4人目:魔女ウィネッサと小さな命①
外から明るい日差しが差し込む昼過ぎに、私は研究室への扉を開けた。
森に囲まれたこの建物の壁や柱には、いくつもの蔓が絡み合い、自然のカーテンを作っている。木漏れ日が綺麗だ。静かな部屋の窓を開けると、心地よい風と揺れる草木の音が聞こえる。
町からかなり離れた場所にポツンとあるこの研究室は、元々は生物の命についての研究をしている、ある会社が管理をしていた場所だ。初めは数人の人間が集まる小さくて怪しい施設だったのだが、研究に興味を持つ若者が増え、事業拡大と立地の悪さの問題で廃棄された。
私は元々そこで研究のサポートをしており、今は使わないからと温情でこの場所を使わせてもらっている。そのため、今は私しか出入りしていない。
でも寂しくはない。
人間は居ないが、私は1人ではない。研究室の棚にはビーカーや試験管と言った小道具、そしてフラスコに入った私が魔法で造り上げた『人工生命体』たちが居るからだ。
私の魔法は無機物から人工生命体を作るというもの。
生命というものに興味を持ち、造り上げた小さな命たちの研究と管理をしている。生み出した人工生命体たちが居るフラスコを毎日1つ1つ覗いていき、彼らの状態を確認していくのだ。
例えばこんな子たちがいる。
こちらの楕円の石は、研究所近くに落ちていた形の綺麗な丸い石で造り上げた子だ。つるりとした楕円の黒い石に込めた魔力が、目のようにチカチカ光る。時折自分の意志でフラスコ内をコロコロと転がる。
あまり傷つかないように柔らかい砂を敷いているが、少しずつ欠けている。クッションにした方が良いかもしれないが、それだとうまく動けなくなりそうで悩ましい。
こちらの液体は、不純物をろ過した清潔な水で造り上げた子だ。
地震が起きても倒れないようにしっかり固定された棚の上で、波が発生しているかのようにゆらゆらと揺らめいている。
水なのでどうしても少しずつ蒸発していってしまう。わたしは先日ろ過しておいた清潔な水を注ぎ足し、魔力を込めた。身体が少し大きくなったこの子は、喜ぶかのように大きく揺れた。
そして最近作った中で最もお気に入りなのが、粉砂糖から作り出したこの子だ。
この子は少し特別で、他の子と違い元の姿ではなく形状を変化させている。分かりやすく言えば石の子は拾った時の石の姿のままで、水の子もビーカーに入ったろ過した水そのままの姿だ。
でもこの子は、粉砂糖をワンピースを着た白い女の子の形状になるように変化させている。三角フラスコに収まるその姿は、人間が描く絵本の小人のようだ。ちゃんと二本足で歩くことも出来、5本の指を広げて私に手を振ってくれる。私が小さく手を振り返すと、小さな口を開けて喜んでくれる。
私の人工生命体生成魔法の次世代の姿と言って良いだろう。
私はこの子を特別に『シュガ』と名付けた。
この魔法がもっと進化していけば、フラスコに収まらない程大きな姿に出来たり、普通の人間のように交流出来たり、仕事のお手伝いをしてもらえたり出来るかもしれない。私はそんな未来を信じて日々己の魔法の練習、生成された生命体が長期にわたり身体を維持できるかなどのチェックを行っている。
人間と魔女、そして人工生命体たちが力を合わせて生きていく未来なんて想像するだけで素敵でわくわくするでしょう?
この研究所に携わっていた理由もそれだ。でもその研究所から追い出された理由もそれなのだ。
先ほどは温情でこの研究所を使わせてもらっていると言ったが、それは元室長の言う建前であって本当は違う。当時住み込みで働いていた私に、他の研究所に入らないように研究できる場所を渡されているだけなのだ。
悲しいかな、私の研究については少々否定的な意見が多いのだ。
「魔女『ウィネッサ』よ……貴方は命を冒涜している」
元室長に言われた言葉だ。
愛おしい人工生命体たちと、自由で穏やかな日々を楽しんでいるだけだというのにそう言われてしまった。
確かに普通の人間にとって魔法は馴染みがない。人間は時に自分たちでは絶対に成し遂げられない偉業も、私のこの小さな生命体に対する愛情も否定するようだ。
しかし『命を冒涜している』とは失礼な事を言う者たちだ。ネクロマンサーのように、実際に人間の魂を使役して好きなように生きている魔女だっているというのに。
すると三角フラスコの中にいるシュガが、心配そうな顔で私を見上げる。かつて言われた嫌な言葉を思い出して、変な表情をしていたらしい。
「お前は優しい子ね、そんな顔しないでも私は大丈夫よ。愛しているわ」
三角フラスコの中に入っているこの子を直接触れる事は出来ない。なので代わりにフラスコを優しく撫でてやると、シュガも私の手に寄り添うようにフラスコにもたれかかる。
ああ、私の可愛いシュガ。お前は砂糖で出来た生物だから、このフラスコを割って外に出したとしても、触れれば触れるほど身体が崩れてしまうだろう。
ガラス越しでは温もりさえも伝わらないはずなのに、心が温かくなるのはなんでだろう。




