金庫番の妖精
プール内に飛び込んだライトは環境が一気に変わったステージに焦り周囲を確認する。そこはプールというよりも岸の見えない大海の中心部でしかなかった。体内に宿している酸素は三分は持つ。しかし、攻撃するにも受けるにもその拍子で一気に酸素を吐き出してしまう可能性があり、短期決戦が望まれる状況である。
(何だ? あの姿は……)
微かな水泡を散らしながら正面からゆっくりと迫ってくる生物がいる。それは髪型がチリチリのアフロで身体つきが筋肉の塊であり、色黒の陽に焼けた股間がモッコリな無限学園の体育教師――。
〈モコータ! とっとと来い! こっちは息が続かねーんだよ……〉
自分の思考の言葉を電波送信するライトは驚きを隠せない。
「モコータ? ちがーう! 今の俺はただのモコータではなーい!」
その水中でも普通に言葉を喋り、急速に動き出す身体の足に目が行く。足はシシャモの足に変形していた。
「足をシシャモちゃんのシシャモにすげ替えた? パーフェクト藻湖田とでも言うんじゃねーだろーな?」
「マーメイドモコータだ!」
〈シシャモモコータだろ!〉
その身体はエラ呼吸が出来て、水中ながら普通に会話している。まさにマーメイドの名に相応しい水中戦用の身体である。肩にはシシャモビーム砲が搭載されていて遠距離にも対応しており、戦局は圧倒的に不利になった。
〈ホント、ロッカマンXのシグーマ並みにしつけぇ野郎だぜ。体格はパイオツハザードのパイラントだけどな!〉
「マーメイドだと言ってるだろう!? この尾ひれが見えんのか?」
〈マーメイドモコータねぇ……。で、三種の神器は全てお前が副垢で門番担当なのかよ? どれだけのボーナスで依頼されてんだ?〉
「無償だよ。俺の副垢それぞれは見ての通りランカーの力を借りている。職員室のモコータは貴様の元相棒であるデスガールのオンリーアバターの女だ」
〈あっそ。他人のアバター借りる奴に誠なんかあんのかよ?〉
その言葉と共に水中戦の火蓋は切って落とされる。
ライトの息も長続きするわけではなく、それに水中のステージは初めての為にどうにもならない。現実でもカナヅチのライトはプールの授業は女子生徒の育ち始める乳にしか興味がなく、何度か鼻血を出してプールの上で浮かんでいたという苦い思いでもある。
シュパパパッ! とマーメイドモコータの肩にあるシシャモビームは的確にライトに直撃する。基本的な機動力が根本的に違う為、マーメイドモコータの動きに対応しようも無い。しかし、自分がスピードで負けているというのはスピードパラメーターがMAXであるライトニングであるプライドが許さない。
(――スピードで俺が負けるかよ!)
シシャモビームの直撃を両腕で受け、そのビームを撃ち尽くした硬直を狙いライトニングドーンでしかけた。それを見たマーメイドモコータはシシャモのような尻尾をフリフリする。相手の目前にまで迫るライトはこの一撃に全てをかけるように拳を硬く握り締めていた――。
「ぐああああああっ!」
ズボボボンッ! と目の前にバラ巻かれたシシャモ機雷に引っかかりライトは叫んだ勢いで体内の酸素を失う。
血を吐くライトはあまりにも酸素を失った事で、思考が飛びそうになる。
両手にシシャモを持つマーメイド藻湖田は大いに笑い、
「馬鹿が! 水中にいる貴様など近づかなければ何もできまい。地面がなければ走る事も出来ず、自慢の音速を活かしようも無い!」
ズババババッ! と機雷であるシシャモが無数に散り、一気にライトの身体に迫る。
(こいつを食らったらもうHPも息も続かねぇ――)
全身の血の通う感覚が一気に閉ざされて行き、ライトの思考が止まった。
無数のシシャモ機雷の爆発が水中内を満たし、マーメイドモコータは無言のまま流れ続ける。
「さて、このまま死んでしまうのか黒主よ。貴様の誠はこの程度か?」
シュウウ……と水中の視界が死んでいる中、黄色い学ランを着た少年は存在した。
ダメージがないのに呆然とするライトは水の中を浮遊し目の前の妖精を見る。
羽根をパタパタされる見覚えのある妖精は振り返り言う。
「何チンタラしてるの? こんな筋肉バカに負けるなんて許されないわよん♪」
〈……ミーナ?〉
そこには青のドレスを着た電子の妖精であるインブレの金庫番。
マネーキャッスルの門番であるミーナが増援で現れた。
「マネーキャッスルは今はほとんど課金される事も無いから出張してきたの。暇は嫌なのよ~」
マネーキャッスルが課金されなくて暇だから増援に来たというミーナから水中用の泡のヘルメットであるシャボンヘッドをかぶらされ呼吸の問題は解消される。そしてハイポーションとエーテルを渡された。今回のイベントは課金・無課金は条件が同じ為、特別効果課金アイテムも無い以上課金する人間はいないのである。HPゲージとスキルゲージがもらった二つのアイテムで満タンまで回復した。ダメージも無いのにミーナも何故かハイポーションを飲んでいる。
「このアイテムは課金倉庫から持ってきた品物よ。あんな奴とっとと倒すわよん♪」
シャボンヘッドの便利さに興奮するライトは、
「ミーナも加勢してくれんのか? 訳あって今はユキがいないんだよ」
「喧嘩したんなら謝ったもん勝ちよ。それと私は戦闘不可だからサポートね」
「わーってるよ。すまねぇが残りのアイテムはアイテム欄に入れておいてくれ」
残りのハイポーションとエーテルは二つあったが、ライトが美味いというのを聞いて飲んでしまっていた。それをそのまま誤魔化そうとするミーナは指揮官のように言う。
「無駄な時間はないわよ! 勝てば官軍! 行けよライトーーーッ!」
「俺は馬か? くそっ!」
頭の髪の毛にしがみつくミーナの声が直接脳に響く。ライトはライトニングセレブレーションを出すタメに入る。爆発の煙が晴れ、マーメイドモコータは瞳を優しく笑わせた。
(……いい仲間を持ったな。奴はただ成績や学歴のようなものだけを追いかけておらず、自分の信念を貫くものがあった。自分の誠を貫くのは難しい……だが、若者が誠を持たぬ世など存在しても意味は無い。誠と誠の決戦だ黒主電閃)
全身を閃光の弾にする決死のライトニングセレブレーションは通じず、肝心のシャボンヘッドすら破壊されてまた呼吸に苦しむ事になる。ミーナは的確にライトを励まして行くが、すでにライトの全てが限界を超えていた。
「……ここからが本番だぞ。死に直面した人間は今までの自分を乗り越える最大のチャンスだ」
血塗れになり何も出来ない金髪の少年を見てマーメイドモコータは満足した。
いつもとは違い学園の校則戦争で敗北していた過去はここで帳消しになり、無言のまま何も出来ずに命の灯火が消えて行くライトに脳内から分泌されるアドレナリンが口元をニヤつかせる。マーメイドモコータは水中では何も出来ない金髪の問題児に対して、最後の説教をした。
「社会では常に始めが肝心なのだ。レースが始まったらどんな手段を使っても一気に加速してライバルを引き剥がさないとならない。始めの差がのちの人生の在り方を決める……入学当初から金髪のお前には社会の居場所はないのだ」
「なけりゃ……自分で居場所を作るさ」
と、当たり前のように言った。
「ライト……」
今のライトの鬼気たる瞳を見て明らかにわざと言ったのをミーナは感じた。
これで後、どんなに我慢しても三十秒も持たない。死のタイムリミットが始まるライトはそれを楽しむかのように無理に笑う。それは、校則戦争の最終決戦であるこの戦いに勝つ自信があるが故である。そしてミーナは相棒として金髪の少年に聞く。
「勝つ見込みはあんの?」
〈スピードで勝つ〉
「……じゃあ臨時の相棒としてアドバイスを一つ。私の身体に溜まるエレキとライトのデススパークを合わせて倒す。普通のプールじゃないこのステージなら、やれるはず」
〈確かに電撃はもう溜まってるが、お前焼け死ぬかもしれんぞ?〉
「どうせ分身だし問題ないよ」
〈でも、死ぬほどの痛みだぞ? 簡単に出す答えじゃない!〉
「ヤンキーのくせに、優しいのね。ありがとう……でも行くわよ。勝つ為に!」
金髪の少年と電子の妖精は大きな手と小さな手でハイタッチする。
「校則戦争はここで終わり! 断罪は正義の使徒である無限学園体育教師の藻湖田もこ太郎が下すのだーーーっ!」
マーメイドモコータの接近をギリギリまで待ち、ミーナの電撃とライトのデススパークを放った。ズバババババッ! という天罰のような電撃が水中のステージ内を光で彩った。
マーメイドモコータは全身の骨が透けるように感電した。相手だけではなく自分達も死の電撃を浴びて白目を剥く。
海水は非常に電気が通る。通常の水よりも塩分のせいで電気が通り易く空から落雷があった場合、落ちた場所から電撃が二十メートル広がる。
それを知る由も無いライトは気合で電撃に耐え、手の中で動かないミーナを見る。
消失するマーメイドモコータの姿から血の赤を体現する三種の神器の一つ〈湯煙の盾〉が現れライトは回収した。
※
「私の大活躍で変人筋肉マンを退治したわね! だから後で小判を百万円くらい食べてもいいよね♪」
ヒラヒラ~と自分に酔うように空中を飛ぶ電子の妖精であるミーナは青いトリプルテールをなびかせライトの頭に乗る。
マーメイドモコータ戦の最後――ライトはミーナを自分に抱き寄せて激しい電撃を最小限に抑える事により奇跡的にミーナは生存していた。うかれるミーナはライトの髪の毛内で遊び、鼻の穴に隠れた。
「鼻がムズムズするが、もう職員室か。ラストのモコータ戦。音速で終わらせるぜ!」
ガラガラッと職員室に入るとライトはヘックショイ! と強烈なクシャミをした。
鼻水まみれでライトの鼻の穴から吹き飛ばされるミーナは職員室の床に倒れながら、ぬるぬるする青いドレスの鼻水を払う。そのミーナのドレスを脱がせて白い肢体を丁寧に白いハンカチで拭う少女にライトは驚く。
「……ユキ? 生きてたのか……」
「遅いわよ。光の剣はゲットしといた」
職員室の戦いはすでにユキが終わらせていた。
鼻水まみれのミーナの身体が綺麗になり、白磁のように艶やかなミーナは両手を上げて復活のアピールをした。流石に裸でいさせるわけにはいかないので、ハンカチはもう汚いから使えない故にこの状況の張本人であるライトの襟足の髪を切りその髪をミーナは身体に編んで巻きつけた。よくわからん状況に頭をかきつつ、ライトは人の希望である三種の神器の一つ〈光の剣〉を手に入れた。
静寂を保つ職員室で茶を飲みながら一息つく二人と一匹は小休止する。
「にしても、よくシシャモちゃんの爆発に耐えたな。あのシシャモちゃん本体が体内に入ったってのに」
「あの爆発は自分の身体を中庭の土にリンクさせて爆発させたからさほどのダメージはなかったのよ。ただ急いで他のデータとリンクしたからキョードリームで自分を再構築するのに時間がかかったの」
「まー無事でなによりだ。んじゃ、来托のおっさんをしばきに行くか」
そして、校長室の羅生門のような軍門の前にたどり着き、ライトは意を決して言う。
「ミーナ。ここまであんがとな。もうマネーキャッスルに戻ってくれ。こいつを倒したらインブレ自体がどうなるかわからん」
あっ……という顔をするミーナは顔を固まらせ、すぐに背を向けて言う。
「……そうですわね。サヨナラ二人共」
「サヨナラじゃねぇだろ!」
そのライトの叫びにミーナは肩を震わせ立ち止まる。
「別れる時はな、またな! だぜ。覚えとけ」
その言葉にミーナの涙腺は破壊された。
プログラムでしかない自分が人間と同じ機能がある事に感謝し、流れる涙と鼻水を拭う事も無く全身全霊の大声で叫ぶ。
「――またな! ライトにユキ!」
『またなミーナ!』
そして仲間の絆を感じる電子の妖精はこれからどうなるかわからないマネーキャッスルという城で自身の役割を果たす為に帰還する。
そしてライトニングとマジシャンズバトラーは校長室の門の前に立つ。
圧倒的なオーラを放つ羽織袴の藍色の男の威圧感を門越しに感じつつ、要塞の門のように悠然と存在する校長室の門を開いた。




