お腹を壊したとき、となりに居てくれたのは彼女だった。
私には彼女がいる。今まで散々な目にあったが、それでも彼女のことが好きだ。なぜなら、私がお腹を壊したときに心配してくれたからだ。
だから、好きだ。
私は高校生のときに、初めて訪れた彼女の家でひどくお腹を壊した。間違いなく、破壊的な下痢の予感だった。
しかし、初めて訪れた彼女の家。
到着してまだ40分しか経っていない。
トイレの場所は――、リビングを出てすぐだ。
私は「(終わっ……た)」と確信した。高校生というカッコつけたいお年頃の男子が、初めて訪れた彼女の家で下痢をする。しかも、トイレはリビングのすぐ側だ。確実に、破壊的な音を聞かれてしまう。
だがしかし、我慢したところで「彼女の家でトイレを借りる」以外に案が無く、腹をくくってトイレを借りるしかなかった。
グッバイ。カッコいい俺。
おはよう。下痢クソな俺。
私は意を決して、「お……お腹壊したかもしれない。少しトイレを借りていい?」と彼女に問いかけた。
確実に、大きな爆弾を抱えているのに、「かもしれない」といったのは、最後の足掻きだ。音のならない下痢ならば、まだ挽回のチャンスがある、と私は考えた。
彼女は「いいよー。トイレは出て左にあるよ」と言って、テレビのチャンネルに手を伸ばした。
私は立ち上がったが、極力、下痢を我慢している素振りを見せないように、「ありがとう。あーそう言えばお昼ご飯なに食べようかー?」と言った雑談をしながら、ゆっくりとトイレへ向かった。
結果は、惨敗だった。
私の尻から酷いオーケストラが飛び出した。
トイレを出た私は、震える手でドアノブを掴み、「(あれ?ドアノブって――、こんなに冷たいものだったかな?)」としばらく立ち尽くし、覚悟を決めてリビングの扉を開けた。
すると彼女は「お腹大丈夫だった?大正漢方胃腸薬飲めば治るよー」と薬と水を用意してくれていた。
「(あ、この人と結婚しよう)」
私が彼女に愛を誓った瞬間だった。
◇
その日から、私の彼女に対する気持ちは変わっていない。むしろ、彼女の人生の全責任を負おうと努力を続けている。
彼女は境界知能だ。暗黙のルールが分からないし、人がなんとなくできてしまう事もできていなかったりする。それに加え、糖尿病や脂肪肝といった持病もある。
それでも、私は彼女の人生に責任を持つ。
彼女の優しい世界を守るためなら、何でもする。
なぜなら、お腹を壊したときに、となりに居てくれた初めての人が彼女だったから。
彼女からすると、それは特別な優しさじゃなかったのかもしれない。でも、修羅と呼ばれた私にとって、あの優しさは世界を変えてしまうほどのものだった。
これからも、彼女とずっと生きていけたらいいなと思う。去年読んだ、『狐になった奥様』の結末がチラつくけれど、それでもやり通さなければならないと思う。
一抹の不安に、人生を支配されてはいけない。
今年も、頑張ろうと思う。




