008_パラノイア
「すまんアルア! 一旦こっちまで引いてこい!」
「痛っつぅ………。了解、そっち行くよ!」
――――石壁が両者を分かち、つかの間の休戦を迎えた。
大盾の男――シルドは女剣士が来るなり「傷はどうだ?」と声をかけた。
「ヒリヒリするけど、ちょっとかかっただけだから大丈夫。あとで傷当てして~……」
「あいよ。急を要するケガでもなさそうだな――――で、どうしたもんか。考えうる全力の一撃が通じないほどの表皮。少しくらいダメージを与えられても良いと思うが、ケロッとしてやがる。それも傷一つ付いてないみてぇだな」
「う~ん、おばあちゃんの剣と『雷刄』受けてもへっちゃらな生き物がいるとは。地元じゃ負け知らずだったのに。世界は広いなぁ……うむ、いわゆる私たちは『井の中のぉ…………蚓』?」
「バカが、言ってる場合か――――しかもヤツの厄介なところは硬さだけじゃない。体液を噴射しての攻撃、遠距離攻撃も厄介だ。石壁とは相性が良いかもしれねぇが、相手のリソースは全く不明。先にこっちの魔力が切れたらデッドエンド。アルアもデロデロに溶かされて終いだな。仕方ない、一旦撤退するか?」
「ダメだよ! おばあちゃんの剣がまだあっちに――――」
撤退を提案する大盾シルドに対して即座に否定した。
剣士アルアが指さす方向、つまりは石壁の向こうに「ゲコゲコ」と幅を利かせた巨大カエルの足元――ぬかるみに転がった剣がまだ残っている。
戦士の二人があーだこーだと言い合いしている時、俺は、冷めたコーヒーを飲み干したときのような、やけに冷静になって興奮から覚めた脳が状況を俯瞰しはじめた。
こちらの手札のとして、男の操る石壁がある。カエルを下から突き上げたりと攻撃手段として有効そうではあるが、そうしないのは理由があるのだろう。
指揮を執っている男が撤退を対案しているということは、二人にこれ以上手札がないことを暗に示している。当然、俺が加わったところで戦況は変わらないだろう。
つまり現状は逃げる以外の手段が無い。
しかし、剣士の武器を失ってしまった。
二人の関係値がどの程度か分からないが、あの剣が大切な物だということくらい、俺にだって理解できる。
逃げて剣を手放すか、剣を拾いに立ち向かうかの二択。
……
…………
………………でも、――――――――なんだ?
何度も思考によぎる違和感。
もう一度、石壁の向こうに対峙する敵の様相を振り返る。
体表は少しヌメっとしていて、ラフネスの低いテクスチャが斜陽を繊細に反射している。
鳴き袋を膨らませて発射する酸攻撃。
そして柔らかそうな見た目とは裏腹な防御力。
摩訶不思議な雷を纏った一撃を受けて、傷一つなく弾いた表皮。
脳裏にフォークを突き立てられるような、違和感が思考を引っ掻きたててくる。
どこか既視感のある――――なんなんだ?
フラッシュバックする女神の声。
『アナタの住んでいた時空間とは別の場所――チキュウで言うところの…………異世界? ですが、その実、十三次元上で世界は繋がっており、“相互に影響”を与え合っています』
――――なんだよ『相互に影響』って。
『異世界の活動が基底宇宙に影響を与えるように、アナタ達が行った活動も異世界に影響を与えているわけです』
――――『異世界に影響を与えている』…………ってどういうこと――――
死んだはずの前世のシナプスが蘇るように接続されていく。
記憶の扉をコンコンと戸を叩く音が鳴り響く。
――――そうだ、そうだ。そういうことか。
埃をかぶったタンスの抽斗を引くように思い出す。
表層に浮きあがった記憶から導きだされた結論を、自然と口に出す。
「全部一緒じゃねぇか――――――――ゲームと」




