エピローグ:地上と冥府の王
戦いは終わり、世界は再び平穏を取り戻した。
だが、それは誰の意思によるものなのか…。
帝都ヴァチカン、中枢執務室。
窓の外では、修復の槌音が鳴り止まない。
瓦礫は片付けられ、旗は掛け替えられていく。
人々は、疑いもせず「次の時代」を信じていた。
その中心に、皇帝レインは立っている。
玉座の前。
王冠を戴き、玉璽を預かり、
――だが、背中は誰にも見せられないほど重かった。
「第一報です」
伝令官が跪く。
「聖都方面。冥府勢力は撤退。
主要施設は半壊ながら、占領は免れました」
どよめきが起こる。
「第二報。水の都。
アンデッド残党を殲滅。街は保持されています」
「第三報。帝国南部――」
勝利の続報が続き
誰もが、安堵の息を吐く。
世界は、かろうじて生き残った。
そしてその中心にいるのは戴冠を終えたばかりの
――新しい皇帝、レイン。
「……以上です」
伝令官が下がる。
歓声が起こりかけ、
だがレインは、手を上げて制した。
「……よくやった」
声は、震えていない。
だが――胸元で。
青の宝玉が、脈打った。
ズン、と心臓を掴まれる感覚。
レインは、誰にも気づかれないよう、呼吸を整える。
(……来る)
次の瞬間。
宝玉の奥から、
聞き慣れた、軽薄な声が響いた。
『よぉ、皇帝陛下』
脳裏に、冥府の景色が滲む。
崩れた玉座。
階段の縁に腰掛ける男。
黒炎を指で弄ぶ、あの笑み。
『各地の報告、上々じゃねぇか』
「……クアトロ」
歯を噛みしめ、心の中で応じる。
『安心しろよ。今日は祝勝会だ』
『俺の部下も、いい仕事をしてくれた』
レインの喉が、ひくりと鳴る。
「ディアボルスは……彼女は無事なのか?」
一拍の沈黙。
『ああ。冥府の新しい女王だ』
声が、わずかに和らいだ気がした。
『世界の安定には、ちょうどいい』
「そうか、生きているのか……」
『だから――』
声が、少しだけ低くなる。
『次の話をしようぜ』
青の宝玉が、強く光った。
一瞬。
執務室の音が遠のく。
「……条件か」
『交渉だよ』
クアトロは笑う。
『勘違いすんな。
俺はもう、地上に出ねぇ』
『王様ごっこは、お前たちの仕事だ』
「なら……」
『ただし』
言葉が、重く落ちる。
『俺にとって都合の悪い選択肢を、
お前は選ばない』
宝玉が、脈打つ。
未来の映像が、レインの脳裏を掠める。
――ある決断をした瞬間、
それが最初から失敗だったと書き換えられる感覚。
(……逃げ場がない)
『安心しろ』
『お前の悪行をばらせとか、世界を壊せとかは言わねぇ』
『ただ――』
クアトロの声が、楽しげに弾む。
『俺のシノギを邪魔すんな』
『冥府に落ちるもんは、ちゃんと落とさせろ』
『それだけだ』
沈黙。
レインは、拳を握りしめる。
「……従えば?」
『お前は、歴史に名を残す』
『ドミノも道半ばで終わった、統一国家の皇帝だ』
『誰も、お前を疑わねぇ』
「……拒めば?」
一拍。
『冥府の女王が攻めてくる』
淡々とした声。
『それだけだ』
レインは、目を閉じた。
フィンの最期が、脳裏をよぎる。
正義のために、燃え尽きた背中。
(……俺は、お前のようにはなれない)
(ああ……)
選択肢など、最初からなかった。
「……分かった」
声が、かすれる。
「帝国は新たな冥王ディアボルスの統治を認める。
冥府には、干渉しない」
『よし』
軽い調子。
『じゃあ、契約成立だな』
宝玉の光が、落ち着く。
世界の音が、戻ってくる。
伝令官たちが、レインを見つめている。
期待と、信頼と、希望の目。
レインは、ゆっくりと顔を上げた。
「――帝国は、新たな時代に入る」
威厳に満ちた姿に、誰もが居ずまいを正し、跪く。
その胸元で。
青の宝玉は、静かに、しかし確実に、
鎖として存在していた。
冥府の奥で。
クアトロは、その様子を眺めながら笑う。
「いい顔だぜ、皇帝」
「世界を背負うってのは――」
玉座の残骸に、黒炎が静かに灯る。
「そういうことだ」
決着後の世界を描いたエピローグです。
本編はこれで完結となります。
ご愛読ありがとうございました。




