04. 目黒御殿
「じゃ、せんぱーい、よろしくお願いします」
「大きい案件が入ったら厳しいからね、あまり期待しないでよ」
なんだか調子よく優里亜に乗せられたみたいでモヤッとはするが、こんな口実で二人の男を品定めするのも一興。最近プライベートがワンパターンになってたからちょうどいい。
「わかってますって、んふふ『目黒御殿』久しぶりです、楽しみぃ」
うちは結婚式場か!
優里亜が言う御殿なんてとんでもない。確かに独身30代の女が一人で持つには広いが、母が一代で築いた家を相続しただけで、相続税対策にマンションに建て替えたから大きく見えるだけ。私の居住区はワンフロア、3階建てだから全体の3分の1だ。
本当に凄いのは母。実業家でありながら愛人という身分に甘んじ、女手一つで私を育ててくれた。私は大金持ちのお嬢様みたいに思われているがとんでもない。この家だけは売るなという遺言のために、ありえない金額の相続税を払う羽目になったんだから。おかげで現金はすっからかん、生活費は自分で稼がなくてはならない。
私は母がかなり高齢で産んだ子だったから、一人で生きていく時間が長くなるのを計算していたかもしれない。それでも会社を継げとは言わず、自分で道を拓けと教えてくれた。
男に依存するのを良しとしないのは、母の影響があるんだろう。
(だーから可愛げがないとか言われて縁遠くなっちゃうのよね)
だが、後悔はしていない。可愛げがない女が嫌いってそんな根性なしの男、こっちからお断りよ。
ランチが終わってオフィスに戻る途中で、応接室から怒鳴り声が聞こえてきた。すぐに部屋から真っ赤な顔をした40歳くらいの女性が飛び出してきて…
(修羅場? いまどき珍しいわね)
困り顔であとを追って来たのは私の三つ先輩の弁護士、北野女史だ。確か結婚してから離婚案件を任されることが多いと言っていたはずだ。
「ですから、守秘義務がございますので、依頼人の情報はお教えできません」
こういうときは冷静に事務的に対応するのが鉄則、それにどうやら相手は依頼人ではなさそうだ。
「絶対、女がいるのよ! 急に離婚だなんて怪しすぎるでしょ」
「できましたら、代理人を立てて冷静にお話合いをした方がよろしいかと」
なるほど離婚話がこじれたのか。相手はかなり荒ぶっていたが、北野女史は表情を崩すことなく丁重にお帰りいただいていた。さすがだわ。
「お疲れ様~」
「はあ、梨沙ちゃん、参ったわよお」
「離婚案件ですか? 相手方の弁護士事務所に乗り込んでくるなんて相当ですよね」
「そうなのよ、相手の気持ちがもう離れているなら、条件闘争で貰うもん貰ったほうが得だと思うんだけど、って心の問題は簡単じゃないのもわかるし、難しいとこよね」
「財産分与ですか」
「夫婦二人で共同で会社立ち上げたんだけど、別れることになったらこじれちゃって」
「ああ、それはありがちですね」
「会社の権利関係もあるから、すっぱり2等分ってわけにもいかないのよ。もしかすると梨沙ちゃんに手伝ってもらうかも」
「お役に立てそうなら声かけてください」
「悪いわね、こんなの見てると結婚に夢がなくなっちゃうかしら」
「大丈夫ですよ、先輩のとこは上手くいってるじゃないですか」
「離婚したら勝ち目がないって分かってるからでしょ」
そう言って笑った彼女の旦那は確か大学の准教授。収入は微妙だがもの凄く優しくて気配りの人らしい。とくにイケメンってわけでもなかったけど、何十回も惚気られた覚えがある。何にしろベストパートナーを見つけられたならこんなに目出度いことはないじゃない。
幸せなんて人の数だけあるんだから。




