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今日、世界は終わるのだ  作者: 森モト
2/19

ミイラは悪夢に魘される



「っ、」


闇の中、痛みに魘されながら夢を見た。


この痛みの直接的な原因に魘されるのは、当然といえば当然か。



―――走った。

ひたすら走り続けた。

息が切れる。筋肉が千切れる。

こんなになるまで走ったのは、殺伐とした人生を歩んできたなかでも初めてだったかもしれない。


恵まれた環境ではなかったからか、はたまた生前からの灰汁なのか。


ただ、救いのない結末を恐れていただけで。


考えるだけで行きつきはしない答えばかり求めて焦がれるようにもなった。

逃げることでしか檻から抜け出せず、結局この様だ。



あぁ、クソ…。


拷問如きで死にかけるとは馬鹿馬鹿しい。


ここで、死ぬのかよ、俺は。

(雨が、冷えやがる…)








「ぃ、っ…」


呻き声で目が覚めた。


なかなか魅力的な目覚ましだと思う。


「からだ、いたい」


硬い床の上での惰眠はキツい。

カーペットの毛が、剥き出しになっていた皮膚に跡を残し、骨が軋んだ。


痛い。健康体でこれだ。

目の前のミイラ男はさぞ辛かっただろう。


―――が、怪我の痛みが酷くて、そんな事も考えなかったもしれない。



「っ…」


呻きはするが起きてはいないらしい。

呻く金色が、さらさらと床に零れてゆく。



「、仕事…」


あぁ、もう、見とれている場合じゃない。

私の人生で、特別、大きな拾い物だろうこれには、足はあるが動けない。



「ねぇ、私、会社行くけど床に置いたままでいい?」


返事は期待せず、私は朝食のトーストにかじりつきながらミイラに話しかけた。けれど。



「…ゲホ、お゛ぃ、水」


声が返ってきた。

がさついた声が私の鼓膜を伝って背筋を震わせる。


「…厚かましい男だね、ほんと」


冷蔵庫から出したミネラルウォーターのボトルを片手に覗き込む。


「ぃ、ってぇ…」


痛みに歪んでもキレイだ。



「当たり前だよ。ほら、…起きあがるとか無理だからやめな」


傷だらけの腕を支えに上体を起こそうとするミイラを乱暴に蹴り倒せば。


「っが、ぁ…」


呻いた男の横に私は膝を付く。


「…ふざ、け、…この凶、暴女」「どうも」

「誉め、っ…ねぇ」

「黙れって」


横たわる男の背中に膝を入れて、軽く上体を起こし、切り傷のある青い唇にボトルの口を付けてやる。


「ぃ、」


呻きながら唇を震わせるが、無惨にも水は唇の端から零れていくだけ。


「…飲めてんの?」

「、いや…」


まぁ、当たり前か。


「ったく」


私は水を口に含むと、傷の走る唇に吸い付いた。


傷の凹凸が擽る。


「…っ」


悲鳴を飲み込んで男の咥内に水を流し込めば、はじめ抵抗を見せていた唇がやがて素直に喉を鳴らし始める。

何度か水を含み、流し、を繰り返して唇を離せば。


「鉄の味がする」

「て、め、傷舐めやがって」


至近距離で見た男の顔はやはり美しい。



「あんた、おかしな目の色してるね」

「…オマエ、な。個性、的、って、言えねぇのか、よ」

「褒めてんのよ」


灰に近い碧の眼球が、私をギロリと睨み付けた。

それを縁取る睫も、淡い金色。


芸術品だ。



「てか、テメ、誰だ」


それはこっちの台詞だ、トンマ。

しかしこんな時にのんびりミイラと挨拶を交わしている暇はない。


私は壁に掛かった時計に目をやる。


完全に遅刻だ。




「スープ、動けて食べれるなら食べなよ」


恥もなく目の前で着替え、そのままバックを抱えて玄関に向かう私を見て。


「オマ、もちっと着ろ、凍っ…ぞ」


呟く。


「―――くたばれ」



乱暴にドアを閉めた。

取り残されたミイラは、私の言葉に眉間を寄せただろう。


(頼むからくたばってくれるなよ)


留守にしてる間、男が神に召されないことだけを祈って世の喧騒に飛び込んだ。






荒々しく閉じられた扉に鍵を掛ける音がしたと思えば、俺は一人部屋に取り残されていた。



ギシリ。

少し身じろいだだけで骨が軋む。


身体の中心、心臓の辺りから高温の熱が放出されて、どうにもだるい。


痛みを伴う熱は、全身の感覚を麻痺させていた。それでも剥き出しだったはずの傷口にはしっかり包帯が巻かれているし、垂れ流しだった筈の血液や体液はその流れを堰き止められている。



(―――あの女…)


記憶にない。

知り合いでもない。

(せめてベッドに寝かせられてりゃ、感謝くらいしたかもな…)


考えて、確かに厚かましい男だと我ながら呆れたが、無人のベッドが傍らにあるというのに床に寝ている自分が余りにも滑稽に思えるのだ。


やることもなく、窓の外に視線だけ投げる。




サァァアアア…。


―――まだ、雨か。


格子のガラス窓一枚隔てた向こうから響く繊細な騒音は、孤独を彩るようにささやかに流れている。


以前は嫌いでも好きでもなかった雨だが、死ぬ寸前まで凍えさせられた事を思い出し憎まずにはいられない。


あの仰向けに見た狭い空に、未だ生気ある傷が疼く。



『―――失望させてくれるな』


言いながら、なんの躊躇いもなく俺を撲りつけた男の顔がぐにゃりと歪む。


(お得意の拷問にまんまと引っかかった自分も馬鹿だな)


知っていて、油断した。


長年の付き合いの馴れ合いに無様に浸かり裏切られて、死ぬ気で逃げた自分が滑稽で笑える。


(死んで、ねぇのか…)


こうして生死について考えていることすら幻想ではないかと、疑ってしまうほどの致死の傷を負っていた筈なのに。


(まともに生きていけるわけがない)


血塗れは、宿命なのだと云う。


(…知るか、俺は)


違う道を往く。





―――ふと、窓枠前のソファに投げ捨てられた赤黒い物体に目がいく。


それなりに良いものであるらしいそれは、乳牛の模様のように、赤の斑に染まっていた。



「あぁ、…」


だから『くたばれ』、か。


どうやら女のコートは俺の血を吸って使い物にならなくなったらしい。

見れば、下に敷かれた絨毯も同様。



(…誰がくたばるかよ)


赤黒いコート。

あれが全て自分の血だということに嫌悪すら抱く。

血の匂いにも視界を潰す色にも、慣れていた筈なのに。


自分自身の死という概念に、本能的に、怯えた。



―――事実、死んだと思っていたのに。



「、っ」


呼吸がしずらい。

喉が酸素で焼かれているようにも感じられる。


「…クソ」


ままならぬ我が身がここまで煩わしいとは。

熱にいたぶられながら、自らの底に墜ちた。








「首、痛い」


パソコンに向かいながら左手で自分の首筋をさする。

今朝は朝から仕事に身が入らない。


帰ってドアを開けて死んでたら、とか。

本当の死体になっていたら、警察には届けず遺棄しよう、とか。

死体遺棄の罪状で、近い将来捕まることになったらどうしよう、とか。


パソコンに並ぶ英文は、今の私の目には蟻の行列程度にしか見えていない。

まあ、なんだ、そんな状態でノルマが終わるわけもなく。


「リナ、お前は今日も残業だ」


白豚さながら、肥えた髭面の上司が憎らしい。


「…ヤー、ボス」


今日もピアノ教室には行けないわけだ。


―――とんだ拾い物をした、と深く溜め息を吐く。


雨は降り続ける。


煙草は不味い。


最悪だ。





―――雨。


毎日毎日爆発しそうに熱い摩天楼は、雨が降ると少しだけその熱を冷まされる。



「リナ、これ見て。新作」


隣のデスクに座る、過度な妄想癖の同僚は、今日も妄想に夢中になっての残業らしい。

彼女は毎回会社のパソコンを私用に使い仕事をサボる…要するにクビ確定要員。


鬱陶しい。眉間に皺が寄る。


こっちはノルマを終わらせて早く帰りたいってのに、同僚はお構いなしに話しかけてくる。

彼女の持論を無視しながら、私は最後のキーを乱暴に叩き古いだけのオフィスと同僚を後にした。



あぁ、死んでいませんように。


困る。困るのよ。

あの生意気で綺麗な生物が死体になっていたら、私の人生は終わりだ。


私は地下鉄に乗り込んで、珍しく空いていた席に急いで腰を下ろした。

薄暗い地下鉄の車内は、酷く憂鬱になる。残業の後だと、特に。


(晩飯、どうしよう)


買い物しなきゃ、冷蔵庫の中は空っぽだ。


アパートメント近くにあるマーケットで、牛乳や卵、ベーコンやら果物やらを籠に入れながら、ふと足を止める。


怪我人の食事。


どうしたものか。



「あ、」


目についたカラフルなパッケージ。いいアイデアだ。





―――ガチャリ。


極力音を立てないよう部屋のドアを開け、キッチンに買い物袋を置いた足で寝室へ。


ミイラが息絶えていない事だけを祈りながら。



「…よぉ」


私が最後に見た姿のまま、金色の怪我人が私を見た。


「起きてたの」


てっきり気絶しているものだと思ってばかりいた。


「…痛くて寝れねぇ」


霞み枯れた声が悔しそうに響く。

難儀なものだ。


「お気の毒」


それならスープも食べられなかったのだろう。

キッチンに引き返し鍋を覗けば、案の定。


「お、い」


寝室からの偉そうな声に、私は不機嫌を隠さず返す。


「なに」

「…水、くれ」


朝、男の脇に置いておいたミネラルウォーターのボトルは空になって転がっていた。


私は新しいボトルを手に、男の上体を支え起こす。


熱い。



「熱が上がったね」


傷が膿まなきゃいいけど。

相変わらず男の唇は震えて、私はまた口移しで水を与える。




「…ヤニくせぇ、」

「血生臭いよりマシ」


べろり。


「、っ」


唇の傷を舐めると、ミイラ男は金髪を揺らして呻いた。


綺麗な眼が、私を睨む。


あぁ、ヤバい。そそられてしまう。



「…こ、のクソ女」

「うるさい」


悪態返しに咥内の傷も舐めてやると舌を噛まれた。

故意に、というより痛みに震えた歯が当たった、という程度だったけれど。


「クソ女じゃなくて、リナ。放り出されたいの?」


私が言うと、男は呼吸をし損ねたような笑いを吐き出した。


「生かしといて、今度は殺すのかよ…」


―――さぁね。


男の言葉に、私は肩を竦めるしかない。

突発的に助けてしまったとはいえ、その後どうするかなんて考えてもいない。


「あんた、名前は?」

「……」

「言いたくないならいいけど」


名前も名乗れないのだとしたら、やはり何かしら厄介事を抱えてるらしい。


この街じゃ、そう珍しくもなかった。

警察にも、病院にさえ世話になりたくないなんて、一体なにをしでかしたのか。


(…とんだ拾い物だ、)


キッチンに戻り、私は舌打ちした。




「つ…、」


ミイラの包帯を全部解いて、温めたタオルで体を拭く。

その度に、抑えたような悲鳴が上がった。


「黙れ。喚くな」

「…テメ、が乱暴なんだ…、っ」


昨日は全部脱がせたが、さすがに本人の意識がある時に全裸に剥くのは抵抗があるので、一部は隠して。


「…、」


呻く。歪む。


その顔は扇情的で、私はなるべく体だけ見るよう努めた。

耳の裏から足の指の隙間まで拭いて、無数の傷を消毒して包帯を巻く。


髪に隠れた首筋の傷に触れながら、ふと視線が絡まった。


「…、」


互いに糸を絡ませたまま黙りこむ。

灰緑の瞳の端、目尻の小さな切り傷に気付いて、舐めた。


「…っ」


私の行動を理解出来ない男の、驚きつつも睨むような視線に無表情で応えながら、男の肢体の側に手をつけば。


―――凶暴な獣を組み敷いた気分。




「消毒」


無駄に絡まった糸を引き千切り、痛みに呻く男をベッドへ。


私は、―――なにかを誤魔化すかのようにキッチンへと隠れた。


ぐるぐる脳裏を廻る男の為に、シチュー皿にストアで買った臨時病人食を盛り、煙草を咥え再び寝室へ戻る。




「…なんだよ、コレ」


私の手にした皿を見るなり、男は茶金の眉を思い切り中央へ寄せた。


「離乳食」


ベッド脇の椅子に胡座をかいて半固形の物体をスプーンで掬い上げる。


どろり。

激しくまずそう。



「ざ、けんな。誰が、食うかっ」


熱に浮かされた表情で拒否されても、全く効果はないが、スプーンを近付けると顔を反らす。


ガキだ。


呆れながらもスプーンを押し付ければ、スプーンとの距離が縮まるに比例して男の眉もくっついていく。


面白い。



「…食え」

「いやだ」

「オートミールと変わんないよ」

「あんなもん、喰いモンじゃねぇ」


本格的に幼児化してる気がする。


まぁ確かに、ミルク色をしたヘドロ物体に食欲はそそられない。


(おかゆの方がまだマシだったかな)


考えながら一口、食べてみた。

その様子を、おぞましい物でも見るように男は眺めている。


(…馬鹿か)


確かに、美味とは言えないが、食べさせないわけにもいかないわけで―――。


「煮崩れたシチューと思えば…」

「無理」

「食べなよ。怪我人が好き嫌いぬかさないでくれる?」


男を睨みつけると、再びスプーンで離乳食を掬って突きつけた。

男はたっぷり時間を掛けて、スプーンを咥内へと運ぶ。


(その顔、サイコーに笑える)



「…吐きてぇ」


なんとか全て腹の中に納めさせ、私は一服した。


「吐いたらまた食わせるよ」


煙と共に出た私の言葉に、男は心底嫌そうな顔をした。

その表情が本当に子供っぽくて、私は煙草を唇に挟んだまま笑ってしまう。


空になった皿を一瞥して煙草を咥えなおすが、相変わらず雨音を耳にしながらの煙草は不味かった。


雨は、嫌なことしか運んでこない。


だからと言って、カラカラに晴れた空が好きだとは言えなかった。

吐いた紫煙が、少しだけ開いた窓から逃げる。


―――憂鬱。




「ねぇ、名前は」


だからってわけじゃないけど。


「…さっき、要らねぇっつったじゃ、ねぇ、か」

「不便。ニックネームとか?」

「…あるか」

「ああ、そ」


ならば、適当に呼ばせて頂こう。

ったく、こんなオコチャマの相手なんかしてられない。




「…なんだよ、コレ」


私の手にした皿を見るなり、男は茶金の眉を思い切り中央へ寄せた。


「離乳食」


ベッド脇の椅子に胡座をかいて半固形の物体をスプーンで掬い上げる。


どろり。

激しくまずそう。



「ざ、けんな。誰が、食うかっ」


熱に浮かされた表情で拒否されても、全く効果はないが、スプーンを近付けると顔を反らす。


ガキだ。


呆れながらもスプーンを押し付ければ、スプーンとの距離が縮まるに比例して男の眉もくっついていく。


面白い。



「…食え」

「いやだ」

「オートミールと変わんないよ」

「あんなもん、喰いモンじゃねぇ」


本格的に幼児化してる気がする。


まぁ確かに、ミルク色をしたヘドロ物体に食欲はそそられない。


(おかゆの方がまだマシだったかな)


考えながら一口、食べてみた。

その様子を、おぞましい物でも見るように男は眺めている。


(…馬鹿か)


確かに、美味とは言えないが、食べさせないわけにもいかないわけで―――。


「煮崩れたシチューと思えば…」

「無理」

「食べなよ。怪我人が好き嫌いぬかさないでくれる?」


男を睨みつけると、再びスプーンで離乳食を掬って突きつけた。

男はたっぷり時間を掛けて、スプーンを咥内へと運ぶ。


(その顔、サイコーに笑える)



「…吐きてぇ」


なんとか全て腹の中に納めさせ、私は一服した。


「吐いたらまた食わせるよ」


煙と共に出た私の言葉に、男は心底嫌そうな顔をした。

その表情が本当に子供っぽくて、私は煙草を唇に挟んだまま笑ってしまう。


空になった皿を一瞥して煙草を咥えなおすが、相変わらず雨音を耳にしながらの煙草は不味かった。


雨は、嫌なことしか運んでこない。


だからと言って、カラカラに晴れた空が好きだとは言えなかった。

吐いた紫煙が、少しだけ開いた窓から逃げる。


―――憂鬱。




「ねぇ、名前は」


だからってわけじゃないけど。


「…さっき、要らねぇっつったじゃ、ねぇ、か」

「不便。ニックネームとか?」

「…あるか」

「ああ、そ」


ならば、適当に呼ばせて頂こう。

ったく、こんなオコチャマの相手なんかしてられない。




「…なんだよ、コレ」


私の手にした皿を見るなり、男は茶金の眉を思い切り中央へ寄せた。


「離乳食」


ベッド脇の椅子に胡座をかいて半固形の物体をスプーンで掬い上げる。


どろり。

激しくまずそう。



「ざ、けんな。誰が、食うかっ」


熱に浮かされた表情で拒否されても、全く効果はないが、スプーンを近付けると顔を反らす。


ガキだ。


呆れながらもスプーンを押し付ければ、スプーンとの距離が縮まるに比例して男の眉もくっついていく。


面白い。



「…食え」

「いやだ」

「オートミールと変わんないよ」

「あんなもん、喰いモンじゃねぇ」


本格的に幼児化してる気がする。


まぁ確かに、ミルク色をしたヘドロ物体に食欲はそそられない。


(おかゆの方がまだマシだったかな)


考えながら一口、食べてみた。

その様子を、おぞましい物でも見るように男は眺めている。


(…馬鹿か)


確かに、美味とは言えないが、食べさせないわけにもいかないわけで―――。


「煮崩れたシチューと思えば…」

「無理」

「食べなよ。怪我人が好き嫌いぬかさないでくれる?」


男を睨みつけると、再びスプーンで離乳食を掬って突きつけた。

男はたっぷり時間を掛けて、スプーンを咥内へと運ぶ。


(その顔、サイコーに笑える)



「…吐きてぇ」


なんとか全て腹の中に納めさせ、私は一服した。


「吐いたらまた食わせるよ」


煙と共に出た私の言葉に、男は心底嫌そうな顔をした。

その表情が本当に子供っぽくて、私は煙草を唇に挟んだまま笑ってしまう。


空になった皿を一瞥して煙草を咥えなおすが、相変わらず雨音を耳にしながらの煙草は不味かった。


雨は、嫌なことしか運んでこない。


だからと言って、カラカラに晴れた空が好きだとは言えなかった。

吐いた紫煙が、少しだけ開いた窓から逃げる。


やっぱり憂鬱。




「ねぇ、名前は」

だからってわけじゃないけど。


「…さっき、要らねぇっつったじゃ、ねぇ、か」

「不便。ニックネームとか?」

「…あるか」

「ああ、そ」


ならば、適当に呼ばせて頂こう。

ったく、こんなオコチャマの相手なんかしてられない。


「頭いてぇ…」

「熱のせいだよ。くっちゃべってないで、もう寝な」


乱れたシーツを整えてやれば。



「口の悪い女だ、っ」

「どうも」

「誉め、てねぇ」


喋らなきゃいいのに。



「…寝なよ」


そして早く部屋から出て行ってくれ。頼むから。




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