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百代草  作者: 高天ガ原
忘れてしまいそうな再会
2/7

忘れてしまいそうな再会②

「花火なんて作られた幸せに縋り付く人間の多さよ。呆れるな」

 人混みの中で儂はそう呟く。自身も花火に群がる一人なのを忘れているかのような儂に淑女は「人生なんて自分で自分の機嫌を取らなきゃ、やっていけないわ」と冷たく返す。

「そんなものかもしれないが、少しくらいは天の恵みをいただきたいよ」

 そうぼやく儂を淑女は「おこぼれに期待していちゃダメ」と冷静に諭した。夢のない人だ。

「せめて、一年に一度くらいにしておきなさい」

 淑女の忠告に儂は「花火大会みたいな言い方をしないでくれ」と笑う。すると、淑女は「実際、そんなものよ」と返した。かわいそうな人生を送ってきたにちがいない。

「この花火大会も、今年で終わるらしいじゃないか。スポンサーがいなくなっていると噂だよ」

 儂がそう言うと淑女は「寂しいわね。私も外に出る理由がなくなってしまうわ」と声を落とす。

「そう言いながらも、来るんだろう?」

 儂の問いに淑女は「多分、ね」とだけ返した。そうやって話している間にリンゴ飴の出店へ辿り着く。

「リンゴ飴を一つ」

 店を見つけたなりにそう告げた儂へ、店主は「お爺ちゃんには食えんよ、やめておけ」と言ってきた。失礼な。近くに淑女がいるじゃないか。

「食わせたい人が居るんだ」

 儂が不機嫌な声で言うと、店主は仕方なしとばかりに言う。

「そうかい。一つ五百円に負けよう」

 それを聞いた儂は浴衣の懐から長財布を出した。

「本当、物が高くなったね。二つ、頼むよ」

 店主は札を受け取りつつ、特大の飴を一つずつ選んだ。

「どうも。これ、持っていきな。落とすといけないから」

 思った以上に優しく、発泡トレイまで寄越した店主に、儂は「ご親切に」と頭を下げる。すると、店主は「喜んでもらえると良いな」と笑った。終始、淑女は無視だ。

 若干、腹が立ったので出店から離れてから、淑女にトレイごと、リンゴ飴を手渡す。それを淑女は良い笑顔で受け取った。こんな笑顔が見れなかったんだ。あの店主も残念に違いない。

「ありがとう。少し、ここから離れましょうか。騒がしいところでスターマインを見ても楽しくないわ」

 その言葉を聞いて、儂は微笑む。

「そうかい。じゃあ、とびきりのところを知っている。行こう」

 儂はそう言いつつ、初恋の人との特等席ヘ向かおうとした。そんな儂へ淑女は苦言を呈す。

「そこ、他の女も連れていったんじゃないでしょうね? 名乗りもしないくせに」

 その言葉を聞いて、儂は大笑いした。

「残念なことに、嫁すら連れて来てないぞ。あと、不覚にも名乗り忘れていたが、儂は……」

「知ってるわよ、それくらい。あなたは若い頃のまんまだから」

 淑女が苦笑する。儂は思わず首をかしげてしまった。

「はて。若い頃の儂を知っていると? お嬢ちゃんが?」

 淑女は呆れたようにため息をつく。

「いい加減さ、気づいてよ。私よ、私。ごめんね、二十になる前に死んじゃったから約束は果たせなかったけども」

 それを聞いた儂は唖然とした。

「……本当に君なのか?」

 儂の問いに淑女は首肯する。

「訃報が届かないくらいに縁のないくせに、デカい約束をしてあったから……」

 云々と文句を言い始めるが、儂は嬉しくて仕方なかった。

「そうか、君か。元気にしていたかい?」

 思わずそう尋ねてしまった儂に「死んだって言ったでしょう? 死人に元気なんて無いわよ」と淑女は冷たく返す。「それにしては頑張っていそうな手をしているがな」と労えば、淑女は「もう、親も来たけど。ずっと償い続けてるわ」と返した。早死にすると、そんなに償いきれないのか。

「しかし、待ち人が儂と分かっていたのならば、何故、もっと早く、教えてくれなかったんだ?」

 儂の問いかけに淑女はため息をつく。

「あなたが約束を忘れていたら嫌だからよ。思っていたとおり、去年も会ったのに忘れていやがる。本当に酷い人ね」

 それを聞いた儂は申し訳なく感じた。

「ごめんな。年を取ったもので」

 儂の謝罪に淑女は「いいわよ。スターマインの前には分かってくれたし」と言う。「約束を覚えていることも自分で言ってくれたし、ね」と付け足す時には年相応の笑顔を弾けさせていた。……見た目の年かは語らない。

「そうかい。しかし、なんで変な約束をしたんだっけな」

 儂が思い出を蒸し返すと、淑女は「思い出さなくて良いわ」と言い始める。「なんであなたが忘れなかったか、まで遡るから」とは続けたものの、本当に嫌なわけでもなさそうではなかった。

「好き合っているなら、もっと素直にやれば良かったのにな」

 儂が更に蒸し返すと、淑女は「まぁ、一年に一度は慰霊祭で会う予定だったし?」とだけ答えた。儂は「ふーん?」と言いながら様子を見る。すると、遅れて覚悟が決まったかのように「十三歳までは会えたんだっけ?」と淑女は尋ねてきた。だが、悔しいことに健忘が激しい。

「そうじゃないかな? 残念ながら、正確には覚えておらん」

 開き直った儂に淑女は苦笑する。

「年を取っちゃったものねー、お互いに」

 それを聞いて、儂は純粋な疑問を覚えた。

「なら、分かるんじゃないか? 年は止まっておろう?」

 率直な問いかけに淑女はため息をついた。

「もう、私も魂が限界なのよ。人間の魂は健忘もなしで百まで使えないわ。年齢こそ止まっているけど魂の劣化は続いていて、私の記憶も少し危ういのよ。私が熱を出したり、君が別荘自体に来なかったり。そんな覚えはあるけどね」

 淑女の言葉に儂もため息をつく。鮮烈に覚えていたら発狂するような記憶も忘れてきたのだろう。それを思うと悲しくなる。

「田舎に別荘を持つボンボンの息子と、祭りの日にだけ会う町娘なんて、そんなものか」

「そうね、そんなものね。手紙すらやりとりしなかったし」

 淡々と過去を話す淑女の顔は暗くなっていた。少し悲しくなった儂は「なんで文通くらいしなかったかなぁ」と呟いた。そんな儂に淑女は真面目な答えを出す。

「照れくさかったんじゃない? あと、昔からあなたは口下手だったから、愛を囁く手紙なんて書けなかったと思う」

 儂が「今は認知症もあるから余計に書けないよ」とうそぶくと淑女に「やかましいわ」と笑われてしまった。でも、そんな淑女の笑顔に儂は惚れていた。

「来年は花火がないからさ……待っているんじゃなくて迎えに来るよ」

 唐突に淑女がそう宣言する。儂は少し苦笑してしまった。

「そうかい。君が迎えに来るなら安心だよ」

 儂の言葉に「それまで来るんじゃないよ」と淑女が念押す。召されると聞いても焦らないのは……彼女のおかげだな。

「ああ、分かった。きっと来年には死ぬのを忘れて惚けているよ」

 儂の返事に淑女は「追い返されても帰らないよ?」と強く言った。「分かった」と儂が微笑んだ時に、スターマインが世界を照らしあげた。老人の足では目的地が遠すぎたらしい。しかし、静かだし、十分に絶景だ。

「……君のようだ」

 そんな儂の呟きに淑女が何かを言い返した。ただ、少し長めの言葉を轟音が掻き消して聞こえやしない。

「なんて?」

 儂が淑女にそう問いかけたとき、最後の仕掛けが爆ぜてしまった。唐突に静寂が訪れ、暗闇が追うように帰ってくる。世界が暗転して、目が眩んだ一瞬で淑女は居なくなっていた。囓られたリンゴ飴がトレイに入った状態で、地面に置かれている。……本当に、さっさと帰ってしまった。

「ちょっと、お爺ちゃん! 今年もこんなところに居たの?」

 遠くから孫娘が声をかけてくる。儂は静かにリンゴ飴を拾った。

「会いたい人が居てね」

 そう笑いかけると、孫娘はため息をつく。

「スマホも使えない人が誰と待ち合わせするの?」

 儂は孫娘に言い返した。

「それでも、会えた気がするよ。来年から花火大会がないのを嘆いておった」

「会えた気がするって……会ったんでしょうけども。そんなすぐに忘れちゃったら相手がかわいそうよ」

 ツッコむ孫娘に儂は惚ける。

「会えていなくても良いのさ。ただ、時を共にした感覚がある。それだけで満足だ」

 それを聞いた孫娘は呆れ顔だ。

「毎年、この時期になると徘徊が始まるよね、お爺ちゃんって」

 儂は静かに「来年はないさ」と言う。孫娘は取り合うこともなく、「何を言っているだか。ほら、帰るよ」と儂に帰宅を促した。少し物足りなくて、儂は孫娘に提案する。

「もう少し、お祭りを楽しまないかね? お爺ちゃんが綿飴を奢ってあげよう」

 甘やかすような儂に孫娘は苦笑する。

「私はもう、旦那もいる大人よ。主役探しに疲れた親戚が首を長くして、締めの言葉を待っているわ。今日は恒例の宴でしょう?」

 どうやら、付き合ってくれないらしい。寂しいが今年の祭りも終わりだ。

「それじゃあ、行きますかね。そうだ。このリンゴ飴、貰ってくれないかね? 儂は歯がないから食えないのだよ」

「じゃあ、なんで二個も買ったのよ。それに片方は誰が囓ったの? 怖いから食べかけは捨ててちょうだい」

 そう言い合いながら家への道を帰る。次に来るときにはきっと。

「舌があるうちに舐めておくか」

 そう呟くと儂は囓り口をペロリと舐めた。甘酸っぱい幸せが舌に染みつく。

「あ、手を出してない方はおいしい。本当に誰が囓ったの? 行きずりの女?」

 問い詰めてくる孫娘に儂は「さあな?」とだけ言う。教えても分かってもらえないと思うが、リンゴ飴が好きな人なんだ。……きっと。

 目的地だった展望台の方から、好みまで忘れるな、と聞こえた。はて、人も寄りつかない場所のはずだが、誰の声だったやら……。

 空を煙が雲のように漂っている。花火の面影を残す町外れでは、夜空の星が見えるようになった。


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