5人目:魔女リンネとユリの花②
広場に戻った僕は仲良さそうに寄り添い合うカップルに嫉妬しながら露店を回っていった。
お土産に興味はないので、とりあえず美味しそうな軽食をいくつか買い、備え付けられているテーブルに置く。ユリの花は食べかすで汚したくないのでテーブルの端に置いた。
中央のステージからラブソングのジャズが流れてきて、なんとも言えない気分になりながら買ってきたフランクフルトにかじりつく。いつかリンネさんと食べ歩きしたいなぁとぼんやり考えながら肉のうまみを堪能していた。
特に予定もないので数時間音楽を聞きながらぼーっとしていたが、結局リンネさんは姿を現さなかった。演奏家たちもアンコール含めて公演を終え、楽器を片付けていく。
露店はまだ開いているが、これは待っていても来ないだろう。もう一度リンネさんのお店に向かうかと席を立ち上がった。
「おやミライ君、随分辛気臭い顔しているね」
声をかけられて振り返ると、そこには町長が立っていた。そういえば町の代表としてステージで司会をしたりしていたっけ。
町長と僕の祖父母は仲が良いので、たまにこうして話しかけられることもある。町長という肩書だが、実際に話してみるとフレンドリーで気立てがいいおじさんだ。何かを察したのか慰めるように僕の肩をポンポン叩いた。
「その花は……リンネさんの店のものだね。ミライ君も貰ったのかね」
「え……リンネさんを知っているのですか?」
リンネさんは勝手に店を開いているし町長には内緒にしておこうと皆が言っていたから、町長がリンネさんを知っている事に少し驚いた。
「そりゃ、その花を持っている人がそこら中に居るからね。というか私も立ち寄ったことがあるよ」
「あー……」
言われてみれば見渡すと男女問わずいろんな人がユリの花を持っている。この町でユリの花を扱っているのはリンネさんだけだ。となればあの花を持っている人は全員リンネさんの店に行ったという事になる。
大きく目立つ花は、香りも強いし隠すのも困難だ。来客も年々増えているのでそりゃあいずれバレるか。
「ええと……じゃあリンネさんが無断で店をオープンしていることも知っていたりします?」
「勿論。この町はそんなに広くないし出店申請の書類は私は全て目を通しているからね。あんな特殊なものなら印象に残るし」
「あっ、じゃあ見て見ぬふりしてくれている感じですか?」
ちょっと茶化すように聞いてみる。大声で言えないが本当に見て見ぬふりしてくれているなら正直助かる。
町の人も喜んでいるし、何よりリンネさんが嬉しそうに笑っているのだ。彼女は以前、毎年この町に来るのが楽しみだと言っていた。年に一度だけなのだし、今後も見逃してもらえないかなと淡い期待を抱いていた。
町長は何か言いづらそうに口をもごもごさせている。ああ、やっぱり町長という立場上『はい』とは気軽に言えないよな……。
「見て見ぬと言うか彼女はおそらく……いや、なんでもない。ところでミライ君、君は今日の祭りがなんの祭りか知っているかい?」
余計な事言ってしまったかもしれないと密かに反省していたら、予想外の言葉が飛んできて面を食らう。
「そういえば知らないですね……」
夏祭りやクリスマスみたいな一般的によく聞くお祭りではない事は知っている。祭りは祭り、露店が沢山並んでなんだかめでたい一日だと、幼い頃から走り回るだけで深く考えたこともなかった。
「正式な名前がないが私たちは『霊来祭』と呼んでいる。この土地は不思議な場所でね、年に一度この日の夜になると、幽霊がやって来るのだよ」
「へ? 幽霊!?」
そんな言葉が出てくるとは思わず、間抜けな声が出てしまう。
町長は人差し指を口元に当てて、しーと小さく言う。いつものにこやかな表情ではなく、真剣な眼差しを僕に向けている。思わず唾をごくりと飲み込んだ。
「しかも幽霊がやって来るだけではない。いや、やって来るというのはある意味正しくない表現だ。正確にはこの日の夜に限り、幽霊が元の人間の頃の姿に戻り他の人間たちと交流出来るという日らしい。幽霊たちを友好的に迎え入れようという意図で、この祭りが開催されるようになったのだ」
「なんですかそれ……聞いたことないですよ。というか、いきなりすぎて信じられないです。本当なんですか?」
「本当の事だ。私も幼い頃幽霊と交流したことがあるし、私と同じくらいの年代の者も同様だ。ただここ数年はそれらしい存在の姿は確認できず、怖がらせないように若い者には言わないようにしていたのだよ」
にわかに信じがたい話である。普段の俺なら、絵本を聞いているような軽い気持ちでその言葉を受け取っていただろう。でもある疑惑が脳をよぎり、胸の奥に重石がのしかかるような感覚がした。
町長はリンネさんの事を聞いてこの話をし始めた。つまり何が言いたいのか、なんとなく分かってしまった。
「でも……彼女が幽霊とは思えません。彼女とは毎年会話をしていますし、僕には魔法の使える普通の女性のように見えます。彼女も自分が幽霊であると語った事もない……」
「……これは確証を得ない情報だがね、何度か幽霊たちと交流して思ったのは『幽霊たちは自分が幽霊であるという自覚がない』という事だ。若い子に祭りの意味を言わないのは、今晩の現象の事を言うと子供たちは幽霊たちをからかうかもしれないという理由もある」
「……」
またまた冗談を……と茶化すことが出来なかった。町長の言葉を全面的に信じたというわけでもないが、言われてみれば今までリンネさんについて腑に落ちない点はいくつかある。
リンネさんとは毎年会っているが、彼女はいつも突然あの家に現れる。町の外から歩いてやって来る姿を見たことは一度もない。何年も会っているのに歳をとっている様子もなく、美人のまま。
それに生真面目で博識の彼女が『申請の仕方が分からない』からと無断で店を開いているのもずっとおかしいと思っていた。僕はあの言葉の意図を今まで勘違いしていたかもしれない。
「ミライ君、その……実は君の母親から相談を受けていてね、君の気持ちは尊いものだが深入りし過ぎは良くないかもしれない」
それは、リンネさんに対する恋心の事を言っているのだろうか。
友人に相談すると笑われそうで、母さんにはその事を何度か相談したことはある。恋心を抱いているとは直接言っていないが僕は分かりやすいらしく、ちょっと相談しただけでリンネさんに対する気持ちがバレてしまった。
町長は祖父母と同世代だ。母さんも祖父母からこの祭りがなんの祭りか聞いているかもしれない。母さんも、今の僕が想像している事を思ったのかもしれない。
「あの……お話を聞かせていただき有難うございました!」
僕は町長に一礼をした後、走ってその場を後にした。この胸の奥に渦巻くモヤモヤをなんとか解消したくて、リンネさんの店に向けて走った。




