006_患部で止まってすぐコケる
「デカガエル。恨みは無いが、少年に手を出したこと、そして私が居合わせたことを後悔しろ」
巨大ガエルの周りは少しくぼんでいて、雨あがりの水溜まりが広がっていた。
土まじりの水飛沫をあげて、どんどんと距離を詰めてカエルの間合いまで潜り込む。
鳴き袋めがけて、ぬかるんだ地面を力強く踏み込み――――、
――――コケた。
――――頭から盛大にズッコケた。
強豪校の高校野球男児を思わせるヘッドスライディング。手からすっぽ抜けたロングソードは、まるでホームランを確信したバット投げのように宙を舞う。
空気が凍りついた。時が止まったかのように静寂が訪れたのち、
「ったく何やってんだよこの脳筋バカのアホ野郎がァ! 絶対やると思ったわ……、絶対、絶対、絶対! 絶対に!! がらにもなくキザったらしくやがってよォ、なーにが『一瞬でカタをつける』だバーカ! 結局俺が尻拭いするハメになってんじゃねぇか。いっつも、いっつも、いっつもいっつもいっつも!!!」
男は頭を抱えながら叫んだ。日ごろからやらかしているのか、鬱憤という鬱憤が呪詛のように吹き出してる。
とうの罵詈雑言の嵐を受けている本人は、両手を広げて水溜まりの中でのびていた。白銀に輝いていた鎧は、当時の面影をちっとも残ってないほど泥だらけになっている。
「え、えっとぉー……」
とんでもない気まずさから、これまで発声もままならなかった声帯がゆるみ、初めて声がでた。しかしニート3年目に突入したの俺から、気の利いた言葉が出るわけもない。
巨大カエルさえも空気に呑まれたのか、じーっと目の前でブッ倒れている女を凝視するばかり。
……チラリと女がこちらを見た。
目が合う。目が合ってしまった。
やはり気まずさから、ナ、ナニモミテマセンヨーっといった風を装って、そっぽを向いておく。
彼女の顔は紅色に染まっていた。夕日のせいだと思いたいが、なんだろう。さっきまで固まりつつあった主人公像が、炎天下のアイスクリームのようにドロドロに溶けていく。
あのぉー……、もしかしてぇー……コレっていわゆる…………ドジっ娘デスカ?
あの女神といい、この世界にはドジっ娘しかいないのですか?
情けなく倒れている姿は、100年の恋も冷めてしまうほど滑稽。
先ほどまでのカッコイイーセリフも、なんだか序盤にイキがって倒されるかませ犬のように感じてくるものだ。
「アンタ、ウチのマヌケがすまんな。いっっっっつもあんな感じでトチるんだが、あそこまでアホだと救いようがねェよ」
「いやぁ……、なんか……あのぉー……、大変……ですよぉ……ね?」
「別にはっきり言っていいんだぜ? 計算もロクに出来ねェポンコツのクセに、剣を持つと一丁前にカッコつけやがって。それにアンタこと“少年”だってよ。さながらアスガリアルド物語の騎士気分てか? それで敵前でコケてちゃ世話ねェわ」
たしかに俺は21歳の成人男性だから『少年』ではなのだが。男の毒づきはとどまるところを知らない。俺はただ「アハハ……」と愛想笑いを浮かべるしかできない。
「でも安心しとけ。アンタには指一本たりとも触れさせやしねェよ。絶対になッ!――――『ベルグリシの石壁』!」
男は俺に向けてニヤリと不敵な笑みを見せると、両手盾を勢いよく地面に突き立てた。
両手盾の表面には、八つの巨大な峰々と一頭の馬を象った紋様、異国語の文字列が刻まれ、その刻印をなぞるように深紅色の淡い光りが走る。
盾を突き立てた振動が大地を伝ってドジっ娘剣士のもとまで届くと、大地を隆起させて石壁が現れた。
女の真下から突き上げるように。
「ギァワャーッ!! たたた、たかーい! もっと優しく起こしてくれてもいいでしょー! って、じじじ地面がとおい―っ!!! お空ちかーいっ――――――あ、夕日がすごく綺麗だぁ……」
空中に投げ出された女は、澄ましたキャラを完全に忘却して、絶叫系アトラクションを楽しむ剣士コスプレイヤーにジョブチェンジしている。
そんな彼女と同時に、巨大カエルは鳴き袋を膨らませて体液を噴射したが、石壁が阻む。どうやら攻撃を防ぐために石壁を出したようだ。他意を含んでいる気もするけども。
「そろそろ働け脳筋バカ。テメェしか攻撃できねぇんだからよ」
「うわぁ~~~!…………っと、華麗に着地。もっと言い方ってものを考えてほしいなぁ、シルド」
女は空中でひらりと身を翻して器用に着地し、その足でロングソードを拾う。剣も鎧と同じく泥のついたままだ。
……またチラリとこちらを見てきた。一瞬目があってしまったが、やはり気まずさから目をそらす。
女は気恥ずかしそうに剣を掲げると、こっそりと小さな声で『雷刄』と呟いた。明らかに最初に見たときよりもしょぼいのは心の中に留めておこう。
ほどなくして、2mほどの石壁が崩れ、土煙が立つ。
ロングソードを薙ぎ払うように振るい、一つ咳払いをすると、カエルをキッと睨みつけ、
「クソッ! これ以上、お前の好きなように出来ると思うな!」
――――「自分で転けてましたやん」なんてツッコミをするのも優しさだろうか。
盾の男は、真顔、いや、“コイツには全くの期待をしない”という眼差しで彼女の背中を見送った。




