ほしがりな妹だった人
「エマのもの、ほしいわ」
妹であるシャーリーのおねだりは、いつだって同じ一言から始まる。
イヤリングにネックレス。時にはサイズも違うというのに、新しく誂えたドレスだって譲ってきた。
エマには理解できない思考だが、幼いころからエマのものを手に入れることを、シャーリーは至上の喜びとしている。
手に入れたら飽きてしまうものだと知っていても、歪んだ欲望のままに、シャーリーはエマの持ち物を欲しがる。
父も母も妹を叱りはするが、泣かれてしまうとどうにも弱い。結局は手元に返ってくるのだから許してやってほしいと、困り果てた様子でエマに言うのが恒例だ。
だからエマの部屋には早々に鍵が備え付けられていたし、鍵の所有者はエマと、シャーリーに厳しい家令とメイド長だけ。
両親からは恨めしそうな目に見られたけれど、泣いて押し切られたら鍵をシャーリーに貸し出す姿なんて、想像に難しくなかった。
ドレスやアクセサリーは返ってくるとわかっているから諦めがつくが、毎日使う勉強道具に興味を持たれてはかなわない。伯爵家の跡取りとして、不出来な姿を他者に見せるわけにはいかなかった。
だから大切に守っていたし、内緒で手に入れた物は見せないようにしていたのだけど。
「ジョナス様は私にとっても優しいの」
まさか婚約者まで欲しがるとは思わなかった。
侯爵家の次男である彼がスペアという立場から解放され、急ぎ婚約者を探し始めたのが三年前。思っていることが顔に出やすいのが難点だが、血筋や成績は悪くはなかった。
縁あって婚約に至ったのだが、ジョナスは華奢で可愛いタイプの令嬢が大好きで、そのまんまシャーリーの外見である。
「君とシャーリーはそう年も変わらないし、それだったら跡取りはどちらでも構わないかと思ってね」
どちらであっても変わらないと言ってくる口に、今すぐ扇子を突っ込みたくなるのを我慢する。
シャーリーは一つ下だ。それでも年の初めに生まれたエマと、離れた領地で次の年の終わりに生まれたとシャーリーでは、一年半以上の開きがある。
確かに長子に問題があれば、次の子が跡取りになることもあるが、それはエマが不出来であるということだ。
ジョナス本人は至って軽い気持ちで言っているのだろうが、貴族令嬢として傷物以上の評判で地に落とそうという悪意しか感じられなかった。
「それは侯爵家が当家の跡取り問題に口を出すということでしょうか」
「大袈裟だな。君は何でも大事にし過ぎると思うよ」
跡取り問題は家で一番の大事ですが。一度決まった嫡子の交代が些事であるはずがない。
そう思わないのを感性だとフォローするには、エマは貴族令嬢であった。シャーリーの肩を抱く腕を見ても、特に注意はしないが僅かに視線を険しくさせて不快を表現する。
ただ、当家の使用人も見ているし、家令は素早く場を去っていった。おそらくは当主である父に報告しに行ったのだろう。
それを確認してから、二人に向き直る。
「シャーリー、あなたは伯爵家の跡取りになるつもりだったの?」
エマが聞くと、きょとんとした顔が首を横に振る。
横にいるジョナスが慌てた顔をしたが、それは無視することにした。
「そんな面倒なこと、したくないわ」
「なんでも欲しがるあなたが、唯一欲しがらないものね」
「ええ、私は跡取りになんてなりたくないの」
シャーリーは強欲であるが、それでも自身ができないと思うことへの見切りは早い。
それに両親も家とシャーリーを天秤にかけたら、さすがに家を取るだろう。その天秤にエマが載せられることはないが、シャーリーが優先されることはない。
「シャーリー、君が跡取りになるのではないのか?」
心底驚いた顔で聞いているジョナスに、シャーリーから返されるのはあっけらかんとした言葉だ。
「ならないわ。そんなことしたらエマみたいに部屋に籠ってばかりで、遊びに行くことができないもの。今だって勉強なんかしたくないのに」
いっそ清々しいまでの言い分である。
今の言い方から、おそらくは行儀作法の勉強もさぼっているのだろう。
「けれど、ほら、私が支えるから」
「支えるって、お手伝いするってことです?
お手伝いではなくてジョナス様が全部してくれるのなら、跡取りになってもいいですけど」
ここにきて名ばかりにしかならない宣言をし、丸投げしてくると思わなかったジョナスの表情が変わる。
「そんな、君は私を好きではないのか?」
あるのか疑わしい好意を前提に、焦りと期待をギラギラとのぞかせる瞳がシャーリーを見る。
目の前のジョナスも高位貴族からの婿入りとしての「お客様思想」が強く、領地経営なんて面倒だから手を出したくない、適度に与えられるお小遣いで遊んで暮らしたいタイプの人間だ。
愛情なんて別にいらなくて、自分の為に怠惰な生活を用意してくれる人物であればいい。
方向性は違えども二人は良く似ている。労働が嫌いで、楽をして程々に欲望を叶えたいあたりは特に。
だからジョナスが愛を訴えたところで、シャーリーの心を動かせるものではない。
彼女が欲しいのは、「エマの持ち物」であって、ジョナスという人物ではない。その瞬間の欲望を満たせれば、彼女は満足なのだ。
後で絶対に捨てられる。侯爵令息相手にそれは厄介なので、会わせないように気をつけてはいたけれど、ジョナス本人がシャーリーにちょっかいをかけていたのならば止めようがない。
「私が欲しいのは今のジョナス様ですけど、だからと言って好きかどうかなんて考えたことはないわ」
それってどういうことだよと、ジョナスが膝から崩れ落ちる。
まあ、普通の人の感性では理解できないでしょうねと、エマは醒めた目で婚約者を見下ろした。
慎重に会話をしていれば、多少なりともシャーリーの考えは把握できただろうに。見た目で判断するからこうなるのだ。
シャーリーに狙われたのは運が悪かったが、婚約者の妹に惑わされるようだったら、結婚後の不貞はすぐだろう。
婿入りのジョナスが愛人を作るのを止めるつもりはなかったが、事前に注意したにも関わらず、シャーリーに手を出そうとする浅はかさは信用できない。貴族も、夫婦だって信頼が大切なのだから。
そうこうしている間に両親が駆け付け、残っていたメイド達が事態を報告する。
父は二人への怒りでブルブル震えているし、母は香木で作らせたという大切な扇子をへし折った。
ここまできたら、さすがにシャーリーが泣いても許さない。と思いたい。
侯爵家に訪問の知らせを走らせるよう家令に指示し、言い訳にならない言い訳に口にするジョナスはさっさと帰って事態を報告するよう言われて連れて行かれる。
さて、ここから婚約破棄か解消までは、慌ただしい日々となった。
侯爵家は今更次男の婿入り先を失いたくないから粘ってくるだろうけれど、こちらは婚約破棄をなんとしてでも行いたい。おそらくは平行線での話し合いだ。
有利に交渉を進めるため、自分達に有利な噂が回るのはどちらになるか。
街中で囀る雀の準備は早々にエマでしておくとして、社交界に流す噂のために母には率先してお茶会に出てもらう必要がある。
父には今夜にも紳士俱楽部のサロンに繰り出してもらわなければ。
ここらへんは両親のお手並み拝見といったところだろうか。
一番の問題は新しい婚約者を探さないといけないことぐらい。
周囲に婚約する人々が増える中、エマと適齢な相手を見つけるのは難しいだろう。婚約どころか打診もない子息もいるが、そういった人物は素行に問題がある。
部屋で何人か知り合いを思い出してみるが、誰もが既に婚約者がいた。
メイドにお茶を運んでもらい、部屋ぐるりと見渡す。
ここにあるのは全てエマのものだ。
部屋に鍵をかけることによって、シャーリーに取られることが無くなった、エマのお気に入りと両親からの贈り物。
それから、シャーリーが興味を示さなかった古い品々。棚の上に飾った人形は、エマが生まれた時に贈られた大切なものだ。
物心が着いた頃、人形で遊んでもいいと許可をもらって手にすることができるようになったが、綺麗な人形に触れるのがもったいなくて、ずっと棚に飾っていたまま。
昔も今も定位置に飾られて、時折メイドが埃を払い、布のほつれがないかを確認してくれている。
シャーリーの部屋にも似た人形があって、両親は余程このメーカーの人形が気に入っていたのだろう。
いつかエマが結婚したら、同じ人形を探すのだろうかと考え、そうしてから婚約者の問題へと立ち返った。
「いっそ他の子息と挿げ替えてもらうほうが良いかしら」
そう口にして、それもいい考えだとエマの中にすとんと落ちる。
ジョナスの弟は二学年下にいる。ジョナスが一学年上だったのと婿入り先を探していたからとんとん拍子に決まったが、確か弟の方も婚約者をまだ決めていなかったはず。
以前に図書係として一緒に図書室の本を整理していたことがあるが、しっかりした少年だった。
ならば侯爵家から二人貰うので満足してくださいと話を進めてもらえばいい。向こうは渋るだろうが、婚姻後に離縁された方が侯爵家の醜聞になることを理解してもらわなければ。
ジョナスはシャーリーとでも結婚させて、侯爵家と伯爵家で小さな屋敷でも購入して押し込めばいい。
最初は不満だらけで抗議するかもしれないが、怠惰な彼らの長所は何もしなくていいとわかれば、生活に適応してくれそうなところだ。
彼らの子まで面倒は見られないから、少しばかり体に影響のある薬を飲ますとして。
エマの考えたことは全て当主の判断があってこそ。暫く忙しくなる父親の予定に自分との面会を入れなければ。
***
結果として、大半のことはエマの思う通りになった。
侯爵家からは渋々ながらも子息の挿げ替えであればと了承は得られたので、エマの婚約相手は変更された。予定通り、ジョナスの弟のバスティアンだ。
面識だけはあった相手との顔合わせの際、選んでもらえて光栄だと嬉しそうに笑うバスティアン。少しだけ胸の高鳴りを覚えたけれど、慎重であれと微笑みだけに留めた。
ジョナスの失態とシャーリーについて散々に聞かされたのだろうバスティアンは、エマの新しい婚約者に興味を移したシャーリーのことは視野に入れなかった。
バスティアンとのお茶会の時には部屋に閉じ込められているはずなのに、どうやってか抜け出してエマ達の前に現れたけれど、その都度バスティアンが使用人達に部屋に戻すように言い付ける。
さらには侯爵家からの紹介で使用人を確保できたら、シャーリーと仲の良い使用人達は解雇した。
紹介状は用意しない解雇の為、次の職場探しには苦労するだろう。
これを二度繰り返したら、シャーリーが姿を見せることはなくなったので、功を奏したようだ。
そしてシャーリーがジョナスとの婚姻を告げられた時には今までで一番長く泣き続け、けれど今回ばかりは両親も折れなかった。
さすがに嫡子であるエマの婚約者を二度奪おうとしたのは、シャーリーに甘い両親でも許せるはずもなく。
早々に家を出る準備が進められ、旅立ちの前の日に、シャーリーからのお願いで一緒にお茶をすることになった。
「最後にエマとお茶ができて嬉しいわ」
泣き腫らした目をしたシャーリーが正面に座り、屈託のない笑顔で笑う。
念のため、このお茶会では着慣れたドレスで身支度を済ませていたが、特に心配することはなさそうだ。
「ええ、私も。シャーリー」
奪う行為さえなければ、シャーリーはエマを心から慕う妹だ。
だからこそ、あの行為は何なのかと聞きたくもある。
「ねえ、シャーリー。最後だから聞いておきたいことがあるの」
「なにかしら」
聞いたらいけないと警鐘を鳴らす頭の中。でも、言葉は止まらない。
「どうして私の物を欲しがったの?」
途端、ストンと音がしたかと思うくらいに、シャーリーから笑顔の仮面が剥がれて落ちた。
「どうしてエマの物を欲しがったのか? 今になってそれを聞くの?」
笑っていないのに、くすくすと笑う声がお茶会に充満する。
「最後だから教えてあげる。
別に奪ったわけじゃないのよ。だって本来あれは、全部私の物ですもの」
息が止まった。
シャーリーを取り巻く空気が不穏で、そのくせ目を逸らすことができない。
「ねえ、エマは覚えていない? 生まれたときに一緒にいた、もう一人のこと」
「……何を言っているのかわからないわ」
エマが首を振れば、シャーリーは無表情のまま唇の端だけ少し上げる。
「今にも死にそうな小さな赤ん坊。双子として生まれた不要品」
シャーリーの言葉は歌うよう。
「そんな小さな体の弱い娘だから、お母さまと一緒に領地に戻されたの。
ずっとずっと、とにかく無事に育てと秘密裏に育てられたわ」
唇だけが微笑みを作れども、顔が笑っていないことに、エマの呼吸が浅くなる。
「そうして人並みに健康になって。同じ年の子より小さく育った頃には、あなたはすっかり大きくなっていた。だからお父様もお母さまも私は妹だってことにしようと決めたの。
王都に来たのはエマが6歳の頃で、いやだ、私も6歳だったのに5歳に満たない子どもとして連れてこられたのだったわ」
嘘だと言おうとした口が開かない。
そんな話知らない。聞いていない。だって誰も教えてくれなかった。
「私の方が先に生まれたはずなのに」
だからね、と優し気な声が続く。
「私は、私に与えられるべき物を先に受け取っただけ。そしてエマに下げ渡しただけ。
姉として当然のことだと思わない?」
シャーリーが立ち上げる。
「別に跡取りになりたいなんて思ってないの。だって本当に勉強が嫌いだから。
ただ少し、少しだけ、姉としての権利を主張してみただけよ」
目の前にいる妹だったはずの少女が、エマには恐ろしかった。
次に何を言い出すのか、何をするのかがわからない恐怖。
「でも最後に一つだけ、欲しいものがあるの」
シャーリーが手にしたのはデザートフォーク。
丁寧に磨かれたそれは、春の陽光を反射する。
背後で上がった悲鳴は使用人のものであろうか。どこか遠くに聞こえた。
「ねえ、エマ。あなたの歩む人生を私に頂戴」
優雅な足取りで一歩を踏み出すシャーリーを見ながら、この悪夢はどこで終わるのかと唯々思う。
これが夢であればよかったのに。
後ろから乱暴に引っ張られる体。視界一杯に映る紺の布。
エマを庇う使用人の肩越しに、泣きそうな顔のシャーリーが見えた。
「ねえ、エマ。あなたがシャーリーだったら、あなたはどうしていた?」
ぐるりと視界が回る。
「受け入れようとしたわ。愛そうとしたの。でも、駄目だった」
何が駄目だというのだろう。
シャーリーの泣き声と一緒に、私の意識は闇に落ちていった。
***
物心の着かない頃の記憶など、エマの中には何も残っていない。
ただ幼い頃、長らく母が妹と一緒に領地から出てこないとは思っていた。
体の弱い妹なのだと聞かされて。いつだってシャーリーの我が儘を許してしまう両親。
今もなお両親はエマに何も話してはくれないままだ。エマも聞かない。
エマが倒れている間に、シャーリーの身柄は拘束されて、明け方一番に馬車に詰め込まれて出立した。
シャーリーの旅立ちの日は、部屋から出ないように言われたので、ベッドで膝を抱えながらシャーリーに言われたことを思い出していた。
もし私がシャーリーだったら。
でも、エマはエマでしかないのだから、シャーリーの事情を思いやることはできても、彼女が至った思いはわからない。ぐるぐる回る思考が、シャーリーとの思い出の欠片を拾い上げては、そっとそれを手放す。
シャーリーは妹だった。それ以上でも、それ以下でも無かった。
ふとベッドから降りて棚に飾った対の人形へと手を伸ばす。
少し高い段に置いた人形に手を伸ばしたら、掴み方が悪かったのか人形が一つ床に落ちてしまう。
慌てて人形を拾い上げると、人形の乱れた髪の下、うなじの少し下に何かが見えた。
服の襟を乱暴に引っ張れば、見えたのは「E」の文字。
少し下に掘られた製造年月はエマの生まれた年だった。
エマの視線がゆっくりとシャーリーの部屋へと向けられる。
震える足が部屋の外へと向かう。
止めようとする使用人を押しのけて向かった先には、ほとんどの持ち物が残されたままになっていた。
シャーリーは何を持ち出したのだろうかと考えながら、記憶を頼りにさまよわせた視線が棚の上に留まる。
奇しくもエマが飾っていたのと同じ場所に、シャーリーの人形はあった。
伸ばした腕は震えが止まらず、緩慢な動きで人形を手元に引き寄せる。
人形の髪を根元から分けて、うなじの少し下。襟を摘まんで見れば、そこに書かれたのは「S」の文字。
その場に座り込む。
二度、三度と見直しても、文字が変わることない。
指先が寒さでかじかんだように、ぎこちない動きで文字の下を見ようと人形の襟を強く下へと引っ張る。
並んだ製造年月に強く目を瞑る。
エマの口から溢れた乾いた笑い声が、引き攣った泣き声に変わるのは少し後のことだった。
***
シャーリーへ
お久しぶりね。元気に過ごしているかしら。
そちらでの生活はどうですか。
年中穏やかな気候で過ごしやすいとは聞いているけれど、そろそろ秋も深まってきたのでストールを一緒に送るわ。
風邪などひかないように気をつけて。
あなたが家を出てから十年。
色々あったけれど、結構幸せな生活を送っているの。
バスティアンは決断力に少々欠けているとは思うけど、真面目で浮気をしないタイプだから安心して生活しているの。仕事もちゃんと手伝ってくれるし。
子どもにだって恵まれた。
言い方は悪いけど、ジョナスだったら苦労していたと思うわ。
そうそう、ジョナスのことは残念だったわね。
まさか駆け落ちだなんて。
お願いだから帰ってきても家に入れては駄目よ。
妻を捨てる男なんて最低。きちんと侯爵家に抗議を申し入れて、離縁しても今と変わらない生活を保障して、ジョナスが帰ってきても処罰するように言うつもり。
シャーリー、最後にお茶をしたときに、あなたが私に言ったことを覚えている?
あれからずっとではないけど、時々考えるの。
とくに娘が、長女のアメリアの体が弱いとわかってからは特に。
あの子はきっと家のためになるような婚姻はできないわ。
貴族らしい婚姻は、妹のナンシーに任せることになると思う。
それを知ったアメリアは塞ぎ込んでしまったけれど、私はただ、あの子に幸せになってほしいだけなの。
あなたのようになってほしくないとは思っている。
でもアメリアを貴族令嬢として扱うと、あの子にとって荊の道しかないの。
私は今でもシャーリーの気持ちがわからない。
これからもきっとわからないままだわ。本当にごめんなさい。
けれど、両親の気持ちは理解できるようになったの。
二人はあなたを本当に愛していたわ。
だから、あなたの婚約相手はすぐに決めなかった。
ずっとギリギリまで、あなたが幸せになる道を探していたのよ。
体調が悪くて勉強できない時も、私の物を手に入れた後に泣いていたことも。全部知って、それでもやっぱり見守っていた。
きっとジョナスに目を付けなければ、家にずっといたのかもしれないし、二人の住む屋敷に連れて行ったのかもしれない。
それに身元がちゃんとしていて、信頼できる相手だったら、事情を説明した上での婚姻だって認めたでしょう。
ねえ、シャーリー。
あなたにとって、あなたの人生は理不尽なものだったかもしれないけど、ちゃんと与えられたものはあって、それをあなたが見もしなかった事実もあるの。
だからお願い。もう幸せになってほしいの。
そのままのあなた自身を愛してあげて。
今なら私も言える。
私はシャーリーを愛しているわ。
大切な妹にして、大切な姉であるシャーリー。
二度と会えないけれど、幸せでいてほしい気持ちは変わらない。
どうか健やかでいてね。
エマ




