6人目:魔女レムと永遠の呪い③
ヘゼグさんと別れた後はいつも通り家事をしたり、畑に水やりしたり、野菜の状態の確認などをしていたら時間が過ぎていった。
俺はいつも通り書斎に籠るレムを引きずり出して風呂場へ運び、彼女の髪を乾かしてやる。乾かしている間、レムは瞼を半分くらい閉じながらコクリコクリと船を漕いでいた。やはり睡眠不足なのだろう。
俺は眠気眼のレムの手を引き、彼女の寝室のベッドに寝かせる。布団を肩までぱさりとかけてやると、目を開けるのもやっとな様子で俺の顔を見上げてくる。……でも、きっと少し寝たら昨日のように起きて作業するのだろうな。そう思うと胸が苦しくなる。
『おやすみ、ハルモニア君』
震える手で綴られたミミズのような文字が書かれた紙が、目の前でふよふよと浮く。
「おやすみ、レム。愛しているよ」
俺がレムの手を握りながら優しく囁くと、レムはにこりと少し寂しそうな笑みを浮かべる。そして意識が切れるかのように、すぐに眠ってしまった。しばらく待って起きる様子のない事を確認して、俺は部屋の電気を切ってレムの部屋を後にする。
そして書斎へと向かい、ある魔法が書かれている本について探す。
書斎は片付けるのが面倒なのか本が乱雑に置いてあった。広い書斎であるのに、ここ2、3年更に魔導書を買い込み、本棚に収まりきらない状態だ。部屋の隅に収まらない本のタワーが出来ており、改めて見るとため息が出る。これでは目的の本1冊探すのも大変だろうに。
いつもならただ呆れるだけだが、今の俺にとっては悪い状態ではない。これなら数冊本を拝借してもバレないだろう。
書斎の本はある程度『見る本』と『見ない本』に分けられているみたいで、俺が探していた本は『見ない本』の中に分類されていた。やはり早々に案から外されていたか。
実はレムの呪いを解く方法には1つだけ心当たりがある。
ただしそれはとても危険な方法だ。成功するか分からないから試すのがずっと怖かったが、ヘゼグさんの様子を見ると可能性はある。
レムに昔教えられたことがある。この世にはあらゆる魔法や創造物があるが、基本的に1から0にすることは難しい。
分かりやすく言えばここにある本だって完全に消すことは難しいという事だ。破っても消えはしない。燃やすにも全部塵になって消えるまで意外と時間がかかる。それなりのエネルギーが必要だ。強いものなら尚更。
なので強力な呪いを無かったかのように消し去るには相応の魔力と魔法技術が必要だ。レムにそれができないなら俺は一生かかってもできないだろう。
でも例えばその呪いを消すのではなく、そのまま別の者に移すだけなら、俺にだってできるかもしれない。
―――――――――
そして……俺がレムの呪いをなんとかすると覚悟を決めてから5年の月日が流れた。
本当はすぐにでもなんとかしたかったが、当時の俺では力不足だった。失敗は絶対に許されない。念入りに準備をした。レムがヘゼグさんから購入した道具の残りを少しずつ収集したり、魔法の勉強もした。
レムも少々不思議がっていたが、俺はここに来た時から魔法に興味津々でいろいろ聞いていたので『自分でも出来るようになりたくて』とごまかした。とは言え最初は警戒されて、数ヶ月は怪しげに見られた。
レムが使っているような道具を浮かせる魔法など、初歩的な魔法でも使えるようになったときは嬉しかった。純粋に喜んでいる俺を見て、レムも得意げな顔をしていたくらいだ。
そして覚悟を決めたこの日の夜空はスーパームーンだった。
月は膨大な魔力を秘めているらしく、太陽が隠れた夜にこそ魔法は真価を発揮する。特に年に数回だけあるスーパームーンの日は、儀式をやるのに向いていた。
レムも今日、自分の呪いを引き剥がす為に魔法の儀式を行うはずだ。例えそれが成功率が著しく低くても。
そして俺も彼女に内緒で、ゆっくり用意していた魔法を発動させる。スーパームーンに2人の魔法……今までより成功率は上がるはずだ。特に俺の魔法はレムが使わない特別なものだ。
魔法陣を書く作業にも随分と慣れたものだ。
大丈夫、きっとうまくいく。
意識を書斎の方に向けると、ピリッと強い魔法の気配を感じた。俺も魔法陣の中央に置いた椅子に座り、数えきれないほど練習した呪文を唱え始める。
チョークで描かれた魔法陣は、目を開けられない程強く輝き始め、適切に配置した魔法具たちも呼応するかのように動き始める。呪文が終わりに差し掛かってきた頃、酷く禍々しい何かが背後からまとわりついてくる感覚がした。
思わず背筋がぞくりとした。何も見えないのに、何かに凝視されているかのように落ち着かない。
肌にまとわりついてくる目に見えない強烈なエネルギーの塊からは、強い憎悪と悲しみを感じた。それがしばらく全身を這うように蠢く気持ち悪い感覚がした後、突き刺さるかのように強い痛みを伴いながら内部へ入って来る奇妙な感覚がした。
「があ、ああ”あ”あ”ぁぁああ!!」
全身の血が沸騰するかのような、感じたことのない類の強烈な痛み。死ぬほど痛いとはこんな感覚の事を言うのだろう。あまりの痛みに気を失いそうだが、それでも必死に意識を保って最後まで呪文を唱える。
全身から吹き出す汗が、身体が熱いからなのか得体のしれないものが入り込んでくる恐怖からくるものなのかは分からない。明日の俺がちゃんと生きているかどうかも分からない。
だけど一つ確かな事がある。この感覚、間違いない。俺の魔法は成功したんだ。俺は真っ青の顔で笑みを浮かべた。
命を救われた事に見合う恩返しは、命で恩を返すこと。
俺はようやくレムに本当の恩返しが出来たのだ。




