黒水晶に選ばれた《光の戦士》
黒騎士フィンは冥府で目覚める。
皮肉なことにフィンを光の戦士と認めたのは
冥府の黒龍・階層主だった。
冥府・第一階層
――黒水晶の呼び声
冷たい。
それが、最初の感覚だった。
背中に伝わるのは、石でも土でもない、
死の気配そのもの。
湿り気を帯びた闇が、床となって身体を受け止めている。
「……っ」
フィンは、喉を鳴らして息を吸い込んだ。
肺に入った空気は、あまりにも重く、苦い。
「……ここは……?」
視界が、ゆっくりと焦点を結ぶ。
天はない。
雲も、星もない。
代わりにあるのは、底の見えない暗紫色の空間と、
遠くで脈打つ赤黒い光。
冥府。
言葉にしなくとも、魂が理解していた。
「馬鹿な……俺は、聖都へ――」
そこまで言って、フィンは言葉を失う。
胸元。
鎧の内側で、聖水晶が微かに脈動していた。
鼓動と、同じ速度で。
「……引き寄せられた、のか」
自分の意思が、完全ではないことを自覚する。
思考は保たれている。
だが、どこか――判断の芯が、僅かに歪んでいる。
その時だった。
――コツ。
足音。
重く、規則正しい音が、闇の奥から近づいてくる。
「目覚めたか、光の戦士」
低く、くぐもった声。
フィンが顔を上げると、そこに立っていたのは――
巨大な黒龍だった。
身体は黒曜石のように硬質。
鎧とも肉体ともつかぬ外殻。
その胸には、冥府の紋章が刻まれている。
「……お前は?」
「我は、この階層の主」
静かに、だが一切の疑念を許さぬ声で告げる。
「冥府の門番より解き放たれし者。
そして――」
その眼が、聖水晶の脈動に反応する。
「汝に力を与えられし者」
フィンは、ゆっくりと立ち上がった。
武器はない。
だが、恐怖もない。
「俺に、従う……と言ったな」
「然り」
黒龍は、即座に両膝を折り曲げた。
それは忠誠の礼。
冥府において、王にのみ許される姿勢。
フィンの胸が、わずかに軋む。
「……俺は王じゃない」
「存じている」
階層主は、顔を上げない。
「だが、汝は権能を宿す者。
聖水晶と融合した黒水晶は、
その意志を増幅させただけだ」
フィンは、目を閉じた。
混乱はある。
違和感もある。
だが――やるべきことは、一つしかない。
「悪いが、構ってやれない
……俺は、すぐ地上へ戻る」
それは命令ではなく、宣言だった。
「聖都が危ない。
仲間が待っている」
階層主の身体が、微かに震えた。
「承知した」
黒龍、ゆっくりと立ち上がる。
その声には、一切の迷いがない。
「地上への帰還を阻む存在――
すべてを排除すればよいのだな」
「……?」
フィンが問い返す前に、
黒龍はすでに踵を返していた。
闇の奥へ、歩き出す。
「待て、どういう――」
その瞳に宿っていたのは、
冥府の権能を簒奪した者――クアトロへの憎悪だった。
「冥府は、王なきまま長く留まりすぎた」
低く、断定する声。
「管理者バルガス。
まずは、汝の帰還を妨げる壁を取り除く」
フィンの背筋が、凍りついた。
「待て! 俺は、そんな――」
だが、その言葉は届かない。
階層主は、ただ一言、忠誠を捧げる。
「命令は、理解した」
そして。
かつてのフィンの言葉を繰り返す。
「正義は、最短で果たされねばならない」
闇が、裂けた。
聖水晶に覆われた黒水晶が、脈動する。
吸い上げられた冥府の霊脈が、フィンを認識した。
力の流入が、止まらない。
「がはっ――」
視界が白く染まる。
――適合率、上昇。
意識は、深く冥府へと沈んだ。
次回、冥府の均衡が崩れ、
戦場は新たな局面へ進みます。




