02. 嵐の予感
『小躍りして喜ぶ』って言葉があるけど本当に踊ることがあるなんて思わなかった。でもね、第一希望の保育園が受かったときは踊りましたともさ、心からほっとして飛び跳ねちゃった。これで日本を呪わなくて済む。
やはりシングルマザーには何かしらのアドバンテージがあるのかもしれない。子供が生まれたばかりでも躊躇なく別れといてよかったぁ。いや、保育園のために離婚したわけではないけど。
もう一つ思い当たることと言えば、私が大手銀行の総合職という女性にしては重い職種だということだが、どうせ理由を訊いても言わないだろう。
兎にも角にも一家の大黒柱となったシンマとしては心おきなく仕事できるのはありがたい。
「那珂川さんが育休明けで職務に戻ります、またよろしくお願いしますね」
ちょっとざわついたが朝礼でひと通り挨拶するとすぐに業務開始。私の個人的な事情、育休中にシンマになるというなかなか笑えない事情には忖度なし。いっそ気が楽だわ。
ただし、一般職の女子行員たちは昼休みを待って押し掛けてきた。どうやら同期の偵察隊ってとこかな。
「那珂川さーん、お久しぶり。ランチご一緒しません?」
うっわー、5人も来た。困ったなぁ、梨沙子女史みたいな派手な面白ネタじゃないんだけど、いじる気満々でしょ。
しかもそのランチ会は社内ではなく、キッチンカーで買ったお弁当を近くの公園で広げるという、かなりセキュリティに気を遣ったお誘いだった。
「早姫さんってすごいわよね、なかなかできないことよ」
「子供が生まれたばかりでスパっと決断するなんてカッコイイ!」
「ええ? そうかしら」
「新宿南口店の花形、融資課のエースですもんね。そのキャリアがあれば、男はむしろ邪魔とか?」
「そこまでは言わないけど、かまってちゃんは困るよね」
「そうそうそう!」
既婚の女性たちが激しく同意した。
「必死で子育てしてるのに、コドオジはいらな~い」
「うちなんか、子供の玩具よりフィギュアが多いのよ、しかも美少女系」
笑い声が上がった。
共犯者の笑い、頑張ってる女のちょっと意地悪な笑い。自分でも性格悪いと思うが『心地いい』笑いだ。
(ああ、やっぱりこの職場を守って良かった。ここでまた働きたいって思えるもの)
私のポジションでは行内の敵はむしろ男性行員、女性行員は積極的に味方につけたい。これからもいい関係を続けられるように気を配らねば。こんなささやかなランチタイムだって無駄には出来ない。
女性総合職の少ないこの支店では私は浮いた存在、しかも男勝りの決断力でさっさと離婚しちゃった希少種。その女が成績トップのエースなんだから男性行員は内心、結婚を機に辞めてくれないかぐらい思ってたんじゃないかしら。
(そうはいくもんですか)
「那珂川さん、来客ですよ」
オフィスに戻ると隣の席の佐川氏が言ってきた。
復帰一日目に来客って、これから得意先回りをしようってときなのに誰だろう。名前を聞いても知らない人だ。
「私にですか?」
「5号応接に案内しましたけど、コードBですからお気をつけて」
彼はこの支店の符牒を使った。Bは怪しさ2番目くらいの反社かもの合図。ここは新宿という場所柄、カタギじゃない人もたまに紛れ込んでくるのでそんな符牒があるのだが、それならテイよく追い払ってくれればいいのに。わざわざ私に振ってくるって言うのは復帰早々のジャブってことかな。
(私を指名ってことはどこかで名刺でも渡した? でもアポも無しって)
対応を考えながら応接室に入ると派手に着飾った若い男女が待っていた。
「はーい、早姫ネエ」
うげっ。
男の方は知らないが、女の方はよーく知っている。最悪なことに私の妹、那珂川真姫、筋金入りのダメ男コレクター。連れてきた男はある意味カタギじゃない、チャラッチャラのチャラ男だ。たぶんどこかのホスト?
ああもう、嫌な予感しかしない。




