04. 南口の北口
真姫は妹と言っても父親が違う。今は母親と同居のはずだが実家には寄り付かず、男の部屋を点々としている。いい大人がやることじゃない。それでも派遣社員ながら昼間に働いていたころはまだ良かったが、近頃は夜の勤めばかりしているので話をすることすら少なかった。
そんな状態でも妹は妹。きちんと手順を踏んでくれれば力にならないわけでもなかったのに。
「那珂川さん、こちらの方角なら直帰できますよね」
職場復帰して1週間ほどは得意先のあいさつ回りだが、今日は大口なので支店長同伴だった。190㎝の長身でしゅっとしたイイ男。一緒に歩くだけで気分が上がる。南口支店の北口支店長は私の推しなのよね。
「日報をまだ書いてないので」
電車に揺られながら私は答えた。
「今日は僕が把握してますから明日の提出でかまいませんよ。たまにはお嬢さんとの時間をとりたいでしょう」
こういう気配り上手なところがポイント高いんだよね。この人の赴任先はみんな業績が上向いてる。きっと部下のモチベを引き出すのがうまいんだろうな。
もう少し一緒にいたいけど、せっかくだからお言葉に甘えようか。
と思っていたらスマホの通知が鳴った。あちゃ、またあの二人組だ。
「来客ですか?」
「いえ、大丈夫です」
「もしかして例の」
「もう、お耳に入ってますか?」
「ご注進に来てくれる人がいるのでね」
足を引っ張ろうとアラ探しってわけか。私の同僚は男ばかりだが、案外、男の方がこういうことにマメだったりする。
「早姫ネエ」「お姉さーん」
お似合いのバカップルが銀行の入り口前で待っていた。
(だから、あんたのお姉さんじゃないっ)
「何か御用ですか?」
「もう上がりでしょ? ちょっと僕らとご飯しませんか。僕のこと、もっと知ってもらいたいんですよ」
「リョウガくんって誤解されやすいタイプなの」
いいや、1ミリも誤解してないと思うぞ。
「個人的に知ったところで融資の足しにはなりませんよ。条件が揃わなければお金は動きません」
「厳しいなぁ、お金のことだけじゃないですって。せっかくだから家族ぐるみでお付き合いしたいなって思ってて」
リョウガという男はニヤニヤしながらスマホを取り出した。
「ほら、娘ちゃんとお祖母ちゃんの写真もらっちゃった」
バッカじゃないの!
こんな得体の知れない、おそらく本名すら知らないような相手に身内の写真を送るなんて。個人情報ダダ洩れじゃないの。
私の顔色が変わったのを見てリョウガはしてやったりという顔をした。
「ああ、そんな顔しないでよ、バラ撒いたりしないから」
「当たり前です」
「でもさ、あんまり冷たくされちゃうと、僕だって考えちゃうなぁ」
「それで脅しているつもりですか。真姫、どういうつもり?」
真姫は何が問題かすら分からずキョトンとしている。
「その写真消してください」
「えー、どうしよっかな」
その時、横合いから長い手が伸びてきて、ひょいっとリョウガのスマホを取り上げた。
「あっ、何すんだよ」
「ウチの者に何か?」
「ウチの者って、あんた誰?」
「支店長!」
「那珂川さん、この人はお知り合いですか?」
「いえ、融資のご相談に一度いらっしゃいましたが、情報不十分で進捗はありません」
「これ、お嬢さんの写真ですよね、送ったんですか?」
「いいえ」
「じゃ、消しちゃっていいですよね」
「お願いします」
「やめろ、このやろっ」
「申し訳ないが、銀行員というのはいろいろと制約が多いものですので。こういうのSNSに上げられたりすると困るんですよ。下手をするとあなたを訴えなきゃならなくなる」
「はぁ? なんもしてねーし、訴えるってなんだよ」
「もちろんそんなことにならないように、ということですよ。ハイ、ありがとうございました」
慇懃無礼にお辞儀して支店長はスマホをリョウガに返した。
「てめ、おぼえてろ! 来い真姫」
「あん、カッコイイ支店長さん、またね」
リョウガは捨て台詞を残してトーヨコ方面へ消えて行った。
「ありがとうございました、北口支店長」
頭を下げるところだが、身長160㎝の私は仰ぎ見てお礼を言った。
こんなことで支店長を煩わせるなんて最悪、なんとか真姫と別れさせなくちゃ。




