忘れてしまいそうな再会①
片田舎の慰霊祭で神社の境内が賑わっている。そんな祭り会場の近くにある街灯に照らされて、静かに淑女はたたずんでいた。人々が神社とを行き交う中、花火大会が始まっても動こうとしない。ただただ悲しげに空を見上げる、そんな彼女が気になって、儂はおもむろに声をかけた。
「お嬢さん、いつまで人を待つんだい?」
儂の問いかけに淑女は「あら、新手のナンパかしら?」と首をかしげる。
「儂はね、昔から祭りが好きなんだよ」
一人語りをして気を引こうとしてみたが、淑女は「若いのに随分と爺臭い話し方ね」と涼しい顔だ。若く見てくれるのは嬉しいが、もう少し、年寄りを敬ってくれても良いだろう?
「これでも孫も居るんだ」
構ってくれ、とばかりに口を尖らせた儂を淑女は鼻で笑う。
「幸せな人ね。今更、一緒に楽しむ相手を探さなくても良いじゃない?」
その言葉に儂は頭を掻く。
「ところが、付き合ってくる人が居なくてね。嫁はひ孫や孫の相手で忙しくてな。人気の無い儂はこんな感じで一夜限りの相手を探さないとならないのさ」
儂の話を聞いた上で「お盛んなこと。生憎、私は待ち人に気づいてもらえるのを待ってるのよ」と返事する淑女。そんな彼女がいじらしくて、儂は意地悪をしたくなる。
「もう来ないんじゃないかい? ましてや、君。黄昏時から居るじゃないか」
冷酷な問いかけに淑女は悲しそうな顔をする。
「そんな早くから私を見ていたのね。なんで、今、声をかけたの? もうすぐ花火も終わりじゃない」
淑女の疑問に少し悩んでから儂は笑いかける。
「花火が終わるから、だな。花火が終われば出店も閉まり始める。そして、君も待ち人が来ないと悟る。それがかわいそうだから、声をかけた。出店の一つくらい、楽しみたいだろう?」
すると、淑女は冷ややかに儂を見た。
「そう。でも、気遣いは結構よ。こう見えても、私は花火を楽しんでいるの」
まるで儂だけが楽しくないかのような言い方に少しだけ腹が立った。だから、儂は言い返してやる。
「もっと綺麗に見えるところへ行けば良いじゃないか。待ち合わせ場所だって変えられるだろう?」
儂の言葉に淑女は目を伏せた
「残念ながら変えられないのよ。幼い頃にした約束だから」
悲しいことを淑女が言うので、儂はつい、酷いことを言ってしまった。
「相手が覚えているかすら分からないじゃないか、それじゃあ。無視しても良かったんじゃないかね?」
聞きたくなかったであろう指摘に淑女はため息をついた。
「そうかもしれないのだけど、私にとっては外出する格好の言い訳でもあったのよ。だから、約束を守った」
儂が「軟禁でもされているかのようだ」と呟くと、淑女は「まぁ、そうね」とだけ返してくる。「訳ありだね?」と思い切って尋ねてみると、淑女は呆れた顔で言った。
「分かりきったことを尋ねない欲しいわ。それよりも、あなたの話を聞かせてよ。花火大会の何を楽しんでいるの?」
やっと、淑女がこちらに興味を示した。儂は嬉しくて微笑む。
「花火大会の花火以外、だな。花火なんて人を一斉に動かすための起爆剤に過ぎないから興味ない。そうじゃなくて、花火を起点に動いた人を見るのが好きなんだ。格好付けて子供を肩車しようとしたけど無理な父親とか。不相応な組み合わせでも幸せそうなカップルとか」
それを聞いた淑女は顔をしかめた。
「随分と趣味が悪いのね。人間観察をする人で碌なのに会ったことはないけど、あなたはとびきりよ」
儂は即座に言い返す。
「そういう君だって、花火だけを楽しみに来てはいないだろう? 花火を楽しみに来た人間は、花火に一喜一憂するのだよ。だから、そんな無感傷な顔はしない。君だって、花火以外に期待をしているはずなんだ。合っているだろう?」
それを聞いた淑女は「まぁ、一応、待ち人がいますから」と言う。それもそうだろうが、と思っていると淑女は「花火だって楽しんでいるつもりよ」と付け足す。しかし、言葉の割には足がうずうずしていた。出店を心待ちにする子供のように。
「待ち人はいつ来るって言うんだい? 来ない待ち人なんかより、儂と一緒に出店でも巡らないか? 何か奢るぞ?」
儂の言葉に淑女は唸る。
「一考の価値はあるけども、それなら先にあなたのことを知りたいわ。私、相手のことも知らずに誰かと遊ぶのは嫌よ」
一理あるが不思議なことを言う人だ。奢ると言っているのだから、適当にたかればいいものを。
「そうかい、真面目だな。何でも話そうじゃないか」
物好きな儂に淑女は微笑む。
「そうね、あなたの人生で私に似た人は居なかったかしら? 私は他の人と同一視されたくないのよ」
儂はすぐに脳内を漁ってみる。
「……そうだな。居るには居るかもしれないが、彼女はもう婆さんになっているはずだ。生きていて欲しいと願ってはいるが、生きているか知らない。彼女も君に似て花火が好きだった。だが、儂と違って最後の仕掛け花火を見たら帰りたがる人だった。儂のことを趣味が悪いと言うところまでそっくりだ」
それを聞いた淑女は「まぁ、そうなの。私もスターマインを見たら帰るつもりよ」と答えた。それなら、もうすぐじゃないか。いい加減に動かないと、遊ぶ間もなく帰られてしまう。
「そうかい。でも、別人なのだろう? 儂の初恋の人は、ここを待ち合わせにしていたが、そんなに長く待ってくれなかったよ。それこそ、幼い頃には約束をして会っていたが、いつしか会えなくなってしまった。まぁ、一年に一度の約束なんてするべきじゃなかったがね。若さの至りってヤツだな」
儂の焦りを見透かしたように淑女はゆっくりと焦らす。
「……私の待ち人みたいね。それで? その人とは会えずじまい?」
その問いかけに儂はしんみりと答えた。
「そうだな、会えていないな。互いに二十も過ぎて、結婚できるのにな。会えないまま、別の人と結婚してしまったよ」
淑女は寂しそうな儂を「きっと、約束すら守れない人間と結婚させずに済んで喜んでいるわよ」と励ました。相手のことも知らないくせに、と思わず儂は口を尖らせた。
「仮にそうだとしても、彼女は未練がましく花火大会に来るだろう。そんな人だったから、儂も忘れられなくて花火大会に来るのだよ。花火になんて興味は無いけども、な」
それを聞いた淑女は満足そうに言う。
「嫌なことを蒸し返して悪かったわ。いい加減にスターマインよ。リンゴ飴でも食べたいわ」
どうやら合格らしい。これで喜ぶ儂も変人だが、彼女も他の女との話を聞いて気持ちを決めるなんて、それなりに変わっている。
「では、リンゴ飴を奢ろう」
儂の言葉に淑女は「嬉しいわ」と返す。神社の方へ足を向けた儂の真後ろを淑女はゆっくりとついてきた。