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5人目:魔女リンネとユリの花①

 

 今夜は年に一度のお祭りの日だ。日が暮れ始め、町中に飾られたランプが点灯し出すのが開催の合図だ。


 特に人が集まる広場にはお洒落な露店が立ち並び、お土産や飲食の売買を行っていた。中央に設置してあるステージでは、この日のために集まった演奏家たちによる軽快なジャズミュージックが響き渡る。

 笑顔の人々はその演奏を聞きながらリラックスしたり、友人と語らいながら食べ歩きをしたりと様々だ。


 そんな広場を僕は駆け抜けていく。行き交う人にぶつからないように避けながら、露店もステージも気にすることなく真っ直ぐ広場を横断する。さらに細い街道をずんずん進んで行った。この道ももう慣れたものだ。


 しばらくして目的地の民家の前に着いた。

 扉越しでも分かるほど、爽やかで心地よい花の香りがする。この香りで、扉の向こうに会いたかった人物がいるとすぐ分かる。何故ならこの花はこの辺りでは自生していないからだ。


 僕は緊張を表に出さないように深呼吸をして、扉にノックをした。


「どうぞ」


 扉の奥から聞こえた声に、思わず表情がパァと明るくなる。すぐにドアノブを握り扉を開けた。


「お邪魔します、『リンネ』さん!」


 カラン……とドアベルの音が室内に小さく響く。今朝までは普通の民家だったのに、いつの間にか内装は小さな花屋さんに変わっていた。

 室内は綺麗に掃除され、花模様の異国の絨毯が敷かれている。壁に設置された台の上には沢山の花が置かれていた。沢山と言っても1種類のみで、リンネさんは毎回同じ品種の花を持ってくる。


 この辺りでは咲かない大きな白い花、確か名前はユリ。


 奥には花瓶が置いてあるカウンターテーブルが設置されており、その後ろ側に魔女リンネさんが立っていた。


「ご機嫌よう『ミライ』君。いやはや、今年も来てしまったよ。元気にしていたかい?」


 リンネさんは読んでいた本をぱたんと閉じて、僕の姿を見るとにこりと可愛らしく微笑んだ。その顔を向けられるだけで、嬉しくて胸がドキドキする。


「はい! 今年もリンネさんに会えて嬉しいです!」


「はは、元気でよろしい。相変わらず君は愛いやつだ」


「愛いやつって……か、可愛いのはっ、リンネさんの方だと思いますけどっ……! ずっと前から老化の概念知らなさそうなくらい美人だし……」


「おやおや、そんな事言われたら照れてしまうなぁ。ところでこれは君が置いてくれたのかな?」


 そう言ってリンネさんはカウンターの隅に置いてある花瓶を指さす。


 僕が家から借りてきた花瓶だ。花瓶には僕が今朝摘んだ、この辺りに自生する小さな花が生けられている。リンネさんは花が好きと以前から言っていたので、喜んでくれるかなと思って置いたものだ。


「はい、いつも来てくれて有難うという意味で、その、プレゼントをと……。もしかして勝手に入って迷惑でしたか?」


 「いや、ここは私の家でもない。ただの空き家なのだから良いんじゃないか? プレゼントか……では有り難く頂いておこうかな」


 そう言ってリンネさんは、目を細めて花の葉っぱを指で優しく撫でた。ああ、僕は本当に彼女の笑顔に弱い。絵になるような美しい光景に、胸の高鳴りが治らないのだ。


 そうだ、こんなところでボーっとする為にここに来たわけではない。今回こそ彼女に一緒に広場に行こうと誘うんだ!


 リンネさんは年に一度の、この祭りの日のみ町にやってくる。そしてこの空き家で毎年小さな花屋さんを開いているのだ。

 勝手に空き家を使って良いのか疑問だが、リンネさん曰く申請の仕方が分からないらしい。まあ誰も気にしていないし、異国の花という珍しい物を持ってきてくれるので皆町長には内緒にしている。


 本人にはまだ言えていないが僕はリンネさんに片想いをしている。悲しい事に脈はなさそうだが諦める気もない。彼女とは年に一度しか会えない。今晩が数少ないチャンスだ。


「あのっ……」


 僕が声を上げた瞬間だった。

 後ろから扉が開く音と、ドアベルの音が聞こえた。


「あっ、やっぱりリンネさんだ! ミライ君が走っているの見かけて今年もオープンしたのかなと気になって来ちゃった」


 若い女性たちが数人室内に入ってきた事に気付き、僕は思わず喉の奥から出かかった言葉を吐き出さずにそのまま飲み込んだ。入ってきた女性たちは入るや否や飾ってあるユリを眺めたり、気持ち良さそうに香りを堪能したりしている。


 彼女たちも僕と同じで毎年ここにやってくる常連だ。そして、まああれだ……恋バナ大好き集団だ。

 もし僕が、彼女たちの前でリンネさんに一緒に広場を回ろうと誘うと、絶対翌日にはこの事実が近所中の奥様方に広まる。そんなの恥ずかしくて耐えられそうになく、毎年誘えないままだ。そして今年もそうなりそうだ……。

 

「いらっしゃい。好きな花を持って行っておくれ。お代は要らないよ」


 リンネさんは周りにあるユリの花に手を向けながらにこやかに言う。入ってきた女性たちは礼を言うと、すぐにどのユリにしようかと話し合いながら選んでいる。


「リンネさん、毎回思うんですけどお代もらった方が良いですよ。お花だってタダじゃないでしょ」


「私の懐の心配をしてくれるのかい? でも問題ないよ。無理のない範囲しか用意しない。それに前にも言ったが私は魔女……けっこう強い魔女だ。植物の急成長はお手のもの。それなりに稼いでいるし心配は不要だよ」


 そう言うとリンネさんはカウンター裏からユリの球根を取り出し、手のひらに乗せる。目を瞑り呪文のようなものを呟くと、球根が淡く発光し始め、にょきにょきと芽が伸び始める。


 リンネさんの植物を急成長させる魔法だ。自然には決して見る事の出来ないこの光景は、何度も見ているが本当に不思議だ。わずか1分程度で可憐なユリの花が咲いた。


 どこからか取り出したハサミで茎を切り、先ほどのユリの花を俺に差し出す。


「プレゼントのお返しだ。感謝と祝福の気持ちをいっぱい込めたつもりだ」


「あっ……有難うございます……!!」


 僕も先ほど来た女性たちのように、毎年リンネさんからユリの花を貰う。特別花が好きなわけではないが、リンネさんから貰ったものとなると話は別だ。

 花に顔を近づけ息を吸うと、天にも昇りそうなほど爽やかで甘い香りがする。この魔法で急成長したユリの花は、日付が変わると花に込めたリンネさんの魔力が切れて消えてしまう。それでも僕にとっては大切な宝物だ。


 そうやって話している間に、いつの間にか店内に人が増えてきた。

 珍しい異国の花はこの祭りの知る人ぞ知る名物みたいになっており、無料という事もあり年々来客が増えている。リンネさん本人と話したがる人も多く、僕はだんだん隅に追いやられていく。


 リンネさんは来る人が増えて嬉しそうだけど、僕はその分2人きりでいる時間が短くなって複雑だ。とはいえリンネさんが喜んでいるこの状況でわがままも言えない。会計もないので僕に手伝えることもない。


「えっと……僕は広場に行きますね。リンネさんも時間が出来たら是非広場に来てください。露店がいっぱいあって見て回ってるだけで楽しいと思うので」


「うむ、まあ余裕があればね」


 リンネさんは手を振りながらそう返事をしてくれた。多分今年も広場に現れないだろうなと思いながら、僕も手を振って店を出た。


 ああもう、今年こそはと思ったのに結局誘う事さえできなくて恥ずかしい。僕は自分の情けなさに大きなため息をつきながら広場への道を歩きはじめた。



 

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