07. それから
「アレンジメント部門、金賞は東京都武蔵野市、株式会社Aフローレンス、桜井ケンジさん!」
スポットライトを浴びたケンジが賞状を受け取り、誇らしげに両手を上げた。満面の笑顔で壇上から下りてくると生徒さんや常連客だろう、10人ほどの女性が一斉に取り囲む。
「おめでとうございますっ、桜井先生」と口々に言って写真を撮り出した。
私はそれを満足げに見守りながらケンジが解放されるのを待つ。ケンジはすぐにその輪から抜け出し駆け寄ってきた。
「おめでとう」
「香菜さんのおかげだよ」
ケンジは人目もはばからず、私をハグした。
地味な花屋の店員が、今では業界でも一目置かれるお洒落な若手フローリスト。その成功に私の「おかげ」があったのは当然のこと。花のデザインや作品テーマのアイデアだけでなく、彼自身も髪型からファッション、立ち居振る舞いまでみっちり仕込んだんだから。
私だってデザイナーやスタイリストではないが、彼が金銭の援助はいらないと言うので他にできることは何か必死で考えた。デザインや生け花の勉強もしたし、なんなら父のツテを頼って花業界の裏話も仕入れてきた。今の勤め先「Aフローレンス」が若手の育成に熱心で、留学支援制度があるのを調べてきたのも私だ。
ケンジは驚くほど変わった。私の予想以上に。
リセットのきかない一発勝負の育成ゲームは成功したみたい。
もっとも一番驚いたのは、私より1コ年下だったってことだけど。
(年下の男を育てるのも悪くないわね)
年上の女に飼われているもう一人の男、タカシだが、あの後一度だけ会っている。カフェのテーブルにクルマで見つけた盗聴器を置いて「僕も忘れるから、やり直さないか」と言ってきた。
盗聴器と二股が等価交換なワケないでしょ? どちらにしても、もう冷めてしまった気持ちを元に戻すなんてできない。丁重にお断りした「さようなら、ご愁傷様」と。
気の毒だが、あのフカヒレラーメン女からは彼女がリリースしない限り逃げられない。だって上司だもの、ね。
「桜井せんせー、みんなでお茶しにいきません? 祝勝会も兼ねて」
(あらあら、目の前に公認の彼女がいるのに大胆だこと)
私はケンジから目を離すつもりはないし、自分磨きも忘れていない。
なにしろケンジは私の泣き落としに引っかかるようなチョロ松だ。もっと若くて可愛い子に同じ手を使われたら簡単に落ちてしまうに違いないもの。
「ごめんなさい、ちょっと大事な話があるので」
もちろん、ケンジは私を最優先する。
「これで3回目の金賞、都知事賞もとったし留学の奨学金が出ると思うんだ。香菜さんも来てくれるよね」
「留学先はどこ?」
「フランス、パリだよ」
「パリのアパルトマンにGが出ないって確認できたらね」
私たちのキューピッドがGだというのはひどい黒歴史だけど、もうこの人に泣いてすがったりしない。
次はあなたに言わせるわ、どこにも行かないでって。
了
香菜さんってホテルで置き去りにされたのを根に持ってたみたいですw
『東京目黒区サバサバ女』に続きます。




