02. 元カレ
「リサせんぱーい、お昼いっしょしましょ」
明るい能天気な優里亜の声がフロアに響いた。
この大手の弁護士事務所でも3人しかいない『女性企業法務弁護士』。それだけでも近づきがたいのに、身長178㎝、ヒールを履けば180を軽く超える私に屈託なく話してくれる貴重な、いや奇特な後輩、高木優里亜。
彼女は高校のときからの付き合いで、当時中等部だった優里亜だが何かと私に懐いてきた。
お嬢様学校ではあるが、クラスメイトの半分が父親と苗字が違う。ようするに愛人の娘が集まってくるのだが、おかげで私もそして優里亜も肩身の狭い思いをすることなく、楽しい学園生活が送れたのはラッキーだった。
たぶん、母はそれを知っていてこの学校を選んだんだろうけど。
「先輩は絶対出世するから、いまからツバつけとくんです」
どこまで本気か分からないが、優里亜は本当に就職先まで着いてきてた。彼女の父親は法曹界ではけっこうな大物らしいが、もちろんそれだけで入れるような事務所ではないので、彼女なりに努力はしたはずだ。
「ほら、今日はお弁当作ってきました」
優里亜は両手にランチボックスをぶら下げてゆらゆらさせているが、どうせ作ったのはあんたのお母さまでしょ。
そこまでして私とランチをしたがるからには、何か魂胆があるに違いない。
「ねね、ブルーノさん日本に戻って来てますよね」
京都生まれのお母さまの出し巻をほおばりながら優里亜は直球で切り出してきた。
なんであんたが知ってるの? と言いかけたが、いまどきはSNSをチェックしてればそんなことはすぐ分かる。前から私の元カレ、ブルーノを狙っていたからね。
ブルーノこと古埜カツミ。一級建築士でうちのリフォームを頼んだのが縁で付き合った男。8分の1だけイタリアの血が入ってると言ってたが、ハーフじゃないかというくらい濃い―顔の男だ。
そして女性とみればもれなく声を掛けるマメ男。ウーバーの出前のコにまでおべっか使ったのには呆れたわ。
それでも彼には譲れない美点がある。
身長が185㎝以上あるので、気を遣わずにヒールを履くことができるのだ。もちろん見た目だけではなく、抜群のコミュ力は話していて楽しいのも事実。ただし、常に女の影に気を遣わねばならず、まだ若かった私は疲弊して彼を諦めた。
彼はその後しばらく海外で仕事をしていたので忘れていたのだが、ひと月ほど前にメッセージが届いた。久しぶりに会いたい、と。
これはどうしたものか。
今さら二人きりで会うのもどうかと思うし、いきなり優里亜に任せるのも危なっかしい。
でも、目の前の優里亜がニコニコしながら期待しているのは、うまい具合に取り持ってくれってことなんだろうなぁ。
彼女もアラサーだし、自己責任ってことでいいか。
「会いたいの? じゃあ、今度うちで集まりましょうか」
元料亭女将の優里亜のお母さまの『激ウマ弁当』に釣られたわけではないが、そう提案すると彼女は胸の前で小さく拍手した。
「じゃ、私、女性陣に声を掛けますね。先輩は男子担当でお願いします」
「合コンのセッティングじゃないのよ」
「だって、いきなり1対1じゃ気まずいじゃないですか、ダミーも用意しなくちゃ」
「ダミーって」
愛らしい見た目とこのドライさのギャップ、ブルーノはこのコに興味持つかもしれない。
私は自分に訊いてみた。
(ブルーノに未練はない?)
まったくないと言ったらウソになるが、彼女とうまくいけば心から祝福できる自信はある。
けれど彼はどうだろう?
彼は日本に帰るだいぶ前に私にメッセージを送ってきた。それは何を意味するのか、勘ぐりすぎなのか。
「私とブルーノがヨリを戻すかもって心配はしないの?」
「だって、先輩はサバサバ系じゃないですかぁ。昔の男なんか振り返らないでしょ」
サバサバ系か、長い付き合いの優里亜ですらそう思う、そんなこと言った覚えないのに。
私にとっては、ほぼ『呪いの言葉』なんだけどね。




