あなたの死に神③
「一応、いつもの待ち合わせ場所にしました。帰りはお客様が増えるとのことなので、ゆっくりと帰れるように手こぎの舟で来ます」
そんな船渡しに私は「むしろ、遊覧船くらい大きくないと」と吹っかけてみた。それを聞いた船渡しは「親戚をまるごと連れて行く勢いですね。屋形船で勘弁してください」と笑った。まぁ、交渉としては上々だろう。
「じゃあ、帰りは花見酒ならぬ人見酒でも楽しませてやりましょう」
私の言葉に船渡しは「特別ですよ?」と言いつつ、酒を呷るふりをする。実は死んでからまともに飲食をしていないので、いい加減、私も何かが欲しい。ただ、黄泉戸喫と言って、死者の国のものを食べると此岸に戻って来れなくなる。此岸の彼に会うためだけに耐えてきたんだ。
「これで、私も此岸とおさらばかな」
そんな呟きを聞かぬフリして、船渡しは舟を動かす。私は船渡しを見送った後で空を見上げた。……今日は本当に花火を打ち上げないらしい。いつもならスターマインで明るい頃だ。
「早く行って、彼と遊ぼうかな」
私はそうぼやくと歩き出す。そういえば、彼の家は一方的に知っているけど、彼は私の家を知らないんだっけ。まぁ、家に寄り道しても、親はこっちに来ちゃったし、知らない世代が居るだけだ。ぶらぶらと街を見ながら、私は彼の家を目指す。
残念なことに迷うこともなく、私は彼の家に着いてしまった。魂が劣化しているので、私が徘徊してもおかしくなかったのだが、平気だった。まぁ、毎年のように此岸に来ているので、街の変化に慣れていたのも大きい。もちろん、私の幼少期から比べれば跡形もないほどに世界は変わっていたけども、ね。
彼の家では親戚一同が集まって飲み食いしていた。窓から見ると、酸素の管を鼻に付けながらも元気そうに笑っている彼が見えた。……一年で大分痩せこけたが、まだ良い方だと思う。
「お邪魔しますっと」
私はそう言いながら玄関で下駄を脱ぐ。ぶっちゃけ、下駄を履いたまま上がっても良いのだが気持ちの問題だ。私は下駄を揃えてから家の中に侵入した。
すると、霊感のある子供達が振り向いた。足音でも立ててしまったのだろうか? 私は子供達に微笑みつつ、手を振ってみる。……視えていないらしい。まぁ、いいや。私は一度、家の中を回ってみた。
私との思い出なんて残っていないだろうと思っていたのだが、彼は覚えていないだろうけども残っていた。私の遣った線香花火が使われずに棚の奥にしまってあったのだ。湿気っていて使えないとは思うが、少しだけ心に火がつく。線香花火同士で火を移すような、ささやかな温かさがあった。
彼の来歴を知るようにアルバムとかに目を通したが、まぁ、幼少期がかわいらしい。私の写った写真なんてニッコニコしている。持って帰りたいくらいだ。意外だったのが、彼は筆まめであることだ。口下手だから文章なんて無理だって決めつけていたが、日記をずっとつけていたらしい。全部を読むと丑三つ時なんてあっという間に過ぎてしまうので、パラパラと幼少期のものだけ読んだが……思ったより、彼は私のことが大好きだったらしい。稚拙ながら熱い思いが書かれていた。知っていれば読みに来たのだが。残念だ。
彼の別荘を漁り回って気が済んだところで私は本人の元へ行く。その頃には子供達も飽きていて、外で線香花火をしていた。広い庭があるので小さい打ち上げ花火も使うようだ。楽しそうな様子を奥さんと二人で窓から眺めている。
「こんばんは」
私は彼に声をかけた。すると、彼は一発で私の方を振り向く。
「おや、来客かな」
そう呟いた彼に奥さんが「今頃、誰が来ると言うんです?」と尋ねる。そんな彼女に彼は「儂の女」と直接的に言いやがった。思った通りに頭を叩かれていた。
「少し、一人にしてくれ」
思ったより素直に奥さんを遠ざける彼に私は感心する。冗談に怒っただけでなく、子供達に呼ばれたのもあって、奥さんは本当に彼の元から離れていった。私は床に座り込んで話しかける。
「一応、女扱いしてくれるのね?」
その言葉に彼は「男だったのか?」と尋ねてくる。そうじゃなくてさ……。まぁ、彼らしいけど。
窓際に置いてある蚊取り線香が良い匂いを漂わせていた。夏ももうすぐ終わりか。そう思いつつ、私は手近なところにあったスイカを掴む。誰も見ていないし、一つくらい皮が増えたところで怒らないだろう。
「……最近のスイカは甘いのね」
私の呟きに彼は「黄色いスイカも売っているぞ」と返す。昔、スイカ割りだって言って頭突きしていた馬鹿を思い出した。目の前に居るんだけど。
「一口くらい、どう?」
誘ってみたが彼は首を振った。「消化する力も無いからな」と言うが、スイカなんて消化するようなものだろうか? タネは飲み込んでも消化できないし、実は水分でシャリシャリすぎるので、消化もクソも無いと思う。
「それより、最近、どう?」
私が問いかけると彼はしんみり呟く。
「花火の代わりに儂が空へ打ち上げられるそうだ」
「それ、去年に予告したよね? 今更?」
実感が遅れて来たらしい彼に私は笑いつつ、スイカを食べ進める。お塩が欲しくなってきちゃった。賽の河原で石を積む時に使ってる奴を持ってくれば良かった。どうせ、もう此岸に来ないんだし。彼以外の未練は此岸に残っていないから。
「まぁ、一年かけて身辺整理をしたよ。現代では終活と言うそうだ」
いきなり真面目なことを言うので焦ったが「私には縁の無かった言葉ね」と落ち着いて言う。本当にさ、唐突に死んだから終活もクソもなかったのよ。就職だってしていないから就活とすら無縁だ。反応が薄い私に拗ねたのか、彼は「興味ないなら聞くな」と言う。興味はあるわよ? 興味はあるけども……先に言って欲しいことがあるのよ。
そう思っていると、何か感づいたように彼は手を叩いた。
「そうか、プロポーズされてない」
「最初に私が告白したんだよ! 忘れるな、バーカ!」
怒鳴ってやると彼はケタケタとご機嫌だ。声がかすれているから五月蠅くないけども昔だったら良い感じに響く笑い方をしている。相当に面白かったようで何より。私がプロポーズを待っているんだわ。
「今日は何やら調子が良い。死ぬ前だからかな」
そう呟く彼に私は言う。
「閻魔様も死ぬ前くらいには餞別をくれるものよ。私にはくれなかったけど」
……本当に私はなんでこんな目に遭わないと行けないんだろう。閻魔様に恨まれることをした覚えはないのだが。死ぬ前の餞別もなく、身辺整理をする暇も無く。良いことがなさ過ぎではないか? 最後の最後に好きな人を迎えに行く権利こそ貰ったが、割に合わなすぎる。挙げ句の果てには賽の河原での石積みまで課されてるし。