 ガシャン! ガシャン! ガシャン! と突然、床が切り分けられマス目ごとに上下左右に移動し始めた。

「クッ、不味いな……」

 バランスを崩すライトのいるマス目が移動し、サクヤが倒れたのを見た。

「サクヤ!」

「手を出さないで! 腕を持っていかれますわよ!」

 下の方に下がっていくサクヤに手を伸ばしたライトだったが、天井から移動してくる部屋の一部に腕を持っていかれそうになり、差し伸べた手を戻した。

「氷と夢の聖域で合流だサクヤ」

 最後にサクヤに対してそう呟き、ライトのマス目もどこかに向けて移動し始めた。

「マチかよ。ゾクゾクしてきたぜ……」

 移動するマス目で立ち上がるライトは呟き闇の塊の大鎌を構える。

 そして、光の閃光そのものになり突撃するスキルを開放した。

 緑のスキルゲージが一気に30減り光と闇をその身に纏う金髪の少年は動く。

「デス・ライトニングセレブレーション!」

 自分をどこかへ運んで行く床のマス目も、空間の摂理も無視した光と闇の正邪の閃光はサーバー次元に風穴を空けた。そのまま身体が流されるように一気に氷の女王が待つ氷と夢の聖域に戻った。





 その頃、現実の無限病院地下の特別病棟では京乃来托が小さな青い髪の妖精を手の平で受け止め安静にさせていた。すでにミーナの必死のインブレプレーヤーの通常ステージではなくフリーバトルステージに誘導する誘導営業は失敗し本体のミーナはユキに見つかり強制排除されていた。

 電子体であるユメでは何も出来ず、やはり危険を承知で一般プレーヤーが侵入出来ないマネーキャッスルであった氷の城に行くしか無いと来托は思う。

(この状況だと中での戦いも厳しくなるだろう……オンリーアバターのオーバーライトニングとは言え一人では活動に限界がある。それにクロスグレイブから出て来ない親父の事も気になる故に私もインブレに……)

 着物の懐からスマホを取り出し電源を立ち上げる。その時、来托の動きが止まる。

「ユメ……ユメなのか?」

「久しぶりねお父さん。この現実の私の身体もかなり弱ってしまったわね……。でも今はそれどころじゃない」

 ベッドに三年以上寝ていて筋力が大幅に衰えている身体に痛みを感じながら京乃ユメは自分自身の身体を起こし言った。

 そして、強い覚悟を持った瞳で父親に訴えかける。自分で巻いた種は自分で決着をつけると。

 命を賭してでも――。

「……わかった。私はここで最後の砦として見守ろう。行って来いユメ」

「行ってきますお父様」

 全てを失う覚悟でユメは自分の理想体であるユキを倒す為にインフィニティ・ブレインにヒューマンログインした。本来ならば辿り着けない氷の城に向かいユメは0と1で構成される電子の海を駆け巡る。


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