6人目:魔女レムと永遠の呪い②
『美味しかった。洗い物よろしく』
朝食を食べ終えたレムは、まだ中身の残るコーヒーを片手に持って書斎へと歩いていく。
おそらく昨日の晩同様、魔法の研究をするのだろう。目に隈だって出来ているほど疲れているのだからもっと休んでほしいのに、そう伝えてもきっと行動を変えないだろう。
心配そうに後ろ姿を見つめる俺の事に気付いていないのか、はたまた気付いていても筆談が面倒なのかわからないが、無情にもリビングの扉がバタンと閉まる。
「昼食後も夕食後も、きっとこうだろうな……」
俺はずしりと暗い気持ちになりながら、使われた食器類を黙々と洗う。その後は部屋の清掃などの家事を一通りしていった。
ここに来た頃はああではなかった。あれしろこれしろと色々指示を出され、彼女の機嫌に振り回されては慌ただしい日々だった。
確かに昔も魔法の研究自体はしていたが、合間合間にやっていたというか……あそこまで必死にのめり込んでいなかった。彼女が部屋に籠って研究三昧の日々になってからというもの、俺は自由時間が増えたが心に穴が空いたように寂しかった。
―――――――――
呆然と掃除をしていたら、突然玄関の扉がノックされる音が響く。ああそうか、今日は来客が来るとレムが言っていた気がする。
危険な森に囲まれた不気味な家に来る人なんて滅多にいない。扉の向こうのお客様は誰なのか予想は出来ていた。俺は掃除道具を適当に片付けて、慌てて扉を開けた。
「どうもどうも~、ハルモニア氏。3日ぶりくらい~?」
「いらっしゃいませ。『ヘゼグ』さん」
扉を開けると黒い丸眼鏡をかけた胡散臭い商人の男性、ヘゼグさんが居た。
レムと知り合いらしく、知らない間に発注した魔法具を持ってきてくれる人だ。
といっても最近レムは書斎に籠りっぱなしなので、彼の対応はほぼ俺の仕事みたいになっている。お代はすでに払っているみたいで基本的に物を受け取るだけなのだが。
「狼も出る森を歩いてくるのは疲れるでしょう? お茶の用意出来ていますのでご一緒にどうです?」
「いやぁ、レム氏のテリトリーに入ってしまえば危険ゼロなので案外平気ですよ~。でもお茶は貰います~」
俺は常備しているお茶をティーカップに注ぎ、ヘゼグさんの前に置く。ついでに昨日息抜きに作っておいた野菜クッキーも大皿に盛り付け、テーブルの中央に置いた。
お互い人と関わる機会が少ない生活を送っているので、来るたびにこうしてお喋りをする間柄になっている。もう友人のような距離感なので遠慮なくクッキーを口にぽいぽい運んでくれる。
「んじゃ、僕も渡すもの渡すね~。えっと、これとこれと~更にこれ~」
そう言いながら小さな小道具や何かの薬品のような小瓶を並べていく。レム程詳しくないが、彼が持ってくる道具についてそれなりに教えてもらっているので用途は分かる。殆どが儀式に使う器具だったり魔力を高める薬品だったり……まあ魔法に関する道具だ。
「今回も多いですね……」
「おかげで僕もガッポリ~。レム氏は太客まじ感謝~」
それにヘゼグさんが来客する頻度も多くなっている昔は1~2週間に1度くらいだったのに、少しずつ頻度が増えていき、今では週に2、3回くらい来る。
「ヘゼグさんは、最近レムがよくこういう道具を頻繁に買う理由って知っていますか?」
ヘゼグさんとレムがいつどこで連絡しているのか知らないが、こうして定期的に物を運んでくれるので何かしらのやり取りはあるはずだ。俺が知らないことも、もしかしたらヘゼグさんなら知っているんじゃないかと期待を込めて聞いた。
「ん~? 理由は知らないけどめっちゃ呪いを解きたがっているっぽいよ~」
「……やっぱりそれですか」
レムが喋らず、筆談するのには理由がある。
彼女は喋れないのだ。
昔の彼女は結構悪い魔女だったみたいで、『ネクロマンサー』と呼ばれる魔女だったらしい。
なんでも彼女は生きた人間の魂を拘束し、使役するという凶悪な魔法の使い手で、人間社会に大きな被害をもたらした。その事に怒った大昔の人間たちが、命をかけて彼女に呪いをかけたらしい。
力の強いレムを呪い殺すことはかなわなかったが、魂を使役するのに必要な呪文……つまり『声』を奪った。
大きな犠牲を払って作られた強力な呪いは、生きている限り一生解けない永遠の呪い。強大な力を持つ魔女は人間より遥かに寿命が長く、年を取るのが非常に遅い。彼女は今後もずっとその呪いに苦しむことになる。
今のレムは、物を浮かせる程度の簡単な魔法しか使えず、脅威でなくなった彼女を人間たちはこの森へ追い出したと言われている。僕が生まれる前の、本当かどうか分からない昔話だ。
でも彼女が声を発することが出来ないのは事実なようで、ヘゼグさん曰く、当時の彼女はすごく荒れていたらしい。今は大人しくなったそうだが、それでも呪いを解く方法をずっと探しているのだとか。
「声だけ奪うと聞くと大したことないように聞こえるけど、あれはとんでもない呪いだよ~。人間たちを恐怖に陥れたとんでもない魔女の力をほぼ全て奪ったと言って良い。多数の人間が犠牲になったのもウンウンってなる。今のレム氏は大した魔法も使えないしあの呪いは絶対に解けないだろうね~」
「なんで呪いを解こうとしているかって知っています?」
「知らね~」
ぽーいとクッキーを口に放り込みながらヘゼグさんは笑う。
レムが今必死になっている事も、自分には関係ないと言いたげだ。ヘゼグさんの曰く、発注が増え始めたのはここ2、3年くらい。そこから更に頻度が多くなってる。
レムは見た目こそ可憐な少女だが俺なんかより丈夫な体をしている。多少の疲れで倒れることはない。それでもこんな生活をしていたらいつか倒れてしまう。精神的にも負担は大きい。
「ヘゼグさん、レムの呪いを解く方法はありますか?」
「止めなさい」
ぴしりと空気が僅かに冷える感覚がした。
それまでニコニコしながらクッキーを頬張っていたヘゼグさんが、真面目な顔をして俺の目をじっと見つめる。
「ただの人間が対処できる代物ではない」
まるで俺が何をしようとしているか分かったかのように、眉間にやや皺が寄り、本気で咎めている様子が窺える。
「どうしても駄目ですか?」
「駄目。そんなの教えたら僕はレム氏に殺される」
「という事は方法自体はあるって事ですね」
「あっ!!」
しまった、と慌てるヘゼグさんに思わず笑いそうになってしまう。そんなのもう、肯定しているようなものではないか。
ああ、良かった。この世にはレムの呪いを……彼女の苦しみを解く方法が存在する。そしてそれが、とても危険なものだという事も伝わった。でも、彼女が笑顔になれるならそれで良い。
「むわー、僕知らねー!! この事内緒にしてね。バイバイご贔屓にー!!」
ヘゼグさんはお茶を一気飲みして荷物を持ってダッシュで出ていった。ちゃっかり口に詰められるだけクッキーを詰めて。俺は慌てて帰るヘゼグさんの後ろ姿を見ながら深々とお辞儀をした。




