聖晶同盟視点・毒沼の真実と、正義が踏み外した日
時は戻り――聖晶同盟の視点から描かれる序章です。
彼らは決して悪ではなく、善意と正義のもとで行動しています。
聖晶同盟の軍議室は、
磨き抜かれた水晶柱の反射で、淡く輝いていた。
曇りも欺瞞もない
――そうでなければ、正義を名乗れない。
「……報告を」
静かに口を開いたのは、聖騎士フィンだった。
白銀の甲冑。
光を宿す大剣。
誰よりも規律正しく、誰よりも正義に近い男。
「帝国右上スライス、クアトロ領。
領域国境付近を毒沼化。
第三次聖戦の侵攻ルートは街道ごと腐食」
ざわめきが走る。
だが、動揺はすぐに抑えられた。
ここに集められているのは、選ばれた者たちだ。
「帝国も破れかぶれか?」
「いや、過去もクアトロ公爵は同じ戦略を使った」
その声を制し、
玉座脇に立つ聖女ルミナが一歩前へ出た。
淡い光を纏う白衣。
祈りの象徴であり、
同時に――フィンの幼馴染。
「……放ってはおけません」
彼女の声は、震えていなかった。
だが、胸の奥では、何かが軋んでいる。
「意図的に土地を殺し、毒沼を広げるなど
神に対する冒涜です」
水晶板に映し出される映像。
戦場後で溶け落ちた兵士の鎧。
腐敗した大地は、
一度踏み入れた者を二度と同じ場所へ戻さなかった。
「クアトロ公爵に、
自領を統治する資格はありません」
その言葉は、
聖晶同盟の理念を真正面から刺激した。
――民を守るための正義。
放置すれば聖晶同盟の正当性が揺らぐ。
「そうだ、聖戦は為されねばならない……」
フィンの拳が、わずかに震えた。
ルミナは、それに気づく。
幼い頃から、ずっと。
彼が怒る時、
それはいつも誰かを守るためだった。
「聖女様、現地確認を要請します」
召喚士ミリィの提案に、
ルミナは一瞬、視線を伏せた。
嫌な予感が、確かにあった。
だが、聖女は退かない。
「……行きます」
フィンが即座に言った。
「俺が護衛する」
それは命令でも、儀礼でもない。
ただの、当然の選択だった。
(俺が適任だ!)
フィンの向かい側で竜騎士レインが唇を噛む、
先に声を上げるつもりだった。
この男はいつも当たり前のように聖女に寄り添う。
――名もつけられない感情が、胸を締めつけた。
「俺も行こう!」
レインは一歩遅れて申し出た。
「では、レインは後方で待機、
異変が生じたら飛竜で報告してください」
(くそっ、俺はただの傍観者だと思うな
……ルミナには、俺が相応しい――)
◇ ◇
毒沼――クアトロ領前線
一歩踏み入れた瞬間、
世界が腐っていると理解した。
空気が重い。
大地が、呼吸しているように脈打つ。
一人の男の手が地面に触れるたび、
毒沼が広がる。
「聖騎士が俺の領地に何の用だ?」
「クアトロ公爵、この毒沼は何の真似だ、
領地を跨いで広がっているではないか!」
「……散々人の領地を荒らしておいて
何言ってやがる。
ここから先は通す気はない。
帰れ。これ以上、死体を増やすな」
「……神よ」
ルミナが祈りを捧げた、その瞬間。
毒沼が、爆ぜた。
「ルミナ!」
フィンが叫ぶ。
遅かった。
紫黒の泥が噴き上がり、結界を貫いて、彼女の脚を侵す。
ジュワッという音とともに、皮膚が溶け始める痛みが、
ルミナの祈りをかき乱す。
「ぐっ……!」
ルミナは膝をついた。
フィンは即座に抱き寄せる。
「大丈夫だ、俺がいる!」
その声は、聖騎士のそれではなかった。
幼馴染の悲痛な叫びだった。
「――俺だって後がねぇ。
四天王剥奪がかかっている。
聖騎士フィンをやれれば面目躍如だ」
クアトロは黒鏡を取り出すと呪文を唱え始める。
鏡の淵から次々と黒い触手が飛び出し
腐食を始めた地面に突き刺さっていく。
「なに……あの禍々しい魔道具は……?」
彼女の祈りが、解析を始める。
その結果が、
致命的な隙を生んだ。
「……ジューク・フラスト・ノイエン。
封じられた腐食を解放せよ――」
クアトロは、突然顔を歪めて呪文を中断した。
鏡面からおびただしい数の触手が溢れていく。
「……ちくしょう、魔道具が暴発しやがった……
俺のせいじゃねぇ……」
その呟きは、誰にも届かなかった。
クアトロ公爵は総大将でありながら、
責任逃れの捨て台詞を吐いて逃げ去っていく。
最前線で四天王が信じられぬ暴走をした。
敵も、味方も、次々と弾けた毒沼に飲み込まれていく。
毒沼は風の術式と共に、広範囲に飛び散った。
鋭い風は身を刻み、
傷口から腐敗の毒が侵入する。
「許せない……!」
フィンの目が、完全に怒りに染まる。
「悪夢のような光景だ!聖女を傷つけ、
民すら犠牲にする領主など……!」
ルミナは、止めたかった。
だが、穢れのない肌に、毒の変色が広がっていく。
彼女の唇から零れたのは――
「……フィン……」
彼の名だけだった。
その瞬間、聖女の祈りは、
神ではなく、彼に向いていた。
レインは、黙ってフィンに抱かれる聖女を見ている。
話が違う!
フィンではなく、ルミナが犠牲に…
こんなはずじゃなかった。
だが、視線を逸らし、何も言えなかった。
言えるはずがない、魔道具の暴発を知っていたなどと。
報告の為、飛竜を飛ばし、聖都アルドスに舞い戻る。
第三次聖戦は敵味方ほぼ全滅という悲劇に終わった。
帰還後、聖晶同盟は結論を出す。
「帝国・クアトロ領は
自爆型の邪悪な術式を使用」
「再侵攻を決定する」
フィンは鞘に納めた聖剣をかざし、迷いなく答えた。
「俺が先陣に立つ」
それが正義だと、誰も疑わなかった。
ただ一人――
ベッドで眠るルミナを除いて。
彼女は、夢の中で何度も思う。
(違う……これは、何かが――)
だが、毒に侵された体は動かない。
こうして、
完全に善意だけで構築された再侵攻が始まる。
その先に待つのが、
冥府の王の逆鱗だとも知らずに。
正義は常に一つとは限らず、立つ場所で姿を変えます。




