Ⅰ・来訪者2
――翌日の晩。血のように赤い月光の下、異界と繋がる《道》が開いた。
だが…、その《道》を越えてバハールドートへと来るモノはない。
バハールドートにこだましたのは、戦乱の狂喜ではなく、狂乱するバハールドートの民達の愉しげな奇声だけ。特別に変わった事もなく、《道》が開かない満月の晩と同じ夜が騒がしく更け、そしてフワリと明けていく――…。
朝の白い光に惹かれてベッドを出たリオンは、中庭に面するガラス戸のカーテンを僅かに開けた。
やわらかな日差し。小鳥達の鳴き声。噴水の煌めき。優しく吹いた風に、落ち葉がカサカサと踊っている。
何事もなく夜が明けた事に安堵してホッと息をついていると――…、空から降り注ぐ陽光と共に、二対の翼を持つ魔族が舞い降りた。
「タオ――」
ガラス戸を開けて朝の挨拶をしようとし――、しかしリオンはそれが出来なくなった。
――…タオから強い疲労を感じて。
閉眼しその場で立ち尽くしていたタオ。やがて視線に気いたのか、ふいにリオンに顔を向けた。白く眩しい陽光の下では、その表情は判別がつかない。しかし…、彼の全てから強い倦怠感を感じる。
満月に血が騒ぐのはタオも同じ。血のざわめきに従った彼が、ひと暴れして朝に帰ってくる事自体は珍しくはない。
だが…、それでも湧き上がってくるこの不安は、なんだろう…?
「タオ…」
心配と不安が交ざった心境から何か声を掛けようとしたが…、気だるげな瞳でチラリと向けられた視線に、再び言葉を見失う。
「――…俺は、寝る。起こしやがったら半殺しだからな」
タオは自室に近い入り口から館の中へと消えていった。