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百代草  作者: 高天ガ原
あなたの死に神
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あなたの死に神②

 いずれにせよ、今回は閻魔様からの依頼でもある訳なので、楽ができる。舟は手こぎが主流と聞くが、モーターボートで来たらしい。私が乗り込むと船渡しは無言で舟を走らせた。鬼が喋らないのはよくあることなので気にしないようにしているが、少し素っ気ない気がして、私は突っかかるように船渡しへ話しかけた。

「世間話とか無いの?」

 それを聞いた船渡しは静かに言う。

「渡る世間に鬼はない、と言いますが、私の渡す場所には鬼ばかりです」

 洒落の効いた発言に私は爆笑する。すると、船渡しは少しご機嫌になったようだ

「人を見たら泥棒と思え、と対義語にありますが、私が見る人は善人が基本です。悪人は自力で川を渡らされるものですから」

 皮肉の効いたことを言い続ける船渡しに私は腹を抱える。とても面白い。

「なんかさ、昔、好きだった人を連れてくる役割を与えられたんだけどさ、死を宣告するみたいで嫌じゃない? 凄く落ち込んでたの。でも、気が晴れたわ」

 私の勝手な感謝に船渡しは返事する。

「はて、私もいつから船渡しをしたものやら覚えておりませぬが、此岸に居たことがある気がします。そして、知り合いかもしれぬ客を冥土へ送り届けてきたのです。気持ちは分かりますとも」

 優しさに感激しつつ、私はぼやき続ける。

「もうすぐ、彼も私も百が近いんだけどさ。百年もあれば此岸は大きく変わってるわけ。だけど、相変わらず人間のしていることは派手なくせにしょぼいよ。轟音を立てて世界を明るくするのはスターマインぐらい。戦争なんて派手なくせに下らないこともしてるし、生きることだって立派なくせに誇る人が少ない。本当に自分で『生きているから満点』って言える人間は減るばかり。此岸ってどうしようもない」

 憂うように私がそう言うと船渡しはまったりと返事する。

「そうですなぁ。客を待つ間に此岸をふらりと廻ることもありますが、夜は輝かしくなった割に混沌としておりまする」

 私はため息をついた。昔より治安が良くなった気はするが、日本はまだまだ変わっていけるだろう。

「文明の進化って嫌だね」

 そんな私に船渡しは言う。

「日々、人間はつまらぬ方向に進んでおりますな。デジタル化、というそうですが実体のない情報に踊らされて滑稽でございます。リモート飲み会ってものが流行った時期もあったそうですが、飲み会は会わねば意味が無いでしょう?」

 それを聞いて「花火を動画でしか楽しまない時代が来ちゃうのかな」と呟いた私。ふと去年のことを思い出して悲しくなる。

「今年は花火大会がないんだっけ。寂しい日に彼を迎えに行かないといけないな」

 私の発言に対して、船渡しは「まぁ、夜景でも楽しんでくることです」とだけ言う。そういえば、祭りはどうなるだろう。出店だけでも楽しめるだろうか?

 モーターボートから此岸が遠目で見えるようになってきた。今日は丑三つ時に行くことになっている。はてさて。彼は起きているだろうか。……想定よりかなり早い時間に来ちゃったけども。

「私たちは夜間せん妄の類いと扱われちゃうんだろうけど、ね」

 私の言葉に船渡しは「妄想と言われてでも会えるなら、ですよね」と返す。

「早く会いたいな」

 ソワソワし始める私に船渡しは「おや、祭りはやっているみたいですぞ」と告げた。

「そうなの? 今日は何をせがもうかしら」

 私の呟きに「彼は家に居るようですよ」と船渡しは返す。職業柄、目が良いのだろう。まだ、私にはぼんやりとした夜景のようにしか見えないのだが……それでもいいか。勝手に私は彼へ思いを寄せておくことにしよう。

「私ね、彼に一目惚れしたの。その結果ね、彼は一年に一度しか来ないのに村のガキ大将から私を奪い取った形になってね。結構、良い感じにもめたのよー。バカみたいな騒いだわ」

 船渡しは「かっこいいですね」とだけ返してきた。私は、彼のことを寝取る才能と現地妻を作る才能に長けたアホだと解釈しているけどね。でも、嫌いじゃなかった。

「私が死んでからガキ大将が彼を避けたせいで、しばらく彼は私の死を知らなかったのよ。でも、結局、知った。なのに、認知症になったら私が死んだことを忘れちゃってさ。嫌なものよね、魂の劣化って」

 私の言葉に船渡しは「都合なんて無視して記憶が消えますからね」と返す。都合、か。

「私、都合が良い女くらいがちょうど良かったのよ。だって、暑苦しいのは苦手だもの」

 それを聞いた船渡しは「言い訳ですか?」と痛いところを突いてくる。確かに、私は死んじゃったから誰かの恋人になる資格もないので、逃げている節は否定できない。出来るかはともかく、恋愛をもっとしたかった。本当、嫌になっちゃう。男の舵を取るとか、よく分からないもの。

「おかしいわね-、男がたかるはずだったのに小バエすら来なくなったわ」

 感傷に浸ってしまったのを隠すように私は強気なことを言う。船渡しが「それは肉さえなくなったからですね」と合いの手を入れた。嫌なやりとりだなぁ。ブラックジョークにも程がある。

 しばらくすると、モーターボートは神社の中から外へ出て行く。神も仏もグッチャグチャだなと思いながら、私は開けた視界に息を呑む。建物の外は出店やら人やらで賑わっていた。モーターボートで来たせいか、ピークの時間帯らしい。花火がなくても人間って騒げるものね。人間観察が好きな彼の真似をする私を乗せて、ボートは人混みを突っ切るように通過していった。

「人にぶつかっても通過しちゃうし、慣れないわね。そもそも、陸上をボートで進むことなんて絶対にできないわ」

 私の言葉に船渡しが頭を掻く。

「何なら地面から航跡や水しぶきが出てますからね。せめて土煙にして欲しいですよ」

 そう言いつつも船渡しは舵を取って階段を滝下りしていく。操縦が上手なので揺れもしない。

「階段をこんな綺麗に滑り落ちる舟、なかなか無いわよ」

 船渡しは笑う。

「手こぎの方が上手く下れないんですよ。あ、ちょっと重心を後ろに」

 舵取りもお上手なことで。退屈しないわ。

 そんな旅路もあっさり終わりを告げる。神社の鳥居をくぐり抜けて、少ししたところの街灯で船渡しは舟を止めてしまった。


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