4人目:魔女ウィネッサと小さな命②
一通り人工生命体たちの状態を確認した後、動かなくなった生命体たちが入ったフラスコを机に移動させた。私の魔力で動き出した生命体たちは、当然魔力が切れると動かなくなってしまう。
私は使い古したファイルと羽ペンを取り出し、今日の記録をまとめていく。悲しいが、動かなくなったこの子たちがどれくらいの時間生きていられたかをまとめていく事は、今後の為にも重要だ。ファイルには今まで動かなくなった子も含め、全て生命体たちの記録が残っている。
身体の動きも、生命を維持できる長さも、少しずつ進歩していっている。今だってシュガのような人間のような姿をし、意思を持っている子を造れるようになっている。
シュガ生成の細かい記録だってしっかりとノートに残している。この記録を使えば、今後もシュガのような意思を持つ子をもっと生み出せるはずだ。
もし同じような子が出来たら、この子たちは人間のように友人関係になったりするのだろうか。ああ、気になる!
でもこの子たちを作るにはかなりの魔力が必要なので、今いきなりポンと生み出すことはできない。とりあえず今は、今いる子を大切にしようと思う。
シュガが入っている三角フラスコをそっと持ち上げる。人工生命体たちは脆く、ちょっとした衝撃で崩れてしまう者も多い。なるべく揺らさないようにゆっくりと机の上に置くと、シュガは不思議そうに私の顔を見上げてきた。
「遊ぼうシュガ、お前が元気に動き回れば、その分私は穏やかな気持ちになれる」
私がそう言うと、シュガはパァっと笑顔になる。
時々動く子たちと違い、明確に意思があるように笑ったり飛び跳ねたりするシュガと遊ぶことは最近の日課になっていた。と言っても三角フラスコから出られないシュガと出来る事は非常に少ない。
「今日はね、絵本をもってきたの。興味のあるものがあれば良いのだけど」
私はここから離れた町で買ってきた絵本を取り出す。いくつか並べて見せて、シュガが一番強い視線を向けている本を選んで手に持つ。
シュガは難しい本はあまり好まないようで、研究室の本棚に残っている複雑な記録を見せると、困ったよに首を傾げる。なので私は子供向けの絵本を買い、シュガに見えるように立てて見せながら音読をするのだ。
内容はある女の子に恋する男の子のお話だった。でもその女の子は魔女で、寿命が違う2人は最後には死別してしまう。でもおじいちゃんの幽霊になった男の子と女の子は、幽霊が暮らす町で再会するという物語だった。子供向けの、分かりやすく温かいハッピーエンドの物語。
読み終わり、本を閉じてシュガの様子を確認する。
シュガは言葉を話せない。私の言葉や、絵本の話をどれだけ理解できているかは分からない。でもシュガは瞳をキラキラと輝かせていた。
そうだ、と私は良いことを思いついて窓辺に向かう。壁に張り付く苔の中に、指の爪くらいのサイズの小さな白い花がぽつぽつと咲いていた。
私は形を潰さないように、ピンセットでつまんで小さな花を一輪摘む。絵本の中には、男の子が女の子に花を渡しているシーンがあった。渡したらどんな反応をしてくれるのか気になる。
私が三角フラスコの小さな口に花をぽとりと落とすと、シュガは慌てて上を見上げて両手を広げた。腕の中にふわりと落ちた花を抱きかかえて、シュガは嬉しそうに笑った。そして絵本の女の子のように、匂いを嗅ぐように花に顔を近づけて微笑んだ。
「絵本の内容、ちゃんと理解できているなんて賢いね」
嬉しくなった私はフラスコを撫でる。そしてシュガが寄り添ってくれる。
そんな言葉のないコミュニケーションでも、私にとっては貴重で興味深い時間なのだ。
「しかし砂糖の身体のどこに心となるモノが存在するのだろう」
本当に砂糖だけで出来ているのだろうか。
◆―――――――――◆
今日1日の研究データをまとめ終えたウィネッサは研究所の給湯室へ向かう。仕事終わり、寝る前に寝室で読書をしながら温かい蜂蜜紅茶を飲む事が、彼女の日課になっていた。
マグカップにお湯を注ぎ、沢山買いためているティーバッグの中からその日の気分にあったフレーバーをひとつ取り出す。
「あら、蜂蜜がないわね」
小さな冷蔵庫を開けたウィネッサが残念そうに呟く。そういえば前日、残り少ないからと残っている蜂蜜を紅茶に流し入れてしまったことを思い出した。明日買おうと思っていたのに、甘みたっぷりの紅茶で幸せな気分に酔いしれていた彼女はすっかり忘れてしまったらしい。
お湯にティーバッグを沈めてしまった状態でこんな事に気付いてしまったなんて残念だ。代用品がないかと棚の中を漁るが、良いものは見つからない。
この研究所が町から離れたところにあるせいか、面倒でいつもまとめ買いをしてしまう悪い癖が出てしまった。買いに行こうにももう店は開いていない時間なので、今日は大好きな蜂蜜紅茶を諦めるしかない。
「はぁ……残念だけど仕方ないわ……」
こうしている間に熱々のストレートティーが出来上がった。少しすすったが良い香りだけど物足りない味。ウィネッサはとても残念そうにため息を吐きながら給湯室から出た。
向かった先は研究室だった。電気を消した真っ暗な部屋の電気をパチリと付けると、目を閉じていたシュガが驚いて目を開いた。
目を開いたシュガはウィネッサと目が合うと嬉しそうに手を振る。ウィネッサも優しい微笑みを浮かべてシュガに手を振りながら近づいた。
そしてシュガが入った三角フラスコの前に立ったウィネッサは、何のためらいもなく熱々のストレートティーを注ぎ入れた。
「――――――ッ!!」
声は出ないが悲痛な顔でシュガが叫ぶ。
熱い紅茶を注がれてドロドロに溶けた腕を、縋る様にウィネッサに伸ばす。
「大丈夫よシュガ、貴方の記録は残っているわ。明日砂糖を買うから新しく作ってあげる」
ウィネッサは持っていたティースプーンを三角フラスコの口に差すと、クルクルとかき混ぜ始めた。崩れかけていたシュガは、みるみるうちに完全に溶けて跡形もなく消えてしまった。
「丁度シュガの中に心の核となる何かがあるか気になっていたから、そのうち分解しようと思ってたの。ああでも、おかしいわね。本当に砂糖の塊みたい。もっと研究をすれば分かるかしら」
シュガが完全に溶けたことに対してもたいして気にする様子もなく、ウィネッサは首を傾げる。三角フラスコに入っている紅茶をマグカップに戻して、息を数回吹きかけて紅茶をすする。
「うーん、美味しい! やっぱり紅茶は甘くないとね!」
やっぱり甘味は必須だ。町に買い物に行こう。
ウィネッサがそう心に決めていると、偶然ゴミ箱に目が留まった。まとめて入れられた動かなくなった生命体の残骸を見ながら、あれも明日分別して捨てないとなと考えていた。明日は少し早起きしなければ。
そう思いながら、ウィネッサは電気を消して寝室へ向かった。
◆―――――――――◆
彼女の名前は魔女ウィネッサ
好きなモノは『研究』と『甘い紅茶』




