2人目:魔女ルージュと汚れなき赤①
ここは寂れた路地裏に建てた小さな家。
仕事の身支度を整えた私は、一息をついてただなんとなく外を眺めていた。
人通りが少ないこの場所は賑やかな大通りとは別世界のように静かだ。全くないわけではないが、毎日のように外を眺めていると通りかかる人の顔を何人か覚えてしまう。他に通る者と言えば、野良猫が家の塀を飛ぶように駆け抜けていくくらい。
私はそんな場所で愛する旦那様と2人で暮らしており、普通の人間では解決出来ないある仕事をしている。
表立って自慢できない仕事ではあるが、私に助けを求める人間は意外にも多い。今日も予約済みのお客様がやって来るはずだ。
「愛しの『ルージュ』、もうすぐお客様が来る時間だよ。おや、その服は見た事ないね。とても似合っているよ」
部屋に入って来た私の愛する旦那様が、とても嬉しい言葉をかけてくれる。
着ているのは先日隣町で買った赤いワンピースだ。洋服が好きな魔女の子が1つ1つ手作りしているものだ。シンプルで落ち着いたデザインだが、控えめにつけられたフリルが可愛らしく買ってしまったものだ。彼の前では今日初めて着たというのに気づいてくれるなんて嬉しい。
「ありがとう、嬉しいわ。そろそろ仕事場に行かないとね。『ロッソ』も仕事のサポートお願いね」
「ああ、勿論さ」
私の世界で一番愛おしい旦那様……ロッソは優しく微笑み、いつものように両腕を私の背中に回してそっと抱きしめてくれる。私もロッソの胸にそっと寄り添うようにもたれかかる。
温かな心臓の鼓動を聞いているだけで気持ちが落ち着いてきた。
ああ、貴方の真っ赤で温かな愛情を感じる。
今私はとても幸せよ。
その時家の呼び出しベルが鳴る音が聞こえた。あらいけない、予約時間より少し早めに来られたみたいだわ。お客様をあまり待たせてはいけない。ベルが鳴ってすぐ、ロッソは入り口へ駆けて行った。ああ、なんて気遣いができる理想の旦那様なのだろう。
私も呆然としていられない。
私も仕事用の小道具を取り出して、仕事用の部屋へと向かった。
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先に仕事場として用意した部屋に着いた私は配置した小物や、絨毯に描かれた魔法陣が途切れていないかなどをチェックする。
白い壁紙に色鮮やかな緑の観葉植物、光が差し込む大きな窓。ある落ち着きのある色味の家具で統一し、清潔感と安心感を重視したレイアウトにしている。
魔女の仕事場と聞くとどうも禍々しいイメージを持たれるみたいで、そういう印象を与えないように意識している。私の仕事は、お客様が落ち着いた状態でないとうまく調整出来ないから。
私は大きなキャンバスボードを取り出し、その近くに1本の筆を置く。どちらも私の魔法で作られたもので、普通の絵を描くことはできない。
先日遊びに行った町に住む画家の魔女もキャンバスと筆を用いて面白い魔法を紡いていたけど、私の魔法は道具は似ていても全く別物だ。あくまでも、イメージしやすいようにこの形になっただけ。
さて、もうすぐロッソが対応をしてくれているお客様が来るはずだ。私は気持ちを落ち着かせるため深呼吸すると、コンコンとノックする音が響いた。
「今開けますわ」
そう言って私は扉を開けた。扉を開けた先に居たのは、神妙な面持ちの女性と10歳前後の男の子。親子らしい。
男の子は女性以上に暗い顔で、顔もやや俯いている。光を感じないその目は何も映していないかのように薄暗い。哀愁漂うその表情は、広場で話し合う子供達の雰囲気とは大きくかけ離れている。女性はそんな我が子の肩を優しく撫でて不安そうな顔で私をじっと見ている。
私は警戒心を与えないようににこりと笑って、室内の机の前に彼女たちを座らせる。扉を閉める前に、彼女たちの後ろで様子を見ていたロッソが頑張れとアイコンタクトを送ってくれた。
「初めまして、魔女ルージュでございます」
「よろしくお願いします。この子が電話でお伝えさせていただいた息子の『リィーン』です。リィーン、挨拶できる?」
「よ……よろしくお願いします……」
ボソボソと、こんな静かな場所でも耳を澄まさないとかき消えそうな小さな声で呟いている。でも驚くようなことではない、私の仕事はこういう子が来ることが多いのだ。
私はリィーン君に目線を合わせてにこりと微笑むと、彼は気まずそうに目をそらしてしまった。
「すみません……昔はもっとしっかりした子だったのですが……」
「あら、大丈夫ですわ。私ならきっとお力になれるはずです。しかし念の為、電話で伺った情報の確認をさせていただきます」
「はい、お願いします」
まずは事前に聞いていた情報と相違ないか確認していく事にした。
リィーン君は遠くの町にある学校の生徒だ。しかしとある理由で現在は休学中で友達とも長い間顔を合わせていないらしい。
原因は学校で起きた陰湿ないじめだ。
元々引っ込み思案な性格ではあったが、とても優しく穏やかで、正義感の強い子供だった。学校の生徒たちとも友好的な関係を築けていた。友達を家に呼んで一緒に遊んだことも多い。
しかしある時、同じクラスの生徒が本来持ち込み禁止であるお菓子を持ち込み、先生がいない時間を見計らってクラス中に配った。それを注意したがクラスメイトたちは「まあまあ」と言って無視。
それを先生に告発した結果、彼はいじめのターゲットとなってしまった。
そんな事で…? と、以前の私なら思ったことだろう。だが残念ながらいろんな人の悩みを聞く限り、いじめの原因は些細な事が多い。そもそもいじめている本人たちは悪い事をしている自覚すらない人が多いのだ。若い子なら尚更。
そしてその結果、彼は自分に自信をなくし、自発的に意見を言う事を殆ど無くしてしまった。
現在そのいじめ自体は解決している。それなりに大きく揉めたらしくて、主犯の生徒からも謝罪を受けたようだ。
しかし彼は以前の明るい性格に戻れないでいる。家でも家族の顔色を常に窺い、母親は場を明るくしようとなんとか奮闘するもなかなか上手くいっていない状態だ。その時私の事を知って、藁にも縋る思いで遠いこの町へやってきたのだそうだ。
「お話しありがとうございます。リィーン君も頑張ったね。君はとっても偉いよ」
「俺は、偉い……のでしょうか……?」
「私はそう思うわ。ねえリィーン君、君はまた以前のように自分の行動に自信を持てるようになりたい? 元気に友達と遊べるようになりたい?」
リィーン君の瞳が迷うように視線がそれる。目を伏せ、しばらく何かを考え込んでいる。
やがて目を開けて、小さく頷いた。
不安そうに揺れる瞳には、確かに本人の願いが込められていた。
「お安いご用ですわ。ではお母様、大変申し訳ございませんがこの先の魔法は企業秘密ですので待合室にてお待ちください。先程こちらへ案内してくれた者が迎えに来るはずなので」
「ええ。リィーンをよろしくお願いします」
そう言ってリィーン君のお母様は深々と頭を下げてくれた。部屋の出入り口の扉を開けるとロッソが待機してくれており、そのままお母様を案内してくれた。
1人になったリィーン君は不安そうにしていたが、真っ直ぐ私を見てくれた。最初はずっと俯いていたのに、決心がついた良い顔をしている。彼も変わりたいと本気で思っているのだろう。
「じゃあリィーン君、早速だけど……お姉さんとお茶でも飲もうか?」
「へ……?」
緊張して身体がガチガチになっていたリィーン君は、ぽかんと口を開けて呆然する。魔女が魔法をかけると言ってどんな怖い事をされるのだろうと思っていたのかな。
ずっと暗い顔をしていた彼の、本来の素の状態が見えた気がする。
ぽかんとしている彼の前で、私は事前に用意していたお茶を小さなコップに注いだ。コップに注がれるたびに甘く華やかな香りがほのかに漂い始める。
「紅茶ですか?」
「ええ、私の特製ブレンドだから名前は無いけれど。お菓子も用意しているから食べながらお話ししましょう。君の事をもっと知る必要があるから、必ず本音で答えてね。答えたくない事は何も言わなくていいわ」
「わ、分かりました」
肩の力がガクッと抜けた彼は出鼻をくじかれた気分なのだろう。でも私がする質問に、戸惑いながらも答えてくれた。
この話は、彼の人となりがどんなものか知るために重要だ。
普段家で何をしているのか、試してみたい事はあるか、彼が自覚している彼自身の性格はどんなものか、母親や友人をどう思っているか、好きなモノは何か、何故それが好きなのか。
簡単な質問から少し難しいものまで聞いていき、少しずつ彼のおおよその性格を分析していく。そしてこの質問には時間稼ぎという意味もある。
このお茶には鎮静効果がある薬草と、眠気を誘発させる薬草をブレンドしている。甘い香りとお菓子、ゆったりとした会話で彼は緊張感がほぐれてきていた。
しばらくするとリィーン君はうとうとし始め、魔法でゆっくり瞼を閉じさせてあげると眠ってしまった。
「では、『心の染色』を始めるわ。リィーン君、待っててね。目が覚めた時には生まれ変わった気分になっているはずよ」




