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06. Gショック

その後の12時間がどれほど長かったことか。

メッセージを送っても既読にならない。仕事中なのかもしれないが、それでも1万円だけ置いて連絡なしなんてひど過ぎる。ひと言文句を言う権利くらいあるはずだ。


これはやはり閉店間際に凸するしかない。もちろん私は強行した。


「桜井さん、これはどういうことですか? 私は1万円の女ってことなの!」


「いえ、それはタクシー代とホテル代を払おうと思ったんですが、持ち合わせがなくてとりあえず」


「私が誘ったんですからお金なんかいりません、なんで先に返っちゃうんですか」


「昨夜は普通じゃなかったですよ。たぶん後悔してるだろうから、なかったことにした方がいいかと思われ」


「普通じゃなかったのは認めますけど、好きでもない人にあんなことしません」


「本当にそうですか? あなたみたいなお嬢さんが」


「お嬢さんじゃないし、そういう言い方やめてもらえます?」


溜息をひとつ吐き、桜井は言い合いをやめて店のシェードを降ろし始めた。


「言っても分からないようですね。じゃ、僕の部屋に来ますか?」


彼はいつものように柔らかく笑って言った。


「現実を見てもらった方が早いでしょう」


(ははーん、貧乏アピして私が我儘お嬢様みたいに思わせる気?)


生憎だがクズ男との修羅場なら慣れているのだ、少々のことでは驚かない自信はある。


彼の部屋は新宿から30分ほど電車に乗ったJRの駅近くにあった。電車の中では不機嫌そうだったが、駅からアパートまでの間は私の肩を抱き守るように歩いてくれた。優しさからというより、この辺りはあまり治安が良くないということらしい。


アパートは木造2階建てでもちろんオートロックなどない。


「大きな声は出さないでくださいね、壁が薄いので」


案内されたその部屋は20平米ほどのワンルームで予想に反してびっくりするほど何もなかった。テレビどころか時計もない、病院だってもう少し何かありそうだ。

キッチンに一つだけ置いてある椅子を私にすすめ、彼はベッドの上に座った。


「ミニマリスト?」


「違います」


「でも、あのお花屋さんのお給料ならもっと広い部屋に住めますよね」


「僕は留学を目指しているんですよ、だから無駄なお金を使いたくないし、お嬢さんの気紛れに付き合う暇もないんです」


「気紛れじゃ…」


「家元制とは違いますけど、フラワーアレンジメントもいい先生についたり、留学して力を付けないと上には行けない。それなりに費用がかかるんです。正直あの1万円も僕にとってはけっこうな出費だったんですけどね」


私は恥ずかしさで俯いた。無意識のうちに1万円の女を『1万円ぽっちの女』という意味で使っていたのだ。


「ごめんなさい、無神経なこと言いました。無神経ついでに言いますが、もし、私が資金を援助したいと言ったら受けてくれますか?」


「ああ、そういうこと昔もありました。バリキャリの彼女ができて、一緒に夢を叶えようって。でも、別れることになってけっこうもめました。だから女の人にお金出してもらうのはナシで」


「あの、その人とはどうして」


「それ、僕に訊いても意味ないですよね。僕は自分に都合のいいことしか言わない」


欲しかった答じゃない、でもある意味誠実。

やっぱりこの人がいい。


「気持ちは嬉しいです、でも上辺だけでも優しくしてくれる人はいくらでもいるでしょ。僕はそういうのに向いてないです」


彼は立ち上がり、私の頭を抱えて子供を諭すように言った。


「私のこと褒めてくれたのは上辺だけですか?」


「いいえ、あなたは素敵な人です、才能があってお金持ちだ。僕なんかよりいい人はすぐ見つかる」


「僕なんかって言うのやめてください、好きになった私がバカみたいじゃないですか」


もう泣くまいと思っていたのにまた涙が溢れてきた。タカシの前では吐くほど苦しくても出なかった涙が、何故この人の前では簡単に流れてしまうのだろう。


ごめんなさい、これは最後の賭け。もう一度だけ『泣き落とし』を使わせてもらいます。


そう思って彼を振り仰いだとき、その肩越しの壁に黒いものが動いた。


「イヤァ―――――――――――ッ!」


「ちょ、ちょっと、大声はだめって、警察呼ばれます」


「だって、あれ、Gでしょ、Gは無理無理無理無理、早く! なんとかしてっ」


「えええっ、ちょっと待って」


必死で追いかけ回したがGは行方不明。

「大丈夫、僕が守るから」と言ってベッドの上で抱きしめていてくれたが、そのうち彼は眠ってしまい、私は一睡もできなかった。

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