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04. フカヒレラーメン

1ヵ月ほどの間、タカシとのデートはランチやティータイムで顔を合わせる程度で、文字通りお茶を濁してやり過ごした。

たまたまタカシも忙しく「時間がとれなくてごめん」と言ってくれたのはいいが、私に避けられているなんて微塵も思ってないのはどうなんだろう。

もっと積極的に『その気がない』アピールをするべきだろうか。


ぐずぐずしているうちに週末が来て、久しぶりに『少し奮発した』レストランに誘われた。これは突っ込んだ話をする気なんだろう…例えば親に紹介したいとか、ご挨拶に伺いたいとか。


(どうしよう)


何もなかったテイでタカシとの話を進めるべきか、いや、どうやってうまく別れるかを考えるべき? しかし理由は絶対に明かすことはできない。タカシとは共通の知り合いがいるから『盗聴器女』なんてとんでもない仇名で陰口を叩かれるなんて、アリエナイ。

だが何もいい手は浮かばなかった。


タカシはデート中とてもジェントルで、30代前半の男としてはかなり点数が高い。仕事の愚痴や下ネタ親父ギャグも封印しているようだが、本当はそんなことも言い合える気楽な女の方が付き合いやすいと思っているはず。

それが「フランス料理よりラーメン」という男の本音ってわけだ。


今日のデートは奇しくもフレンチ。

自分をフランス料理などと思ったことは一度もないのに、勝手にそんなことを言われてると思うと笑顔がひきつりそうになる。


コースが終わりデザートとコーヒーが運ばれてきた時だった。


「あら、堀内君?」


私の背後から女性の声がした。


(!この声)


頭からマイナス30℃の冷気を浴びせられたように体が硬直した。

これは、この声はあのラーメン女の声だ。


「いや、あの、こんなところで、どうして」


タカシは明らかに動揺して、ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった。


「たまたま仕事で来てたのよ。ごめんなさい、デート中に野暮なことして」


私は覚悟を決め、ゆっくりと立ち上がり振り返った。

ラーメン女がどんなものか見てやろうじゃない。


(え? なんか思ってたのと違う)


そこに立っていたのはタイトなスーツに身を固めたいかにもシゴデキな女性。


(キャバ嬢とかじゃない…)


「いや、あの、香菜さん。こちら僕の上司で弁護士の大塚さんです」


(上司? 職場が同じってこと?)


絶望が襲ってきた。

ダメだ、この二人は絶対に別れない。

上司と部下ならば毎日のように会っている、しかも彼女がいると知りつつ笑って相手をする割り切った関係。いちばん厄介なやつ。


大塚という女は丁寧に名刺を差し出し、堀内がお世話になっております、なんて言って私を値踏みするように見た。

これがフランス料理? やよい軒の定食の間違いじゃないの? とでも思っているんだろう。


(何がラーメンよ、フカヒレの姿煮でも入ってそうじゃない)


これが彼女の宣戦布告なのか、ただの好奇心で顔を見に来たのかは分からないが、タカシを手放したくなくてこんなことをするに違いなかった。


彼女はすぐに会釈をして去って行ったが、その後はもうほとんど覚えていない。何もなかったようにコーヒーを飲むのが精いっぱいで、デザートの味はまったく分からず。

そのうち脂汗が額に滲みだしトイレに駆け込んだ。


惨めにも食べたものを吐き戻し、青い顔で戻ってきた私にタカシは心配そうに寄り添ってきたが、ものの見事に全身に鳥肌が立った。


「ごめんなさい、具合が悪いから失礼するわ」


「顔色が悪い、送るよ」


私の心配よりフカヒレラーメンのご機嫌でもとってなさいよ、と言えたらどんなにいいだろう。

タカシにとって私は『港区のお嬢様』というアイコンにすぎず、本当の姿を見せるのはあの女、そういうことなんでしょ。


「一人になりたいの、タクシーで帰ります」


『私が知っている』ことに気付かれただろうか。だが、もうどうでもよかった。

タカシに触られて鳥肌が立つなんて体は正直だ。

けれど不思議と泣くという選択肢は私にはなかった。

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