冥府 フィン視点
二人の対決は続きます。
崩れる王権、揺らぐ信念、そして誰が誰を守るのか。
この男に――正義の裁きを下す。
(……違う)
聖剣を握る。
鎧の内側で、
黒水晶の欠片が脈動する。
(俺は、聖騎士だ)
光のために戦う。
人を救うために剣を振るう。
その信念だけは、まだ残っている。
フィンは、聖剣を前のめり構えた。
「はぁぁぁぁぁ!!」
重心を変えた二段突きで崩す。
土壁を蹴り、黒炎を避ける。
足払いをかけてからの、袈裟斬りを肩口に入れた。
黒く染まった聖剣がクアトロを侵食する。
「冥府で俺の裁定を受けながら、
効いていないとはな」
目の前いる男が歪んだ笑みを浮かべた。
《聖水晶》が、囁いた。
――壊せ。
――裁け。
――それが正義だ。
「……」
男が誰であるかは関係ない。
「違う!!」
「お前は何を言っている?」
クアトロが肩口を抑えながら再び黒炎を繰り出してくる。
辺りの霊脈が王冠を通じて冥王に流れ込む。
(冥府で……闇じゃ、勝てない)
周囲に満ちる黒。
裁定としての暴力。
それらすべてが、
クアトロという個に完全に馴染んでいる。
奪った力ではない。
押し付けられた権限でもない。
(あれは……生き方だ)
聖水晶が、内部で軋む。
冥府から吸い上げた力は、
確かに巨大だ。
だが――
クアトロの闇は、奪えない。
「……なら」
聖剣を握り直した。
「俺は、俺のやり方で行く」
次の瞬間。
聖水晶が、眩く輝いた。
闇の脈動が押し返され、
白い光が、剣身の外側へと溢れ出す。
《純化起動》
帝国でも、冥府でもない。
聖騎士フィン自身の光。
「……!」
クアトロの背後で、冥府がざわめく。
光が、
冥府の優先順位を無視して進んでくる。
「ほう……」
クアトロが、低く息を吐く。
「吹っ切れたか」
再度踏み込んでいく。
今度は、光を纏う。
黒炎をすり抜け、裁定の網を縫い、
人が人を斬る距離にまで、一気に詰める。
「クアトロォッ!!」
聖剣が、振り抜かれる。
光は、侵食しない。
冥府の論理を、適用外へ押しやる。
カシャァァァン。
――砕けた。
灰の王冠が――
冥府の王権そのものが――
音を立てて、砕け散った。
冥府が、悲鳴を上げる。
「……っ!」
クアトロの膝が、わずかに沈む。
王権が、剥がれ、
王冠から差し込まれていた管から血が噴き出す。
お前はもう、冥王ではない。
「……」
クアトロの視線が虚ろになり、
やがて、一人の少女に向く。
「……主、さまぁ……」
崩れかけた輪郭、今にも消えそうな少女。
ドラミィ。
クアトロの目に光が蘇り、歯を噛み締める。
王になる前から、
冥府を這い上がりながら
守ると決めた存在が、あった。
「……っ」
だが、その揺らぎを――
聖水晶は、見逃さなかった。
「――そこか」
クアトロと同様に視線を走らせる。
ドラミィへ。
(あれが、クアトロの弱点)
剣先が、わずかに逸れる。
狙いは、クアトロではない。
「やめろ!!」
クアトロの声が、裂け
バルガスの大剣が振りあがる。
だが――もう遅い。
「悪を断ち切る」
自分でも驚くほど冷酷な声。
「それが、戦争だ」
光が、収束する。
聖水晶が、
ドラミィを異物として認識し始める。
(王冠に続き、これを失えばクアトロは拠り所を失う)
(帝国の為に!)
剣が、振り下ろされる。
その瞬間――
光が、変質した。
「……?」
視界が、白に包まれる。
剣の軌道が、ほんの数ミリ、ずれた。
致命的なズレ。
「……何だ?」
冥府に、祈りが落ちてきた。
『……フィン』
声ではない。
命令でもない。
ただ、誰かを想う感情。
『それでも……
あなたが、誰かを斬る人にならないで』
ルミナの祈り。
光水晶が無くとも、
聖都を越え、冥府に直接届いた祈り。
「……っ!」
胸が、締め付けられる。
(……俺は)
(帝国の兵器じゃない)
聖剣が、止まる。
その一瞬。
クアトロが、割って入った。
黒炎が、
祈りを拒まない形で、展開する。
「聖女……礼は言わねぇ」
低く、呟く。
「だが――」
拳を、振る。
今度は、
裁定でも、王権でもない。
ただの一撃。
「これ以上、踏み込むな」
衝撃。
身体が、後方へ弾かれ
聖剣が、地面に突き刺ささった。
「……っ、く……」
立ち上がろうとして、止まる。
胸の奥で、
光と闇が、静かに衝突している。
クアトロは、ドラミィを背に庇いながら、言った。
「覚えとけ、フィン」
「絆を斬った瞬間――
お前は、もう正義じゃねぇ」
沈黙。
冥府が、再び息をする。
だがもう、
同じ形では、続かない。
王冠が砕け、冥府の均衡も揺らぎ始めます。
冥府編は次回で終わりです。




