冥府の鎖、帝都を縛る
帝都中枢へと侵入したのは、冥府の腐食竜ドラミィ。
政治で戦う暴風公爵ディアボルスに対し、冥府の力が牙を剥く。
帝都の中枢――旧・皇帝府。
広間からじわりと黒い霧が広がっていく。
見張りの歩哨が霧を吸い込むと一息で倒れた。
争乱のあった玉座の間は、一見落ちつきを取り戻している。
崩落した天井は片付けられ、血も死体もない。
ただ、静まり返った空間に、異様な圧だけが満ちている。
「……やっぱり、いたぁ」
天井の影から、銀髪の少女が降りてくる。
ドラミィ。
小さな身体。
だが、その足が床に触れた瞬間、巨大な質量で空気が軋んだ。
玉座の前に立つのは、暴風公爵ディアボルス。
優雅な外套を揺らし、細身の槍を片手に、静かに振り返る。
「来ると思っていたわ、冥府の腐食竜」
その声音は、驚くほど柔らかい。
ドラミィは口角を吊り上げた。
「へへ……」
紫瞳が、細くなる。
「槍で貫かれた恨みは忘れてねぇゾン」
ディアボルスは、一瞬だけ首を傾げる。
「それはレインでしょう?」
涼しい顔で言い直すが、それで恨みが消えるとは思っていない。
次の瞬間。
ドラミィの影が弾けた。
「ぶっ殺しますぅ♡」
音より先に、殺意が来る。
毒霧が刃となり、四方からディアボルスを貫こうと襲いかかる。
冥府の猛毒。
聖女でさえも解毒不可の攻撃。
だが。
ディアボルスは、一歩も退かない。
「――遅いわ」
槍が、風を裂く。
突きではない。
風を纏った流し。
刃が、断ち切られる。
「ッ!?」
ドラミィの身体が暴風を受け
宙で回転し、床に叩きつけられる。
「あなた一人とは……捨て駒にされたと気づかず
かわいい恨みね」
ディアボルスは、槍を肩に預けたまま言う。
「一人で戦うのは戦争じゃないの」
ドラミィは、すぐに立ち上がる。
口元は笑ったまま、瞳だけが冷え切っていた。
「戦争とか、知らねぇゾン」
毒霧が、再び膨れ上がる。
「主さまの命令だぁ
帝都を背後から喰い破れ――ってさぁ♡」
腐食竜の影が、今度はディアボルスの背後に牙をむく。
皇帝府の柱が砕け、壁が沈む。
ディアボルスの外套が腐食し、束ねた髪がはらりと舞った。
「なるほど」
髪を喰いちぎられ、槍を構える姿が、ほんの一瞬だけ女になる。
「冥府の一番槍のつもりか…」
槍が突き出される。
しなやかで、鋭い。
元四天王の名に恥じぬ、無駄のない一撃。
ドラミィの肩が、貫かれる。
「ぎっ……!」
腐食竜が影ごと貫かれ、悲鳴を上げる。
だが、ドラミィは笑った。
「やっと……刺してくれたぁ」
影が、槍に絡みつく。
冥府の呪い。
階層主の影が槍に染み付く。
ディアボルスの眉が、わずかに動く。
「……厄介ね」
だが、皇帝を目指した女。今度は退かない。
彼女は槍を引き抜き、踏み込む。
「帝都は、もう政治の段階なの」
「あなたみたいな感情の塊は――」
槍が、暴風を纏う。
「冥府がお似合いよっ!」
《テンペスト・バースト》
玉座の間が、完全に吹き飛ぶ。
ドラミィの身体が、壁を突き破って影ごと外へ叩き出された。
瓦礫の中で、少女は角を折られ、仰向けに倒れる。
「……はぁ」
小さな胸が上下する。
「つよ……」
だが、瞳はまだ死んでいない。
上空から、ディアボルスが見下ろす。
帝都中枢、崩れた皇帝府の中庭。
瓦礫の山に、ドラミィは叩き伏せられていた。
肺が、焼ける。
腐食竜の影が、うまく集まらない。
「……っは」
喉から、かすれた笑いが漏れる。
上空。
暴風公爵ディアボルスは、静かに槍を構えていた。
「もう終わりね」
その声には、憐れみすら混じっている。
「クアトロは強い。
でも――おつむの弱いあなたはどうかしら?」
暴風が、再び収束する。
次の一撃で、確実に仕留める構え。
ドラミィは、仰向けのまま空を見た。
(あー……)
(やばいゾン)
影が薄れる。
身体が、言うことをきかない。
「……主さま」
声にならない呼びかけ。
その瞬間。
――冥府の底で、何かが応えた。
《追い込まれたな》
頭の奥に、軽い声。
《リンクを最大にしろ。
ネクロ・チェインを貸してやる。ただし――》
影が、異様に重くなる。
《縛るだけだ》
ドラミィの紫瞳が、爛と開いた。
「――来たぁ♡」
地面に突き立てた手から、
黒い鎖が噴き出す。
冥府の鎖。
魂に直接絡みつく、
クアトロの権能の一部。
「な――」
ディアボルスの足首に、鎖が絡んだ。
槍にまとった風が、止まる。
「……拘束術?」
違う。
鎖は、地面から、空間から、
彼女の影そのものに絡みついている。
「さっきから、偉ぶってさぁ……」
ドラミィは、ふらつきながら立ち上がる。
「アンタに、冥府の本当の姿、見せてあげる」
鎖が、さらに増える。
腕を縛り。
胴を締め上げ。
呪いを受けた槍が悲鳴を上げる。
ディアボルスの表情が、初めて歪んだ。
「罪人の力を奪う
――冥府の……ネクロ・チェイン……!」
知識として知っていた。冥府の上位者が持つという、
魂をも縛り付ける拘束の権能。
だが、実物を見るのは初めてだ。
「正解♡」
ドラミィは、指を鳴らす。
「かはっ」
黒鎖が、細い胴をみちみちと締め上げ
呼吸がとまる。
「でもねぇ。これ――」
近づく。
一歩ずつ。
「殺す力じゃないゾン」
ディアボルスは、歯を食いしばる。
槍を手放せば逃げられる。
だが、それは帝都を追われるということ。
彼女は、動けない。
「アンタはさ」
ドラミィは、至近距離で囁いた。
「戦争を政治で考えてる」
「でも冥府は――」
鎖が、心臓の鼓動に合わせて鳴る。
「一線、越えたら
全部ぶっ壊すだけなんだゾン♡」
ディアボルスの膝が、わずかに落ちる。
「……くっ」
もはや敗北は避けられない。
それを、彼女は理解した。
ドラミィは、鎖を引き絞らず、止める。
「安心して」
にぃ、と笑う。
「帝都は壊さない」
「主さまが欲しいのは――」
鎖が、ゆっくりと解ける。
「帝都陥落って事実だけだから」
胴に巻き付いた鎖が緩み
ディアボルスは、片膝をついたまま、息を整える。
――殺されない。
だが、この鎖は解けない。
昨日まで笑っていた自分が惨めだ。
政治的に、完全な敗北。
ドラミィは、ぶら下がったままの左腕を――
ぶちり、と。
自分で引き千切った。
「真っ先に逃げたレインに伝えといてぇ」
千切れた腕を、ひらひらと振り
その身を冥府の影に溶かしながら言った。
「お前はもう――」
最後に、楽しそうに。
「出番はないゾン♡」
影が消える。
帝都に残ったのは、風を失った暴風公爵と、
王座陥落という現実だけだった。
ドラミィ最後に活躍できました!
そしてディアボルスの敗北で帝国四天王は名実共に全滅です。




