表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/31

Ⅵ・無辜の灰2

     * * *


 扉のある空間に広がる無の時間。そこにリオンは降り立った。

「…なぁ、本当にもう大丈夫なのか?」

 隣で眉根を寄せ虚空を睨む魔族は、リオンの問いにますます顔をしかめる。

「しつけぇ駄天使だなぁ。貴様は自分の治癒魔法が信用出来ねーのか?」

「お前の回復速度が俺の常識を凌駕していて、それが逆に不安になる」

「あんなかすり傷、半日もあれば充分だ」

「それが丸一日意識がなかったヤツの台詞かよ」

「俺様を三日間監禁しやがった駄天使に言われたくねぇな」

「その駄天使の結界を、三日間ぶち破れなかったくせに」

 友の不満げな表情にリオンは苦笑する。――病み上がりのタオは、リオンがタオの部屋に張った結界を、館の一部と共に吹っ飛ばしたのだ。今頃ラピちゃん達が片付けや修繕に追われているに違いない…。

 リオンの視線に対し、タオは短髪を乱暴にガシガシと掻く。

「ま、おかげで肩慣らしは済んだぜ。3日も缶詰にされたおかげで、体がなまっちまったからな」

「はいはい」

 失笑するリオンの傍で、ふいに起こる黒き風。見ると、長髪の姿に戻ったタオの姿。脇に抱えていた紺色の革表紙の古書を、面倒そうに開いている。

「…その本、なに? お前が潰れている間にこっそり中を見ようとしたけど…、なんつーか、本に拒絶されて、触る事も出来なかった」

「本ではなく、貴様の本能が拒んだんだろう。簡単に言えば、死者の書だ」

「し、死者の書っ?」

 物騒な名称に思わず身構えると、タオは楽しげに残酷な笑みを浮かべた。

「相当な呪力が宿っているからな。ある程度強力な魔族でも、問答無用で死者の門へぶち込められる」

「もしかして…、使いこなす資格を持つ者はお前だけ、って類いのシロモノ?」

 まぁな、と興味のない返事。

「似たブツなら、貴様の兄も持っているはずだが?」

「大天使長にのみ伝わる書に見た目が似ているけど…、ソレとは中身が違う」

「実際に読んだ事が?」

「…ないけど」

「中身云々は貴様の思い込みか」

「…。なら、何が書いてあるんだ?」

「貴様が知る必要はない」

「気になるだろっ」

「あ、そうだ。リオン、背中を向けろ」

 片手で器用に本を閉じたタオが、ふと思いついたようにリオンを呼んだ。不満で口をとがらせながらも、リオンは素直にタオに背を向ける。

「一体なん――…いッてぇェッ!!」

 ブチッ! と鳴った痛みに飛び上がったリオンは、髪を振り乱してタオを睨んだ。リオンの騒ぎなど関しない魔族は、一本の立派な白い羽根を指先でクルクルと弄んでいる。…リオンの翼から抜いたらしい。

 羽根に強力なチカラを宿す事は、魔族も天使も共に同じ。それを本人の断りなく抜く事も、やはり魔族も天使も関係なく極めて問題のある行為だ。

「勝手に大天使の羽根を抜くなッ!!」

 羽根を抜かれてジンジンと痛む翼をさすり、リオンは足を踏み鳴らして怒鳴りつけた。だが…いつもの事だが、怒鳴られた側に懲りる様子などない。烈火の抗議を聞き流しつつ、自身のたたんだ翼へと何やら手を回している。

「代わりにコレをくれてやる。ほれ」

「…」

 自身の翼から一枚の羽根を抜き、ほれ、とリオンに差し出すタオ。…リオンは怒りを忘れ、目を大きく見開く。

「へ…? な、なんでだよ? この前は、絶対にやらん、って頑としていたくせに」

「御守り代わりだ」

「お、御守り…?」

 怪訝顔のリオンに、タオは強引に羽根を渡す。

 タオの魔力をビシバシと感じる漆黒の羽根…。魔族の頂点に位置する者の羽根だというのに、禍々しさは微塵も感じず、むしろ清浄なチカラの流れを感じる。

 純然たる黒とは、なんと美しいものなのだろう――…。

「いつまで呆けている? お子ちゃまには刺激が強すぎたか」

「いッ…!?」

 脳天を本の角で一発叩かれ、リオンはハッと我に返った。…羽根に宿る魔力に魅力されて正気を飛ばしかけていたらしい。冷ややかなタオの視線が痛い。

 リオンは自嘲して羽根をしまおうとし――、触れた羽根の感触に心が惑わされる。軟らかくてしなやか。極上の手触り。無意識に羽根の先で頬をくすぐって、そのあまりの気持ち良さにニヤニヤしてしまった。

「…あ」

 タオの視線がますます痛い。…またもや羽根に宿る魅惑のチカラに取り込まれかけたようだ。

 リオンは慌ててわざとらしい咳払いをし、羽根を大切に懐へとしまった。

 ――魔力みなぎる羽根の交換は、最上級の親愛の行為。タオがリオンを強く深く信頼し信用している証でもあるのだ。

「ひとつ忠告する」

 いつの間にか漆黒の大鎌を手にしていたタオが、その柄を肩に掛けてリオンを見た。

「私は今からこの虚空を裂く。裂いた向こうは別次元の空間だ。そこを突っ切るぞ」

「…その空間の先が目的地か」

「だがな」

 忌々しげに虚空を睨むタオの盛大なため息。

「簡単にたどり着けるとは思うな。ある地点まではあらかた片付け済みだが、その先も涌いているだろうからな」

「涌く…?」

「この私に怪我を負わせるようなモノが、だ」

 本気のタオに深手を負わせた何かが、無数に存在すると…? リオンは顔をしかめる。

「お前が俺を連れて行きたがらなかったわけだ…」

「――他の理由の方がデカいけどな」

「へ?」

「とにかく」

 呟きを修正するかのように、タオは、トンッ、と鎌の柄を床に打ち付けてリオンの注意を向けた。

「貴様は私の後ろにいろ。雑魚への手出しは構わんが、深追いはするな」

「わかった」

「何が出ようと私が排除する。とにかく、貴様は私の後ろだ」

「…俺はお前に守られるばっかりかよ」

「駄天使の分際で思い上がるな。貴様が前でうろちょろされると、殺りにくいだけだ」

「ふぅん…?」

 タオが、とにかく、と声を張り上げる。

「私から離れるな。万が一、はぐれたり幻に惑わされた時は、私の羽根から私を探れ」

「幻…?」

「遭えばわかる」

 リオンは、意味がわからない、と続けようとしたが、思い直してグッと堪える。タオの言葉に誤りはないだろうし、これ以上の説明を求めても…タオ自身どのように答えれば良いのかわからないのだろう。

 不満はあるが頷いたリオンに、タオがため息をつきながら頭を掻いた。

「それから…、どうにかしろ、と言うなよ? 俺は俺なりに考えたんだ。貴様は貴様で考えやがれ」

「…それ、前にも言った」

「強調したんだからな。もし言いやがったら、半殺しだ」

「覚えておくよ」

「…期待はしねぇけどな」

「それも前に言われた。しつこいぞ」

 わざと怒って言うと、タオが顔をしかめてため息をつく。

 重い動きで鎌を構え、再度のため息。

「――…はぁ…、絶対に厄介が起こる予感がする…。胃が痛い」

「あーもうッ、わかったからッ。さっさと覚悟決めろよッ」

「つーか、少し離れろ。巻き込むぞ」

 数歩下がったリオンを確認し、タオは一瞬で魔力をみなぎらせ、虚空目掛けて鎌を振るう。

「!」

 魔族の一太刀に揺らぐ空間。凝縮された異質の空気。高圧の気流に体が押し戻されそうになるが、リオンはなんとかその場に踏み留まる。

 次の瞬間。リオンの手を鷲掴みしたタオが、出現した空間へと躊躇いなく飛び込んだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ