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自信家

作者: 青空


今の私を過去の私が見たら、何を思うだろうか。

羨ましく思うだろうか?

きっとそうに違いない。昔の私は不幸せだったから。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

私、ルイの人生はつまらない。幼少期から成人するまで、何も特別なことはなかった。

大きなことは何も、良いことも悪いことも起こらない。

平凡と言える。


ただみなが言う平凡というのは、本当の平凡ではないだろう。それは何より幸せで、何にも変え難い。

つまり私は、それだけ幸せな人間なのかもしれない。


私にも個性というものはある。

私は幼い頃から好奇心旺盛だった。

趣味と呼べるレベルのものはたくさんあるが、1番長く付き合い続けたのはアートだろう。


なにより私は画家だ。1日1枚は絵を仕上げるが、展示したり売りに出したりするのはほんのひと握り。


そのため私のゴミ箱はなんとも美しかった。


ある冬の、夕日が特に綺麗だった日、私は外へ出て公園へ向かった。

ベンチ以外何もない公園だったが、絵を描くにはうってつけだと思う。


パレットに絵の具を置き、筆でなぞる。流れるように白を隠す。私はこの瞬間が好きだ、わたしの手で何かを創り出す瞬間が。きっとこの絵も美しい。



私の絵以外の趣味もなかなか上出来だ。料理も手芸も、DIYやスポーツだって、人から褒め言葉以外を貰ったことがない。


でもそれは、"普通に"上手いという意味で、何も特別では無い。私は本当に貰いたい言葉は何か、考えるようになった。


「綺麗だ。君の瞳は物事をどう写すんだろう?」


1人思考を巡らせていると、後ろから囁かれる。私は驚き、振り返ると、そこには透き通った茶髪の男が立っていた。黒髪の私には少し眩しい。


ベンチの背もたれに手をかけ、身を乗り出してきた。距離が近い人は苦手だ。


「他の人と同じだ。」


そう言うと男は少し困ったように笑み、名乗った。


「僕はロン。小説を書いてるんですが、ちょっと行き詰まってまして。そんな時君の綺麗な絵が見えたんです。」


「私はルイ。それはどうも。」


聞きなれた褒め言葉に、何の感情も動かない。

私は、いつからこんな性格になってしまったのだろうか?


「良ければ隣で書いてもいいですか?君と一緒にいると、何か湧いてきそうだから。」


残念なことにこのベンチは1人用ではなかった。

そこそこ幅が広いので、あと2人は座れるだろう。ここで断る勇気は無い。


「ええ、どうぞ座って。」


2人は隣同士、無言で各々の芸術に勤しむ。

芸術家というのは集中力が続く者が多いのだろうか、暫く公園は声を拾わない。


少し経った頃、ルイは絵を完成させた。

夕日というのは直ぐに顔を隠してしまうため、筆を急がねばならなかった。とは言っても品質は損なわれない。


沈黙は好きじゃない。自分から話すのも同様だが、沈黙と会話を天秤にかけた結果、口を開くことにする。


「どんな小説を書いてるんです?ロンさん。」


隣を見ながら言うと、ロンは用紙をクリップボードに挟んでペンを持っているが、順調ではないことが目にとれる。


目が合うが直ぐにそらされてしまった。あまり他人に言えるものではないのだろうか?


答えなくてもいいと言うために開いた口は、ロンが喋り始めたので一旦閉じた。


「ロマンスです。人間と吸血鬼の話ですが、僕の想像力ではこの話を書ききるのは難しいかもしれません。」


「貴方が作った物語なんだから、それをどう書いたって誰も咎めないでしょう。」


私の言ったことにロンは納得していないようだった。話もよく聞かずに発言したのは、少し無鉄砲だったろうか。


「前まで僕はミステリー系を書いてたんです。それがそこそこ好評で、2作目も期待されていて。視点を変えてみたんですが…」

下を向き、そう呟く。瞳が揺れるのが見えた。


共感出来ないわけじゃない。何も思いつかないのはよくあることだ。だがやはり、専門外のことで悩む人間にかける言葉が見つからない。


「……」

私は少し間を置き、小さな決心をした。

まだ何も書いていないデッサン用のノートに電話番号を書きなぐってそれをちぎり、ロンに手渡す。


「これ、私の電話番号です。今度映画でも見に行きましょう?きっと何か思いつくはず。」


言葉を探すより、気晴らしに付き合う方が簡単に思えたから。


ロンは目を見開いて、紙切れと私を交互に見る。

やっと頭が追いついたのか、とても嬉しそうに受け取ってくれた。


「ありがとうございます!絶対連絡します!」


本格的に暗くなってきて、私たちは軽く挨拶をし家に帰る。

歩いている間ずっと、あの行動に後悔する時が来なければいいと願っていた。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

画家の朝は遅い。特に私はネット販売を主にしているので時間には縛られない。

それに今日は土曜日だ。曜日的にも昼まで眠るのは許されるだろう。


時計を見る。ちょうど12時だ。朝は何を食べようと自問して、もう昼だったなと自答する。

そんな時電話が鳴った。


「もしもし。」


「もしもし?ルイさん?ロンです!」


「ああ、そういえば…」

数日前に渡した番号のことなど、頭になかった。記憶力に自信はない。


「進捗はありましたか?」


「いえ、僕スランプに入ると長いんです。」

自嘲的に笑うロンに、わずかに同情する自分を感じる。


「今日暇ですか?前言ってくださった、映画の件なんですけど…見に行きませんか?」


「あー、是非。私車持ってますので迎えに行きますよ。待ち合わせ、あの公園はどうですか?」


私がOKを出すと、ロンは安堵したように言葉を紡ぐ。

今起きたばかりだと言ったのが間違いだったか、お昼も一緒に食べることになってしまった。


友人と共に出かけることはよくあるが、今回ばかりはあまり気が進まない。この感情の正体は知っている。


私は何かを創るような、作家やクリエイターなどに少々嫌悪を感じてしまうのだ。


正確には、「私にもできる」と驕ってしまう自分自身にだ。

大きな失敗を経験しなかった私は、だいぶ歪んでしまったようだな。


早々に支度をし、車に乗りこむ。

公園に着くと、あのベンチに座っている人影が目に入る。茶髪が日に照らされて、赤みがかって見えた。


「ロンさん。」


「ルイさん!」


ロンを助手席に乗せて、少しの間思考に耽る。私は既に、あの紙のことを後悔し始めているかもしれない。あの日は少し良い人になってみたくて柄にもないことをした。


「そういえば、僕のことはロンでいいですよ。」


「じゃあ私のことはルイと。」


そんな風に始まった1日だったが私が思っていたより悪くはなかった。というより、楽しかった。


どうやら私は良い聞き手らしい。



まず昼食をとり、映画へ向かう。

その間私たちはずっと喋っていて、仕事の話やこれから見る映画など、会話は尽きない。


私の特性のせいで仕事の話をする友達は居なかったため、新鮮だった。


映画館に着いてロンが、


「今ラブストーリーを見ると影響されすぎてしまう。」


と言うのでロンに選ばせた。

選ばれたのはホラーで、項垂れそうになる。よりにもよってか。

正直に言うとホラーは苦手だが、私の作品にもいい影響があるかもしれないと、意を決して見ることにした。


その決心は直ぐに取り払われる。ありえないほど怖く、私がこれに影響されて何かを創る日は来ないだろうと強く思った。


叫びそうになる度、隣に座るロンから笑いを耐えているような気配がした。思い返すとイラついてくる。


映画館から出ると、ロンがペラペラとすごい勢いで言葉を並べる。

恐怖の余韻に相槌もままならなかったが、聞くに小説の案が浮かんだようだ。


こいつは、人がどう慰めるかを探っているうちに、自分で解決策を見つけるタイプだろう。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

それから数ヶ月、よく遊ぶ友達リストにロンが名を連ねていた。しかも上位に。


その頃にはもう随分仲が良くなっており、嫌悪感なんて遠の昔に消え去っていた。


ロンのロマンス小説は順調らしく、自慢気に小説の展開を語る。私は部外者なのにそんなに口が軽くて大丈夫かと心配になるほど。



「完成だ。」


思えば、絵以外の作品に熱を入れたのは久しぶりだ。私はロンにあてられてか、短編小説をコソコソとこの数ヶ月で書き上げていた。


これはロンを目の敵にしているなどといった気持ちからではなく、単に書いてみただけで、深い意味はない。


適当に小説を投稿できるサイトやらなんやらをパソコンで調べていると、ちょうど今やっている小規模な大会のようなものを発見する。


大会とは名ばかりで、賞が何個か用意されており、景品はせいぜい図書カード何枚かだ。

応募方法も条件も難しいものではなかったため、勢いで応募しておいた。


ちなみに私が書いた小説は、恋か友情か分からないような曖昧な作品だった。


"曖昧"という題材は私が好むもので、よく絵にもする。

どっちつかずというのはもどかしい物かもしれないが、それは間違いなく特別で、儚い。


私は開いていたノートパソコンを閉じ、伸びをする。


明日は久しぶりにロンと会う日だ。カラオケに行こうと言っていただろうか?

浮き足立っている時のあいつは早口だから、聞き取るには苦労するのだ。


約束をした時のロンの発言を思い返すが、重い瞼には逆らえず、私はソファーで眠りにつく。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「ピンポーン。」


よく聞く声で目を覚まし、時計を見ると約束の時間を過ぎていた。まずい。


「ロン。口で言わずにチャイムを鳴らしたらどうだ。」

扉を開けると、呆れたような顔のロンが立っていた。


私が寝過ごした時はいつもこうして、ドアの前でチャイムの真似をする。


私は少しばかりひらけたところに家を建てたので近所迷惑にはならないが、この声は心臓に良くない。


全面的に私が悪いのは変わらないが。


「先に言うことは?」


「ごめんなさい。えーと、今日は全部奢るよ。他にも…何かあれば。」


「いいね。」

悪戯っぽくロンが笑うと、ズカズカ入ってきて私の身支度を手伝ってくれる。


私が遅れることは頻繁に起こる訳じゃないが、全くない訳でもない。

その度に何かを私に提案させて、了承し、直ぐに許してくれる。本当に有難いものだ。




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そして数週間経ち、あの小説のことなんてすっかり忘れていた。前述の通り私は記憶力に自信が無い。


珍しく早く起きてしまい、あくびをしながらパソコンを開くと、あの大会(と呼んでいいものか)に登録したメールアドレスへ通知が届いていた。


「…………」

少し目を細める。未体験の感情がうまれた。


私の書き物は何の賞を取る事もなく、応募に対して感謝する旨のメールが1件届いただけ。


それなりに自信があった。初めて書いたが楽しみながら取り組み、設定も作りこんでいた。


もっとも、設定を盛り込むのは私の長年の癖であり、その全てを小説に反映させた訳ではないが。


プライドというのは、傷つけられて初めて輪郭を意識できる。


昔から私にはそんなものないのだと、悲観に近いものを感じていたが、今の私には分かる。


頭からつま先まで、私にはプライド、誇り、その他色々なものが詰まっているのだ。


今それを傷つけられた、というと私の心が傷ついているように聞こえるが、私は微塵もマイナスな感情は抱いていなかった。


私は全てのことを平均、もしくはそれより少し上くらいのクオリティで仕上げることができた。

それは傍からは何より羨ましく思われるだろう。実際生きるのには都合がよかった。


だが次第に、私には個性がないのかもしれないと不安になっていった。


出来ないことがあるからこそ、得意なことが引き立てられるのだ。

私が絵を仕事にしているのはウケが良かったからであり、得意かと聞かれると、比較対象がないため困惑する。


私はメールを確認した今、私の個性を、私の輪郭を、ようやく見つけた気がした。


語り始めに"私にも個性はある"と綴ったが、あれは願望だと思う。画家だと名乗ると特別な反応を得られ、それが個性だと勘違いしていたのかもしれない。



プルルルル…

電話が鳴る


「はい、もしもし。」


「ルイ?ロンだよ。」


「ああ、ロンか。どうした?」

何故かいつもより清々しく返事が出来そうだ。

あの嫌悪感は残っていなかったはずなのに。


「今日、暇?僕の家においでよ。見せたいものがあるんだ。」


「暇。適当に準備をしたら行くよ。」


「おっけい!待ってるね。」

隠しきれていない嬉しそうな声が耳に響く。


私はのんびり着替え、コーヒーとサンドウィッチで小腹を満たした。昼過ぎ頃には家を出て、車でロンの家に向かう。


「見せたいものってなんだ?なんか怖いな。」

運転しながら、ひと握りの不安を漏らす。


ロンはたまに私をからかってくるから。主に怖いもので。

だがその不安は、杞憂だったと気づくことになる。



「じゃじゃーん!あのロマンス小説、編集の人から絶賛されたんだ!これは試しに本にしたサンプルだよ!」

本当に嬉しそうだ。


「よかったじゃないか!おめでとう。なにかお祝いしないと。」


「ありがとう!君のおかげだ!実はだいぶ前に原稿は完成してたんだけど、提出する勇気がなくて……最近やっと出せたんだ。これは少し長いストーリー物になる予定だよ!」


ロンがあまりに明るくて思わず笑ってしまう。

編集者の反応は当たり前だ、ロンの小説は誰より面白いのだから。


「ねえ、お祝いって言ってくれたよね?さっそく頼んでもいいかな?」


「もう思いついたのか?何でも言ってみろ。」


「じゃあ、この小説の表紙、描いてくれない?もちろんこれはちゃんとした依頼だよ。」


私は目を見開く。そんなことを言われるとは頭になくて、思わず間抜けな顔をしてしまった。


今までの私なら絶対に受けはしない。


どれだけ私の絵が好きだと言われても、心に響くことはなかったから。そんな作家の絵なんて買わない方がいいだろう。

だが今の私は、頷く準備をしていた。私らしくないが、嫌な気はしない。


「本当に、最初見た時から君の絵が好きだった。仲良くなるにつれ、表紙を頼みたいと思うようになったんだ。でも君の仕事観からするに無理そうだったから、お祝いって形に頼ってみた。」


お願いするように笑うロンからは、確かに私の作品へのこだわりが感じられる。


無意識に口角が上がろうとしていた。


褒め言葉を、素直に受け入れることが出来る。

こんなに嬉しいことはないだろう。


私がしばらく黙っていたためロンが不安そうにしだす。そんな顔をしなくても、私の答えは決まっているのに。


「いいよ。ところで、タイトルは?」


ロンは目をまん丸にする。人の目はここまで開くのか。


「え!?え、え!!いいの?よし!やった!!ああ、そうそう、タイトルはね、」



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

あれから私は、よく展示会を開くようになった。客もそこそこ集まり、評判もいい。


室内は賞賛の空気でいっぱいだ。これが私が展示会を嫌う1つの理由だったが、昔の私はもういない。


今はただ、


「心地いいな。」

会場の受付で呟くと、見慣れた顔が入ってくるのが見えた。


「ルイ!」

ロンは快活な笑顔で私を呼ぶ。


「おい、今私がここに居るのは明かされてないんだ。声のボリュームを考えて。」

口の前に人差し指をやり、少し眉に力を入れた。


「ああ、ごめん!そうだったね。今日の僕はただの客、案内してよ受付人さん?」


「はいはい。」


私は一通りロンを案内する。絵を見てはしゃぐ茶髪が私の視界にちらつく。


そして、見ていない絵は残り1枚になった。


「これ、飾るの今日の展示会だったんだ?」

ロンは他の物より豪華な額縁に入れられた絵を見ながら言う。


「知ってて来たんじゃないのか。」


「知らなかった。1回だけ展示してもいいかと聞かれただけで、それがいつかは教えてもらってないから。」


少しふくれながら言うロンを横目に、題が書かれたプレートを見る。やはりこれにしてよかった。


「この題名でよかったの?君の絵なのに、私の小説から取ってる。」


「許可はお前から貰ったし、これはそれのために描いたから。」

横でロンがニヤニヤしているのが分かる。


うざい。


「まあ、私の小説のタイトルも君の絵からインスパイアされたんだけどね。」


息を吐くようなロンの呟きを、私の耳は拾えなかった。なんと言ったのか聞いても、ふにゃふにゃ笑うだけで教えてはくれない。


絵のタイトル ┈ 曖昧 ┈ とは裏腹に、今感じている気持ちはあまりに明確だった。


「感謝してる。」

初めて完成させた作品です。

拙い文章ですが、楽しんでいただけましたか?

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