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03. フェードアウト・フェードイン

リースを貰った夜、いかがですかと差し出された花屋のチラシは、フラワーアレンジメント教室の告知だった。

褒められたのに気を良くしたわけではないが、申し込むことにしたのは、タカシの誘いを断るのに使えそうだという目論みだ。


何も知らないタカシは同じように誘ってくるが、いまは会う気に…とくに夜のデートに行く気にはなれない。毎度、断る口実を考えるのも面倒だし、習い事を始めたというのはいいアイデアに思えた。


「お友達に誘われてフラワーアレンジメントと料理教室に行くことにしたの」


そんなメッセージを送って会う回数を減らそうと思ったのだが、どうやら花嫁修業を始めたと思われたらしい。やたらと甘ったるいメールが来るようになった。

会う間隔を空ければそのうち察してくれて、フェードアウトできるかもと考えたのだが逆効果だったようだ。


「講師の桜井ケンジと申します、よろしくお願いします」


夜のデートに誘われないように、一番遅い時間のレッスンを予約することにしたら、あのリースをくれた店員さんが講師だった。


生徒はみんな女性で5人ほど。講師の桜井氏は愛想よく根気強く、おしゃべりばかりしている生徒に教えてくれる。私はとにかく遅く帰りたかったので、何かしら理由を作っては質問していた。熱心な生徒と勘違いされたようだが、タカシに会う気まずさを考えるとそれくらいなんでもない。


(とことん卑怯だよね)


タカシにすべてぶちまければ一瞬で終わるのに、嫌な女だと思われたくない。「ご縁がなかった」とか「タイミングが合わないね」みたいな曖昧な別れ方で傷つくのを避けようとしている。

もうとっくに傷だらけだというのに。


「逢沢さん、お時間、大丈夫ですか?」


教室が終わってもぐずぐずと帰らない私に、さすがに桜井氏は気付いたらしい。


「すみません、ご迷惑ですよね」


「そんなことないです。お時間あるならこの作品の感想とか聞かせてもらえます? コンテスト用なんですが」


「いやいや、私はシロウトですから」


「いいんです、逢沢さんの感覚で思うままに言ってみてください」


差し出されたそれは背の高いガラスの花器に生けられたアレンジメントだった。アレカヤシやアンスリウム、セルリアなど個性強めの花材を使っているがとても調和して見える。これにシロウトが口出ししていいものなのか…。


「すごく綺麗でまとまってますけど、コンテスト用ならもっと遊んでもいいんじゃないでしょうか。何かこう花にこだわらずに、具体的なモチーフを、あ、すみません偉そうなこと言っちゃって」


「具体的なモチーフ? 例えば」


「この広がりから言うと、鳥とか虹とかいっそ龍とか、空へ向かうイメージが浮かびます」


「ああ、やっぱり逢沢さんにお聞きしてよかった」


「そうですか?」


「僕も何か足りない気がしてたんですけど、ピンと来なくて。すごいなぁ逢沢さんは」


「そんな私なんてぜんぜん」


「技術的なことは練習すればある程度できるようになるんですけど、感覚とかアイデアとかってなると。逢沢さんは独特の世界を持ってるんですね」


(やだやだやだ、褒めすぎじゃない? こんなの社交辞令よね、教室の生徒だもの)


赤くなったのがバレないようにうつむいた私に桜井氏は一枚のカードを差し出した。


「今度この大会に出るんです。オンライン配信があるんで見てもらえますか?」


「それなら生徒さんたちみんなで応援に行きますよ」


「あああ、いや、まだぜんぜん自信ないんで、応援されてビリだったら恥ずかしいから、他の方には結果が良かったらお知らせしようと思ってます」


「分かりました」


思わず笑みがこぼれた、『この感じ』よく分かる。スポットライトが当たりそうになると物怖じしてしまう、情けない蚤の心臓。


(こんなところに同志がいるなんて)


今日私が作った花束は早くも崩れ始めていた。でもそれは少しばかりの自信をくれるトロフィーだと思うことにした。

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