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低いとこから

作者:

10代のあなたに。


そして、大人のあなたに。


朝、起きて布団を畳む。階段を降りて洗面所へ行き、顔を洗う。食卓に並ぶ朝食を食べ、食べ終わったなら食器を片付け、洗面所で歯を磨く。時間まで自室で時間を潰し、十分前に制服に着替え、家を出る。


これが、いつもと変わらない、彼らの日常。

案外ある程度の年になると、この日常はつまらなく、苦痛なものになってくる。明日はどうだとか、将来の夢だとか、言うのはきっと簡単だが、彼らはそれを考える事すら辛くなるのを、大人達は何も知らない。

だから皆、この変わらぬ日常の中に自分の居場所を必死に探そうとする。

少し、制服を着崩してみた、髪を染めてみた、そうやって自分を表現する人もいる。まぁ、できるだけまだマシだろう。助けて欲しい、気にかけて欲しい。そんな時に、グレたり、反抗したりするものだと、世間ではよく言われるようだが、SOSサインが出せるだけ良い方なのかもしれない。だが、それができない人はどうだろう。これらのどれも、やる事を許されない人は、どうだろう。


どうしたら良いのだろう。



彼女は、それが見出せないままだった。

大人は案外、子供の事を全然分かろうとしないもので、自分の思想を押し付けたがる。物心ついた時から、反抗なりなんなりすれば良かったのかもしれない。だが、彼女はその機会を逃してしまった。今さら反抗だのしても、意味がない。むしろ聞いてくれないだろう。分かってもくれない。理解しようともしてくれない。

子供を何だと思ってるんだ。トランプゲームみたいに勝手に期待して絶望する。そして文句をいう。

疲れていた。大人からの訳のわからないプレッシャーから逃れるのにも、期待に応えるのも、疲れていた。私はあなた達のカードじゃない。彼女は、トランプみたいに数字も、絵柄も持っているような人間ではなかった。あいつなら勝てるとか、そう思える程の特徴が無かった。


何も無かった。



彼は、前に進めず怯えていた。

明日が怖かった。何もない、何の確証もないのに、大人達から自分の将来に期待されるのが辛かった。

明日が来るのが怖かった。

明日自分は何かをしなければならないような気がしてしまう。その何かが分からなくて、また辛くなる。その何かが自分にはないという事が、また辛くなる。

夢がない、という事が、こんなにも辛く、堪え難いものだという事を、大人達は知らない。

なのにもっと辛い状況を与え続ける。まるで、この状況を楽しむかの様に、残酷な質問を繰り返す。

やめてくれ、やめてくれ。

そう助けを求めた時に、だれか手を差し伸べてくれるのだろうか。




彼は、逃げていた。

得体のしれない何かから必死に逃れようと、もがいていた。

過去というものは、周りはそう思わなくても、本人にとっては凄く重要な、もしくはトラウマのような存在になっているものである。

だから、以外と気がつかない間に相手の傷をえぐっているかもしれない。

できればえぐられる側にはなりたくない。

過去ほど、確信的なものがあるだろうか。人は皆、過去を信じる。過去から答えを出す。過去はすでに起こった現実であり、真実なのだから、未来よりも信じやすい。

少年は、その揺るがぬ過去から逃げていた。



どんなに忘れたいほど嫌な過去も、いつまでも自分を追い回して、迫り来る明日という恐怖と板挟みになる。自分は今どこにいるのか、居場所が分からなくなる。誰も分かってくれないと、1人で抱えこみ…


彼らはいずれ、身動きがとれなくなる。

その彼らが今、同じこの場にいるのは、ただの偶然だろうか。

私は思う。

彼らがいつか気がつく日は、そう遠くはないのではないか。

隣を見た。小さな彼女は、きっとこのことを理解するのも時間がかかる。理解できるまでそばにいられれば…。

日差しが暖かい。彼らにとって最高の天気だ。

私は鳴く。

誰かに振り向いて欲しくて鳴く。

誰かに私の声を聞いて欲しいから鳴く。

誰かの記憶に一瞬でもとどまって欲しいから鳴く。

私はここにいる。

そう残しておきたいから鳴く。


誰かが呼んだ気がした。名前なんか無い私を、誰かが呼んだ、そんな気がした。


私は走った。


広い場所に出た。立ち止まって視線を上げると、皆が私を見ている。

彼らも見ていた。なんで、皆そんな悲しそうな顔で私を見ているの。

私は振り向いた。舞い散る桜の花びらが、勢いを増す中、クラクションの音が鳴り響いた。




桜の舞う、四月の上旬の事だった。


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