嵐潮公爵マルゲリウス
四天王同士の直接衝突、そしてドラミィ捕縛。
帝都で動き出す皇帝の陰謀
――帝都に立つ前
胸の奥で、何かが――引き攣れた。
「……ドラミィ?」
それは予兆でも、魔力反応でもない。
もっと原始的なものだ。
命を預けた存在が、捕らえられたときの感覚。
俺は帝都外縁、炎都を見下ろす宿の屋根に立っていた。
民は怯えなかった。
土の腐敗した領地から避難してきた者たちは、
俺を見て泣いた。
「……生きてたんですね、公爵様」
それだけで、胸のどこかが軋んだ。
だが今は違う。
腕のブレスレットが、かすかに熱を持っている。
ドラミィの命綱だ。
「……転移が間に合うといいが」
帝都裏路地。
石畳が濡れているわけでもないのに、
空気だけがぬめついている。
「……ドラミィ」
魔道具は対になっている。
姿は見えないが、ここにいるはず。
水音。
ちゃぷん、という不自然に重い音と共に、
路地の奥から青い影が浮かび上がる。
長いトーガに身を包んだ巨体。
その背に――都市一つ分の重みを思わせる、
巨大な亀甲がせり上がってくる。
「来ると思っていた」
嵐潮公爵マルゲリウス。
その足元には――
拘束されたドラミィが転がされていた。
「主様ぁ……♡
ちょっと乱暴でしたぁ……」
「まだ、大丈夫そうだな」
俺は前に出る。
「解放しろ。
それが今日、お前が生きて帰る唯一の道だ」
マルゲリウスは、愉快そうに口角を上げた。
「冥府帰りは口も大きくなるらしい。
ここは帝都だぞ、クアトロ」
「知っている。
だからこそ――四天王同士で話をしに来た」
「元・四天王だろう」
風が、強まる。
「このウエイトレスは物見に来ただけ
俺の配下だ。
帝都で何が動いているかを知るためのな」
「帝都に光水晶を呼び寄せるつもりなんですぅ」
ドラミィが顔を踏まれながら叫ぶ。
「黙れ」
「皇帝は、切り札を動かす。
その前に不都合な駒は排除する」
視線が、俺に突き刺さる。
「冥府から戻った最弱は、特にな」
瞬間――地面が砕けた。
俺は踏み込んで黒炎を拳に纏った。
「あのカプリチェスをどうやって破ったか
見させて貰うよ」
マルゲリウスの姿が水に溶ける。
甲羅を覆う水が嫌な湿り気を帯びた。
嵐潮公爵マルゲリウスの戦闘態勢だ。
水属性。
攻防一体の体制。
守勢に入った、絶対防御を自慢していたな。
そして――卑怯者だ。
「どうだ、冥府帰り。これでも手が出せるか?」
ドラミィの顔に足で重心が乗せられていく。
「主様ぁ……
ちょっと、甲羅が重たくてぇ……」
「ほらほら、人間ならとっくに死んでるのにねぇ」
徐々に荷重を増やされ、月のイヤリングが砕けた。
それは、贈られた記憶ごと踏み砕く音だった。
「嫌っ!」
ドラミィの瞳に涙が浮かぶ。
俺の視界が、暗転する。
「俺を怒らせるな、解放しろ」
「最弱が僕に交渉か?」
甲羅の中でマルゲリウスが笑う。
湿った笑い声。
「このまま踏み潰してもいいんだよ?」
次の瞬間――
水が立ち上がった。
「《局地津波》」
路地の幅いっぱいに、水の壁が迫る。
「《腐食の黒炎》」
黒炎が、水を焼く。
だが――止まらない。
「無駄だ。
僕の水は流体装甲」
津波が、砕けるように霧散し、
その裏から雷撃が走る。
水を伝導路にした、殺意の稲妻。
俺は跳んだ。
「……っ!」
背後で、ドラミィの拘束具がわざと緩められる。
「ほら、動けば――」
竜巻。
水を含んだ回転刃が、俺とドラミィを同時に巻き取ろうとする。
「最低だな」
「誉め言葉だ」
マルゲリウスが、甲羅を前に出す。
水竜巻に切り裂かれるが、この程度ではやられない。
【HP-1200】
だが、腐食の黒炎が水を喰いながら流されてしまう。
やはり完全防御がやっかいか。
どれだけ殴っても、砕けない。
水が衝撃を逃がす。
「冥府の王? 笑わせる」
ぬめる体表を隠すトーガの奥で、
青い肉体が脈動する。
「皇帝陛下は、四天王召集の裏で準備を整え
お前を総掛かりで削るつもりだ」
相変わらずよく喋る。
「聖騎士も、すでに出発している」
つまり――
俺は、ここで死ぬ予定ではなかった。
マルゲリウスの暴走だ。
俺は、ゆっくりと息を吸う。
「ドラミィ」
「はぁい♡」
「水に毒を流し込め、どろどろに万遍なくな」
黒炎が、俺の足元から静かに広がる。
「水は、腐る」
マルゲリウスの笑みが、初めて歪んだ。
「……何?」
「流れを止めて、閉じ込めたらな」
毒が、水を包み始める。
「絶対防御は――
腐食に弱い」
ここからは四天王の処刑だ。
マルゲリウスと対決、次話で決着となります。




