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第一話 『夢のような』

 「ーーちゃん!」


 少し甲高い声が耳に響き渡る。誰の声なのかはよくわからない。しかし、体は鉛のように重くまったく動こうとしない。


 「ー兄ちゃん!」


 だんだん鮮明に聞こえてくるようになった。誰の声だか何となく分かりかけていたが、暖かく、優しく俺を包んでくれるこの場所から出たくないと思い、頑なに起きようとはしなかった。


 「もう、お兄ちゃん!起きなさいよ!」


 そう呼ばれた時、体は意識せずとも跳ね上がるように動いていた。


 「うおおおおおっ!/きゃああああっ!」

 

 驚きの声と悲鳴が混ざり合い、何なら変にベットから起き上がったせいで体は痛み、意図せずとも体と頭は完全に醒めた。そうだ、思い出してきたぞ。俺には妹がいる!


 「急に何よ!今更焦って起きても、もう学校始まってるんだからね!」


 ああ、すごく聞き慣れた声だ。自尊心に満ち溢れていて、いつもはハエみたいに鬱陶しくて仕方ない妹の声も、今だけは安らぎを与えてくれる女神のような声に感じれる。体が節々軋んで痛いのはどうにもならないが、まあよしとしよう。


 「おはよう瑞稀。今日もいい顔してるな。」

 

 「何よ、皮肉ってるの?顔がいいのはお互い様でしょ。」


 妹の反応を楽しみつつ、ふと部屋にある立てかけ鏡を見てみた。そこに写ってるのは鼻筋が細く、顔はシャープで目は切れ長、さらりとした寝癖も許さない直毛に一箇所だけ黄色のメッシュがある特徴的なイケメンが写っている。確かに瑞稀の言うとおり俺はイケメンのようだ。そして瑞稀もまあまあ綺麗な顔をしてる。髪色が茶色がかってるくらいの違いだけでほぼ俺のような美しい顔をしている。


 「、、、聞いてるの?本当に大丈夫?」


 少しづつ醒めてきた頭で色々思い出してみる。昨日は散々だった。変な兎みたいなのに会って、目の前で人がB級映画みたいに唐突に勢いよく襲われて死んで、俺も頭を齧られて目の前が真っ暗に、、、あれ?普通に見えてるな。

 昨日のは一体何だったんだ?多分目の前が暗闇に包まれてから気絶したのだろうが、最後血が広がっていくのは見えていた。本来なら死んでるような夢のような出来事だったがはっきりと思い出せる。あの一生において2度と味わいたくない痛みと、流れていく血の生暖かさは今でも鮮明に思い出せる。

 というか、俺どうやって家に帰ってきたんだ?あんまり信じたくないけど、昨日の事が本当なら俺は色々ショックすぎて家に帰れてるはずがないんだが、、、


 「今日は学校休むように伝えてあるからね。お兄ちゃんの友達が運んできてくれたんだよ。本当に何したらあんなに血だらけになるのかなぁ?そんなにすごい殴られたの?」


 「、、、友達?誰だそいつ。というか俺どんな状態で見つかったんだ?どこで倒れてたんだ?」


 瑞稀は眉間に少し皺を寄せて不満そうに俺を見つめる。


 「もう、覚えてないの?月波さんって人が、学校の近くの桜通りの道で血だらけで倒れてたお兄ちゃんを運んできてくれたんだよ。でも血だらけのくせして怪我はなかったけど。」


 「月波って?怪我がない?血だらけなのに?」


 瑞稀はさっきよりもずっと深く皺を刻んで、信じられないものや汚物を見るかのような蔑みの目で、不満そうに低い声で話す。


 「私、お兄ちゃんの学校の事情なんかちっとも知らないんだからわかるわけないでしょ。お母さん下にいるからしっかりご飯食べてよね。」


 最初に話しかけてきた時とは真反対の態度で俺の部屋から不満そうに出ていく妹を見ながら考えた。

 今月は4月で、今日は二週目の火曜日だ。昨日桜通りを歩いて帰っていたのは覚えている。倒れていた場所はそこで間違いはない。しかし、高校生活は始まったばかりで未だ入学したばっかの俺にはこれといった友達はいない。だから”月波”何てやつは知らない。

 

 「ーー本当に誰なんだ?」


 疑問に残るものはたくさんあるが一旦無事に家に帰って来れたこと、学校が休みになったことに感謝して一階にゆっくりと食糧を求め降りていった。 


 「あ、起きたのね!かがやくん!体は大丈夫?」


 優しい声と目で俺を迎えてくれたのは紛れもなく、俺の母だった。心配と慈愛に満ちた目から俺の心は迷惑をかけた罪悪感と、帰って来れた安心感に包まれる。昔からかがやくんと呼ぶのだけは変わらない。最近は何かと鬱陶しかったが、今日だけはその鬱陶しさが俺を安心させてくれる。


 「おはよう、母さん。そんなに心配しなくても全然痛くないよ。ほら、元気だろ?」


 あまり普段しないI字バランスをして母を安心させようとする。しかし、それはかえって先程から痛んでいた体をさらに痛くした。


 「もう、心配したんだからね。無理にそんなことしてないで早く食べちゃって。安静にしてなきゃなんだから。」


 母の作った食事が並ぶ机の前に座る。目玉焼きや、味噌汁、白米といった基本的で家庭的な食事が用意されていた。当然俺以外の分は机になく、既に食べ終わっているのだとわかった。

 しっかりと何回も噛み、全ての食事を喉にスムーズに通していった。俺には早く確認しなければいけない事がある。月波とは誰か、男性なのか、女性なのか、昨日の頭を齧られた男性はどうなったのか、あの生物は何なのか、色々頭によぎる。


 「そういえば、瑞稀今日学校どうしたんだよ?中学も普通にあるだろ?」


 数々の疑問の中でも一番最初に気になったのはそれだった。自分でも驚いたが一番に妹のことが自然と心配になっていた。自分のためにわざわざ時間を割いて起こしにきてくれた健気な妹が混乱していた頭にはよく残っていたのだろう。


 「瑞稀なら今日はお休みとってるわよ。かがやくんのこと口実に合法の休み取れて嬉しがってたわよ。まぁ結局、欠席扱いになるのだけどね。」

 

 ならよかった、と安心できた。意外と自分は優しいらしく、妹が自分のせいで学校を強制的に休んでしまったとかではなく、望んだからだと分かって安心していたのだ。

 一番の問題は片付いたのでこれで心置きなく確認しに行けるだろう。

 

 「じゃあ母さん、俺着替えたらちょっと少し出かけるよ。」


 少し間が空いて、母はぽかんとした表情で

「大丈夫なの?外に出るとまた危ない目にあっちゃうかもしれないわよ?」

と心配をしてくれた。

 

 「大丈夫だよ母さん。少し散歩するだけだからさ。もし俺に怪我させたのが学校のやつなら今の時間いないから大丈夫だろ?」


 母は心配な色は隠せてはいないが優しく、

「分かった。ちゃんと服着て、安全にいってらっしゃい。無事に帰ってくるのよ。」

そう言ってくれた。


 母が少し過保護な気もしたが、その気持ちを胸に、あの昨日の夢のような出来事を確かめに行くことにした。あの出来事は本当なのか、もし本当だったらなぜ俺を誰が何のために狙ってきたのかをしっかり確かめよう。

 

 そう思いながらしっかりと着替え、歯も磨き、身支度を整えて俺は外に出た。

全てがわかることを望んで。

 


 


 

 





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