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2人目:魔女ルージュと汚れなき赤②

 

 私はキャンバスの前に座り、筆を持って呪文を呟く。

 先程聞いた様々な話、彼の人となりを想像し、作り上げたイメージをキャンバスに写していく。


 キャンバスにハートの図が浮かび上がっていく。悲しみの青に染まり、苦渋の緑がポタポタ溢れている。でも勇気の黄色もまだ消えずにちゃんと残っていた。


 心は初めは無垢な真っ白な器。魔法のように何もないところから奇跡のように生み出された心というものは、儚く強い衝撃を受ければ固まった砂糖のように砕けてしまう。

 しかし成長するにつれ、心は色付き強くなっていく。成功体験は自信になり、失敗体験も時に成長への糧となる。


 しかし様々な要因でこの心のバランスを崩してしまう人間は多い。原因は病気だったり彼のように加害されたり。私はそんな偏った心の色を調整し、元の彼ららしい心に戻す仕事をしている。


 それが私の魔法、『心の染色』


 正直、対象にとってはかなり危険な魔法よ。だって私の調整次第ではもっと精神が大変な事になってしまうのだから。それでも人の心は本来魔法のようにすぐに治らない。深い傷は人の一生では塞ぎきれない事もある。


 だからこそ私は人間たちを助けたい。

 私の抱える罪の償いの気持ちを込めて、せめて他の人間たちには正しくこの魔法を使っていこうと決めた。


 私の筆から白の絵の具が滴り落ちる。深い深い悲しみの色を殆ど塗り潰し、上から前向きな明るい気持ちになる色を乗せていく。悲しみも苦しみも時には大事。だから全部は消さないけれど、生まれ変わったリィーン君ならきっと乗り越えられるわ。


自信の橙色を加えましょう。きっと不安もかき消してくれる。

落ち着きの黄緑も用意して。また皆と仲良くなれるように。

愛情の赤も必要ね。たくさんの人が君の味方になってくれる。

勇気の黄色をさらに増やしましょう。君は何も間違ってないから。


 そうやって魔法で感情の色を丁寧に塗り重ね、元気になってほしいと願うのだ。



―――――――――



 「リィーン君のお母様、終わりましたわ」


 私がそう呼びにいくと、ロッソと一緒にお茶を飲んでいた女性が慌てて顔を上げる。別れてから数時間経ったと言うのに、彼女は殆どお茶に手をつけていない。その表情はとても不安そうで、今にも崩れ落ちそうな青が滲んでいた。


「あの、リィーンは……?」


「先程のお部屋に居ますわ。まだちょっと眠たいみたいで…来ていただけますか」


「は、はい」


 殆ど手をつけていないお茶をそのままに席を立ち上がる。

 短い廊下を歩く足取りすら重そうで、自分を鼓舞するように大丈夫と呟いている。やっぱり魔法で心の調整って不安になるわよね。先程の仕事部屋の扉を開けると、女性は真っ直ぐリィーン君の元へ駆け出し、彼の両肩を揺すりながら声をかける。


「リィーン、大丈夫? 調子はどう?」


「うーん……あれ、母さん? って事は俺変われたのかな?」


 椅子にもたれかかったリィーン君が目を擦りながら目を覚ます。身体が凝っていたようで、ストレッチをするとコキ……と音が聞こえた。


「何だろう、今まで悩んでいた事が……どうでも良くなったわけではないけど、あんなに気にしなくても良かったんじゃないかって感じる。あいつらも反省してたし」


「リィーン?」


「うん。母さん、俺明日から学校へ行くよ。なんか久しぶりに友達に会いたい」


 リィーン君が笑顔でそういうのを聞いて、女性は感極まって涙を流し始める。リィーン君をギュッと抱きしめて、何度も「うん、うん」と呟いている。そんな彼女をリィーン君は驚きつつも支えていた。2人の様子を見て、私も安堵のため息が出る。


「ルージュさん、この度は本当に……本当にありがとうございました!!」


「いえいえ、変われたのは紛れもなくリィーン君が強いからですわ」


 何度も何度も頭を下げてお礼を言われて、なんだかこそばゆい気持ちになる。でも喜んでくれて本当によかった。こんなふうに喜んでくれる方が居るから、私はこの仕事を続けているのだ。


「でもお母様、忘れないでください。私は気持ちが前向きになるように調整しましたが、こういった調整は正しい発育とはいえませんわ。今後は魔法なんて頼らず生きていけるよう、リィーン君と支え合ってくださいね」


「はい……!」


 奥様の瞳に、強い決意の色が滲む。リィーン君が前向きになったおかげで、奥様も本来の強さを取り戻せたようだ。


「それでも、どうしてもと言う時は、またお力になりますわ。でももう貴方たちとこの部屋でお会いしない事を祈っています」


 その後は少しの会話の後、代金と多めのチップを頂き、入り口で2人に手を振って見送った。2人は数えきれないほど何度も礼を言ってくれた。




◆―――――――――◆




「愛しのルージュ、本日もお疲れ様」


「ありがとう、嬉しいわ」


 2人を見送ったルージュはロッソに微笑む。お互い見つめ合いながら玄関でぎゅっと抱き合うその姿は、行き交う人には仲睦まじい夫婦にしか見えないだろう。

 しかしルージュの蕩けた瞳に少しだけ影が落ちる。何かの違和感に気付いたようで、しばらく「うーん」と首を傾げている。


「ロッソ、ちょっと仕事部屋まで来てもらえるかしら?」


「うん? いいよ」


 少し様子のおかしいルージュに疑問を持ちながらも、彼女を信じ切った赤い瞳は優しく揺れる。ロッソは言われるがままに先程リィーンが座っていた椅子に座り、例のお茶を飲みながら少しだけ世間話をする。


 元々リラックスしているロッソはすぐに眠ってしまい、ルージュは新しいキャンバスと筆を用意した。そして先ほどと同様に呪文を呟き、ロッソの心のイメージ図がキャンバスに浮かび上がっていく。



 不自然なほど真っ赤に染まるハートの図に、ほんの少し憎しみの黒がにじみ出ていた。



 ルージュは何のためらいもなく、愛情の赤い絵の具でその黒を塗り潰していく。何度も何度も徹底的に。例えこの黒が滲み出す頻度が日に日に増していたとしても、無理やり感情を塗り変えられたロッソが自分を憎んでいると気付いていながらも。


「ロッソ、貴方には赤色だけで良いの」


 再び真っ赤な愛情に染まったロッソの心に満足しながら、ルージュは呟く。真っ赤な口紅が塗られた唇を、愛しの旦那様の唇に重ねた。




◆―――――――――◆




彼女の名前は魔女ルージュ

好きなモノは『赤色』と『愛してくれる旦那様』



 

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